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「昨日侑里の家行かせてもらったけど学生寮やったわ。学校からあんな近いところに寮あったんやなぁ。」


登校中永遠くんは、昨日の放課後のことを俺に話してきた。永遠くんと仲良くなってからずっと一緒に帰っていたのに、久しぶりに一人で帰ることになるとめちゃくちゃ寂しかった。

香月と仲良さそうにしている話は聞きたくないけど気にはなってしまい、胸の中をモヤモヤさせながら永遠くんの話に耳を傾ける。


「そういやスポクラは寮に入ってる人多いみたいだな。」

「ふぅん、他府県から来てる人も多いんかな。」

「そうかもな。」


サッカー部や野球部は県外から優秀な選手を引っ張ってきているという話を聞いたことがあるから、香月もそのパターンかもなぁ…と思いながらも、これ以上永遠くんが香月に興味を持ってしまうような事は言わないでおこうと口を閉じた。

今週に入ってから香月と永遠くんの仲はうんと深まってきているように思える。俺の中の嫉妬や焦りの気持ちも当然徐々に積もっていき、このモヤモヤをどうにか晴らしたくて仕方ない。



学校に到着し、駐輪場に自転車を停めていたら、横から「永遠おはよう。」という香月の声が聞こえてきた。さっそく自分の中で勝手にライバル視している人物の登場に、密かに心の中でうんざりする。


「あ、侑里おはよう。」

「昨日はありがとうな。」

「ええよ、今日は英語やるんやったな。」

「おう、とりあえずテスト範囲の単語覚えられるだけ覚えてきたわ。」

「お〜、頑張ってるな。偉い偉い。」


…あれ、香月って関西弁だったっけ。

明らかに打ち解けている二人の会話を横で聞いていたら、「あ、浅見くんもおはよう。」と香月は俺にまで挨拶してくれた。

俺が一方的に敵視してしまっているだけだから、普通に話しかけられると少し調子が狂ってしまうな。


「あ、うん、おはよ。」

「あ〜もう今日クッソ暑いなぁ〜、はよ夏服着させてくれへんかな。」


香月に挨拶を返すと、香月はパッと俺から目を逸らし、長袖シャツの袖を鬱陶しそうに肘まで捲り上げた。


「侑里ブレザーは?」

「置いてきた。」

「あかんのちゃうん。」

「ええやろ。」


まじでなんで香月は関西弁なんだ。なんか妙に昔からの友人感があって悔しい。香月の話し方って前からこんな感じだったっけ。


以前、夏服に切り替わるまでブレザーを着てくる規則だということを俺から聞いて知った永遠くんに、長袖シャツ一枚の香月は服装を指摘されているが、香月はけろっとした顔をしていた。肝っ玉がでかそうなやつだ。


「永遠今日も頭良い匂いやな。朝は特に匂うわ。」

「いちいち嗅いでこんといて。」

「スンスンスンスンスンスン、ハ〜!!!」

「うわきっしょ!!!鼻息かかったし!!」


突然ガッと永遠くんの肩を抱き、後頭部に鼻を押しつけて永遠くんの頭のにおいを嗅ぎ出した香月に、永遠くんはブンブン頭を振って、シッシと香月を突き放した。

永遠くんに振り払われたものの香月は楽しそうに笑っており、永遠くんの隣に並んで教室へ向かい始める。
仲良く戯れあっているようにしか見えず、見ていてムカムカモヤモヤする。いつのまにこんなに打ち解けたんだ?昨日?


「光星助けて、侑里が昨日から俺の髪のにおい嗅いでくる。」


永遠くんはそう言いながら、香月から距離を取るように俺の方へ身体を寄せて、ぎゅっと俺の腕にしがみついてきた。かわいい永遠くんの俺への態度に、ちょっとだけモヤモヤが晴れる。


「だって良い匂いなんやもん。永遠から女子を感じる、女子を。浅見くんも嗅いでみたら分かるで。」


香月が俺にまでそんなことを言ってきたから、チラッと永遠くんの髪に目を向けると、同時に永遠くんもチラッと俺を見上げてきた。


目が合って、そっと控えめに永遠くんの髪に鼻を近付けてみると、ふんわりと甘い良い匂いがする。でもこの匂いを嗅いだのはなにも今が初めてではない。


「前から思ってたよ、永遠くんの髪。なんか良い匂いするなぁって。」


思っててもその時はわざわざ口には出さなかったことを、まるで香月に対抗するように今そんな言い方をしたら、永遠くんは何も言わずに真顔でサッと前を向き、俺の腕から手も離されてしまった。


…ええっ、もしかして俺まで変態くさく見られたんじゃねえだろうな。って不安になっていたら、永遠くんはボソッと口を開く。


「……なんか恥ずかしなってきたからシャンプー変えよかな…。」

「おい、浅見の時だけなに照れてんねん、俺の時ももっと照れんかい。」

「べっ…べつに照れてへんけど…侑里の嗅ぎ方は変態臭くてきしょいねん。」

「スンスンスンスン、ハ〜!!!」

「もうええわ!!やめろ!!!」


永遠くんの言葉に対して、香月はさらに追い討ちをかけるように再び永遠くんの頭に鼻を押し付けて、思いっきり息を吸って吐き出し、永遠くんに怒られていた。

バシッと永遠くんに鞄を叩かれ、香月は陽気に笑いながら特進クラスの教室前で「じゃあな」と手を振りスポクラの教室へ向かっていく。


「…香月ってあんな話し方するやつだったっけ…?めちゃくちゃ関西弁話してるっぽかったけど。」

「侑里大阪出身みたいやで。」

「えっ…そうなんだ?」


初耳だ。そもそもそんなに香月のことを知ってるわけではなかったけど、話し方に今まで少しも違和感を持つことが無かった気がする。


なんとなくさっきまで俺は二人のやり取りに入り込めない空気を感じていたけど、それはもしかしたらこれが永遠くんが言っていた関西の“ノリ”ってやつなのかもしれない。


「…てっきり永遠くんに関西弁つられてるのかと思った。」

「光星もたまにつられてるやんな。俺光星がつられてんの聞くん好きやで。」

「…いや全然つられてる覚えねえんだけど。無意識だな。」

「つられてちょっと変なイントネーションになるん可愛い。」

「……いや、だから、無意識だって。」


教室の中に入りながら、永遠くんはにこにこと笑って俺にそう話しかけてくる。可愛い顔をして、どの口が言ってんだって思いながら言い返せば、永遠くんは「ふふっ」と声に出して笑ったきた。


「もっとつられてええんやで?」


くるりと俺の方へ振り向いて、ポンポンと俺の肩を叩きながら煽るように言ってくる永遠くんに、俺は咄嗟に先程の香月をマネするように永遠くんの肩を抱き寄せて、髪に鼻を押し付け、スーッと深く吸ってやった。


「うわっ!えっ!?なに!?」


いきなりすぎたようで、永遠くんは驚きアタフタしながら俺の腕の中で固まっている。


「あ〜良い匂い。」


そして、さらに香月のマネをするように自分なりの関西弁を真似たイントネーションでそう言えば、永遠くんは目をまんまるくして、恥ずかしかったのか頬を少し赤くしながら、まだ反応に困っているように固まっていた。


我ながら自分らしくない気持ち悪いことをしたとは思うけど、香月のマネをしたがるくらい、俺の前で仲良くする二人のやり取りが俺は羨ましかったみたいだ。


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