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「香月ってなんというか……、奇人だな。」
寮を出た後の帰り道、光星は侑里のことを褒めているとは決して言えないそんな言葉で表現した。確かに光星の言う通りだ。もしくは変態とも言える。
「うん。俺さっき寮のトイレ使わせてもらったけどそういや良い匂いしてたわ。侑里がなんかにおい消しでもやってるんかな?」
「いや、臭かったらまた香月に怒られるから一年が掃除頑張ってんじゃねえの?」
「あーそうかもな。香月先輩怒ったら怖そうやもんなぁ〜。」
まだ日が完全に沈み切っていない夕方の薄暗い空の下、俺と光星はそんな侑里の話をしながらチャリを漕いで帰宅した。
家に帰ると時刻はすでに19時を過ぎており、今日はバイトが休みの姉が一足先にテーブルについて夕飯を食べている。
「あ、永遠おかえり。ご飯もうできてるで。」
「ただいま。お腹減ったけどちょっと汗かいたし先にお風呂入るわ。」
台所からひょっこり顔を出して話しかけてきた母親に返事をしながら、自分の部屋へ行きお風呂に入る準備をする。
「そうや、俺シャンプー自分の買おかな。」
「なんで?今のやつ嫌なん?」
「嫌じゃないけどあのシャンプー良い匂いするから俺の髪のにおい嗅いでくる変態がいんねん。」
「誰やそれ。永遠また新しい友達できたん?」
「うん。できた。スポーツクラスの人。」
「スポーツクラス!?かっこいい!?」
タオルと着替えを持って家族にシャンプーの話をしてみると、姉がめちゃくちゃ話に食いついてきた。俺の友達をかっこいいかどうかを聞いてくるのは姉の定番の台詞になりつつある。
「ん〜…まあかっこいいんかなぁ。光星には負けるけど。」
「よし、連れてきといで。」
「言うと思ったわ。でもその友達サッカーで忙しいやろうから無理やで。」
「サッカー部なん!?絶対かっこいいわ。」
「いや、でもあいつただの変態や。」
「え〜なんか辛辣やなぁ。ますますどんな人か気になるやん。」
姉と話していたら永遠に喋ってしまい会話が終わらないため、適当に話を終わらせて風呂場に向かおうとしていると、母親が「永遠お父さんのシャンプー使ってみたら?」と遅れてシャンプーについての返事をしてきた。
「えぇ、嫌や。お父さんのやつスースーするやん。なんかハゲそう。」
「ハゲへんわ!お父さんフサフサしてるやろ!」
俺の発言に母親は間髪入れずにそう返してくるが、微妙な気持ちでお風呂に入り、結局いつもと同じシャンプーを使った。
そうや!明日光星にどんなシャンプー使ってんのか聞いてみよ!と髪を洗いながら閃いた。光星が使ってるシャンプーなら間違いなく良いシャンプーだ。
翌日、さっそく登校中に光星に「光星ってどんなシャンプー使ってる?」と問いかけてみると、光星は「シャンプー?」と首を傾げた。
「透明の無地のボトルに入ってるから何のシャンプー使ってるかわかんねえわ。」
「え〜、そうなんや残念。光星と同じシャンプーにしよかなと思ったのに。」
「え、なんで?永遠くんの髪良い匂いなのに。」
「だって嗅いでくる奴がおるやろ??」
「…あぁ。」
誰かとは言わなくてもそんな奴は一人しか居らず、光星は俺の発言に少し笑い気味になりながら頷いた。
「でも俺結構好きなんだけどなぁ、永遠くんの髪の匂い。…あと、サラサラで触り心地も良いし。」
「……へぇ、そう?」
……ほな、まあ…光星がそう言うなら、…別にわざわざシャンプー変える必要も無いか。って、あっさりとジャンプーのことなどどうでも良くなる。
しかし、学校に到着し、駐輪場にチャリを停めて校舎に向かって歩いていたら、背後からダダダッと走ってくる足音が聞こえてきた。
この足音はもしや…
「永遠〜、おはよう!!!」
「やっぱり!!!」
振り向いたら俺の予想通り侑里が居て、挨拶してきた直後にまた俺の肩をガッと抱き、「スンスンスンスン」と髪に鼻を寄せてきた。
「もお〜!!侑里キモイって〜!!やっぱ俺シャンプー変える〜!!」
「は?なんでやねん、変えんなや。永遠がシャンプー変えるんやったら俺毎朝浅見のシャツのにおい嗅ぐで?ええか?」
「いやなんでやねん。あっ…」
「「あっ…」」
サラッと『なんでやねん』を口にしたのはまさかの俺でもなく、侑里でもない光星である。言ってしまったあとに光星は恥ずかしそうに口に手を当てながら耳を赤くしている。かっこいい光星に、不意にかわいいという感情が湧き上がった。
「ククッ…浅見関西弁移っとるやん。」
「光星耳赤なってる、かわいい。」
侑里からも俺からも突っ込まれ、光星は顔までじわじわと赤くなってきた。よっぽど関西弁を話してしまったことが恥ずかしかったようだ。
光星の突然の『なんでやねん』により、何の話をしていたのかさっぱり忘れてしまった。ひとまず俺の肩に回っていた侑里の腕をはたき落とし、教室に向かって歩く。
「侑里昨日あの後ちゃんと勉強したんか?」
「…ん?…あー…お、おう。」
「うわ、絶対してへんやん。」
歯切れの悪い返事をしてくる侑里にそう決めつけたら、その後の侑里は本気で焦っているように口数が減り、「…てか俺やばい。」とボソッと呟いた。
「何が一番やばい?」
「…化学。」
「え!?数学と英語がやばいんちゃうん?」
「いや、よく考えたら化学って二年に上がってから始まった教科やからわけわからん。一番やばいかもしれん…。水平リーベのやつしか覚えてへん。」
「はぁ…。侑里ほんまあほやなぁ。しゃあないから今日は化学教えてあげるわ…。」
呆れながら侑里にそう声をかけると、侑里は「永遠ー!!!」と盛大に俺の名前を口にして万歳しながら俺の方を向いてきたから、今にもこっちに向かってきそうな侑里をサッと躱して光星の後ろに隠れた。……ら、光星が侑里にガバッとハグされていた。
眉を顰めて嫌そうな顔をしながらも何も言わない光星に気まずい空気が流れ、侑里は「永遠避けんなよ。」と言いながら徐に光星から距離を取る。
「侑里なに俺の光星くんに抱き付いてんねん。」
「いや永遠が避けたからやん。…え?“俺の”光星くん?浅見は永遠のやったんか。」
「うん。俺の。」
せっかく俺は冗談でそんなことを言うのを封印していたのに、侑里と喋っていたら調子が狂い、呆気なく口からまたぺらっとそんな言葉が出てしまった。
「ふぅん、そうか〜。浅見は永遠のか。」
そしてそれを聞いた侑里は、奇妙なくらいににこにこ笑って、腕を組みうんうんと納得するように頷いていた。
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