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フェードアウトにチャレンジしてみたりなは、その日講義が始まるギリギリの時間に教室に入り、隅っこの席に一人で着席した。

例の女の子たちは四人で固まって座っている。『りな来てなくない?』って声が聞こえてきたけどりなは無視して顔が見えないように下を向いた。

しかしすでに気付かれてしまっていたようで、『あ、あそこに座ってんのりなじゃない?』ってコソッと指をさされている気配がした。

そして講義が終わったあとに普通の態度で「りな遅刻〜?」って話しかけられてしまい、呆気なくフェードアウト失敗だ。

りなを含む五人で次の講義の教室に移動して着席する。彼女たちは四人で「〇〇大学の男との合コン超ハズレだったね」って合コンでの愚痴を言い始めた。

すご、もう合コンとかしてるんだ。でも早い人はすでに高校生の時点でやってるよね。積極的だなぁ。…ていうかやのとまのこと狙ってる感じ出してるくせに合コンはちゃっかり行くんだね。やのとまよりかっこいい人見つけたらそっち狙う感じ?この人たち理想高そうだもんなぁ。

…などと、会話についていけないりなは心の中でそうぼやく。


「頭良いけどなんか隠キャって感じだったね。」

「うんうん、最近垢抜けた感半端なかったくない?頑張って髪染めてセットしてみました〜って感じ。」

「分かる、一番右に座ってた人のことでしょ。髪型頑張ってたっぽいけど服がダサすぎなんだよね。」

「話もつまんなかったし時間無駄にしたね。四人でカラオケでも行ってたほうがまだ楽しかったんじゃない?」


……ふぅん。『四人』…、ね。当たり前にりなは仲間に入ってない感じするよね。『りなも今度一緒に行こうよ』とか誘ってくれるような気配もないし、なんかまじ上っ面だけで付き合いしてます感をひしひしと感じるね。まあ誘われても行きたくないけどね。

平然と合コン相手の悪口言っててまじで感じ悪いよ君たち。髪型頑張ってたなら服装だってこれから改善していけるでしょ。それこそあんたらお得意のファッションセンスで見繕ってあげたらいいんじゃないの?


一言も口は挟まず黙ってそんなことを考えながら話を聞いていたら、「あ、りなちゃんが引いた目でこっち見てるよ〜」って一人がりなの方を見て言ってきた。なに、引いた目って。どんな目?


「ごめんね〜ついてけない話題話しちゃって」って謝られたけど、ケロッとした顔をしていて全然悪いとは思ってない態度だ。りなは反応に困り「ハハッ」と乾いた笑いしか出なかったが、この反応もどうせ失敗だろうなぁ。

表では「りなは合コンなんかしなくても男の方から寄ってくるから羨ましい〜」とか言ってくるけど、裏で何言われてるかわかりゃしない。四人でカラオケ行ったとしてもりなの悪口で盛り上がってそうだ。怖すぎる。早くフェードアウトしたい。


「てかりなの知り合いに良い感じの人居ない?誰か紹介してよ。」

「あ〜いいねそれ。りなイケメンの知り合いめっちゃ居そう。」

「お兄ちゃん居るんだよね?何歳?お兄ちゃんの知り合いとか!」

「え!りなお兄ちゃん居るの!?絶対イケメンじゃん!」


あ〜はいはい、そうだよね。りなとずっと上っ面の関係を続けるのって結局はこういう目的があるからだよね。でも残念だったね。こんなに性格が悪い女たちの言いなりになんてなるはずないし、紹介なんてするわけない。


「ううん、私のお兄ちゃんも陰キャだし服ださいし恥ずかしくてみんなには見せらんない。」


ほんとは返事すらしたくなくて無視したいけど、どうせ会ってみて理想じゃなかったら裏で悪口言うんだから、最初からおもいっきり下げて話しておけば興味すら無くなるでしょ。って考えてそう返事をした。


「え〜ほんと〜?」

「お兄ちゃんのインスタとか無いの?」

「無いよ。『インスタ?なにそれ。』って感じの人だもん。」

「あはは!ガチで隠キャじゃん!!」


はいはい、笑ってろ笑ってろ。何言われても良いよ、だってそのうちフェードアウトするからね。ていうかイケメン紹介してもらえないって分かったらりなのことなんてどうせ興味も無くなるんでしょ?どうせりなに近付いたのもやのとまに近付くためだったんでしょ?


