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「あ〜疲れた。もう勉強嫌や。」
二時間ほど勉強を続けると、侑里はベッドの上に寝そべってしまった。侑里の集中力が続くのは二時間が限界なのかもしれない。
「大丈夫かなぁ。赤点回避できるかなぁ。」
「赤点取ったらどうなるんだった?追試?」
「補習。ほんで顧問にブチギレされる。……あああっ!!」
光星の問いかけに、侑里はそんなに顧問が恐ろしいのか、と思うほどベッドの上で足をバタつかせながら絶叫した。突然の侑里の大声に、ベッドに凭れかかっていた光星が驚いてビクッとしながら振り返る。
そのままジッと、光星は侑里を観察するように眺めていた。
今日は光星も侑里に誘われて一緒に侑里の部屋に勉強しに来たけど、侑里が勉強している姿に度々目を向けていた。俺が侑里に教えているところもチラチラと視線を向けられ、様子を窺われているようでなんとなく落ち着かない。
侑里のことが気になるのだろうか。
俺が侑里にベタベタされていたら『触らせすぎ』とか言ってきた光星の事だから、俺と侑里の距離感を気にしてくれてたりして、ってちょっと期待している自分がいる。
「補習が嫌って言うより顧問に怒られるのが嫌って感じだな。」
「これがまた最悪なことにいっつも公式戦と補習の時期が近くてな。フォーメーション組んで練習したいのにできんやろ!ってガチで怒られる。」
「そりゃ怒られるわ。侑里主力選手やろ。」
「おっ、分かる〜?俺オーラ出てる〜?」
「出てる。寮ですれ違った人今日もみんな侑里にビクってしてた。」
「あー…うん。それはなぁ、サッカー関係ないわ。俺寮の便所掃除サボった一年らにわりとキツめに怒ったことあるから多分それでやな。」
侑里はそう話しながら身体を起こし、ベッドの上で胡座をかいだ。その話を聞いて分かるのは、侑里が一年生に恐れられていることは確実だということだ。
「便所自分らで掃除しなあかんの?」
「うん。各学年でローテーション組んであって掃除する日決まってんねん。せやから一回でも掃除サボられるとその週のトイレがアンモニア臭してくっさいくっさい!頼むから決まりどおり掃除してくれってお願いしたらちゃんと掃除してくれるようになったわ。まだ入学したてで掃除なんかまともにやらんでええと思っとったんやろな〜。」
侑里は一度話し始めたらべらべらと止まることなくトイレ掃除のことについて話し始めた。光星がそんな侑里を苦笑しながら黙って話を聞いている。
「侑里においに敏感やな〜。人の足臭い言うたりトイレ臭い言うたり。」
「いやいや、一年に掃除サボられるとその次掃除する二年が臭い思いしながら掃除せなあかんやん!?一回ガツンと言うたらなずっとサボり続けよるやろ?口煩い先輩やと思われたかもしれんけどな、俺は言う時は言うたるで。」
「わ、分かった分かった…お前の言う通りだよ、臭いのは嫌だよな。…それより香月、そろそろ勉強した方がいいんじゃねえの。」
「あーせやったな…あーあ勉強嫌やなぁ〜。」
においの話になると何故か毎回ヒートアップしてしまう侑里に、光星が宥めるようにトントンと侑里の足を叩き、話を中断させている。そして光星に促され、侑里はベッドから降りて勉強を再開させた。
ちょこちょこ休憩を挟みつつ、18時を過ぎた頃まで真面目に勉強を頑張った侑里は、今度はベッドの上ではなく床の上にゴロンと寝転がりぐったりしている。
「もうあかん…腹へった…。」
「永遠くん、そろそろ暗くなってきたし俺らは帰るか?」
「うん、そうやな。侑里、また晩御飯食べたあとに続き頑張りや。」
「…おう、寝んようにするわ…。」