もう会話するのも面倒だなーと思ったりなは、りなのお兄ちゃんの話にバカにするように笑うその子たちからスッと目を逸らした。

するとその時、何故かりなの方を見ていたやのとまとバチッと目が合う。やのとまは何かりなに言いたそうな顔をして見てくるものの、暫くしてからサッと目を逸らした。なんなんだ今のは。


間も無く講義が始まり、この女たちに囲まれた居心地の悪い空間で講義を受ける。次は昼休みだ。お腹痛いフリしてトイレに逃げようかな、とか知り合いと約束してるフリでもしとこうかな、とかあれこれ考えていたらお昼の時間が来てしまった。

皆が席を立つ前にりなが立ち上がり、「ちょっと用事あるから行くね」って言ったら「どこ行くのー?」と問いかけられる。

適当に「提出物の事で先生に話したいことあって」とか嘘付いたら興味もなさそうに「ふうん」って頷かれ、りなと目も合わせずに自分のメイク崩れを鏡で確認しながら「行ってらっしゃーい」って吐き捨てられる。

これはフェードアウト成功の第一歩なのかもしれない。りなはホッと息を吐きながら教室を出た。あの女たちから離れた瞬間に肩の力が一気に抜けた。

きっとあいつらはこの後学食に行くだろうから、あいつらに見つからないようにりなは大学の近くのファーストフード店にでも行ってポテト食べまくろうかな。とか考えていたら、背後から「やだりな〜」って名前を呼ばれる声が聞こえてきた。

そんな呼び方をするのは一人しかいない。


「おお、やのとまじゃん。どした?」

「飯一緒に食わねー?」

「…えっ、今やのとまと食べるのはまずいかも。」

「え、なんでだよ!うまいよ。」

「いや、そういう意味じゃなくて。とりあえずりなに用事あるなら早歩きでついて来てくれる?」


あの女たちから逃げたくて用事あるフリして立ち去ったのに、もしもやのとまと一緒に居るところを見られてしまえば『あいつ冬真くんと一緒に居んじゃん』とかきっと陰口を言われるに決まっている。

面倒な事は避けたくてとりあえずここから遠い場所に移動しようと早歩きすれば、やのとまも何も言わずにりなの後をついて来てくれる。


「マクドでポテトドカ食いしようとしてたんだよね。それでも良いなら一緒に食べよ。」

「おお、いいねぇ。俺もそういうの好き。」

「まじ?気が合うね。りなやのとまと喋ってるのが一番落ち着くかも。」

「分かる、俺も。男のダチは結構できたんだけどさ、みんなやだりな紹介してとか可愛い子の知り合い居ない?とか紹介してばっか言ってくるんだよなぁ。男子校出身だっつってんだから女の知り合いなんかいねーっての。それにやだりなともさ、知り合ってまだ間もないじゃん?俺に紹介してもらうとかしなくても自分で話しかけに行けばよくね?って思うわけ。」

「分かる分かる!すっごい分かる!!りなも仲良くなった子たちがまじ最悪でさぁ…、あ!とりあえず場所移動しよ!愚痴止まんなくなりそう!」

「そうだな!」


やばいやばい、やのとまの話に共感してばっかだ。

その後ずっとやのとまと話してたら意気投合しまくり、今日のお昼はやのとまとマクドに行ってドカ食いしながら話しまくってしまった。


女の子の友達じゃなくても、もうやのとまが居れば良いや、って思い始めてしまったけど、やのとまは男の友達の方が良いのかな?



「あー…すっげー喋ったなぁ。やっぱやだりなが一番気ぃ合うなぁ〜。」

「同じ事思った。なんかやのとまって良い意味で男を感じさせないよね。もう友達やのとまだけ居れば良いかも。」

「おいおい、なんだ『男を感じさせない』って!」

「恋愛感情とかそういうの?なんかあんまり意識せず話せるっていうか。」

「それって良いのか?俺がすでにやだりなに恋愛感情持ってたらかなり傷付くぞ!」

「え?持ってないでしょ?」

「ん〜、まあ今のところ可愛い顔したドカ食いマンって感じではあるけど。」

「いやいや、いっつもドカ食いしてるわけではないからね。今日はたまたまむしゃくしゃしてたから。」


ほらね、なんか普通に話してても“女”を見るような目じゃなくて普通に“友達”を見てくれるような目なんだよね、やのとまって。だから“良い意味で”って言ったんだよ。


「そんじゃー大学戻るかぁ〜。」

「そうだねー。あー嫌だなぁ、あの子たちと顔合わせるの。」

「俺の背中に隠れとく?」

「そうさせてもらおうかな。」


その日、フェードアウトの第一歩を踏み出し始めたりなは、やのとまの背中に隠れながらコソコソと教室に入り、サッとやのとまの後ろの席に隠れるように腰掛けた。

多分、彼女たちに見つかってはいないはず。


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