もうすでに床の上で寝そうになっている侑里に喝を入れるように『ポン』と腹を叩いたら、侑里はビクッとしながら半目で口も半開きな間抜けな表情をして飛び起きた。
「ふっ…腹減った言いながら寝そうになんのかよ。意外と抜けてる奴だな。香月ってなんか思ってたイメージと違うわ。」
勉強に疲れてグダグダな侑里の姿を見て、光星は笑いながらそう言うから、「どんなイメージやったん?」って問いかけたら、光星は返事に悩むように暫し黙り込んだ。
「あー…んー、スポクラの半分牛耳ってる感じ?」
「ぎゅっ、ぎゅうじっ…?…なんやて?」
悩みながら口にした光星の発言の意味が侑里には伝わらなかったようで聞き返しているが、光星はそれ以上答える気はなさそうに笑ってごまかしている。
「怖い感じのイメージやんな?俺もやで。友達になって大丈夫やろかって最初思ったわ。」
「はっ?なんで?」
「人の足臭いだの靴下が臭いだの言いまくってたからやんか。あんまり人のこと臭い臭い言わん方がいいで、侑里の印象の方が悪なってしまうわ。」
「分かった。永遠がそう言うならもう言わん。」
「うん。お利口さんやな。俺にだけコソッと言うのはええで。コソッとな。」
聞き分けの良い侑里の肩をポンポンと叩きながらそう言っていると、その直後侑里がグイッと俺の手首を引っ張って侑里の胸元に引き寄せられた。いきなりなんなんやと思っていると、俺の耳元でコソッと侑里がさっそくコソコソ話をしはじめる。
「俺さっきからずっと思ってたことがあんねんけど。」
「なに?」
「浅見からむっちゃええ匂いせえへん?」
侑里からその発言を聞いた俺は、咄嗟に光星の方に目を向けた。すると、俺と侑里にジロジロと不審そうな目を向けている光星と目が合う。
「…侑里も気付いてしもたか。」
「おう、さっきフッと香ったわ。ええ匂いやった〜」
侑里は俺の耳元で話しながらにやにやと笑っていた。そこで、こそこそ話す俺と侑里に痺れを切らした光星が口を挟む。
「おい、なに二人でこそこそ話してんだよ。」
「え〜、ひみつぅ。」
ここでなにもわざわざ内緒にする話でもないのに侑里が会話の内容を隠したから、光星は不満そうに眉を顰めた。
「なんでわざわざ隠すねん。」
「なんとなく。」
性格が悪いとまではいかないけど、良いとも言えない侑里に呆れていたら、侑里は突拍子も無く今度は光星の胸元に自ら顔を埋めに行き、スンスンスンスンスンと匂いを嗅ぎだした。
「はっ!?おいなんだよ!!!」
突然のことで驚き後ずさる光星に、俺は無意識に手が出て侑里の頭を『パシン!』と良い音が鳴り響くくらい引っ叩いてしまった。
「侑里なにやってんねん!!」
「くっふっふ…ごめんごめん、浅見の匂い嗅いだろおもて。」
「いちいち嗅ぐなや!光星引いてるやろ!」
「ほんっまにええ匂いやったわ。」
「知ってるわ!!俺専用アロマやから侑里は嗅いだらあかん!」
「えぇ?そやったん?ごめんな?
……スンスンスンスンスンスン、」
「やめいっ!!!!!」
嗅ぐなと言ってるのに、また光星の方に鼻を近付けて犬のように嗅ぎに行こうとする侑里の頭を再びぶっ叩いたら、侑里はククククと笑いながら俺に叩かれた頭を押さえて嗅ぐのをやめた。
侑里から逃れようと床に手をつき、後ずさっている姿の光星は、侑里の突飛な行動に口元を引き攣らせ、そのまま暫く固まっている。
もしや侑里は、筋金入りの匂いフェチ野郎かもしれない。さっさと変態から光星を引き離さねばと、逃げるように光星を引っ張りながら侑里の部屋を後にした。
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