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「永遠くん香月と勉強するんだ?」
「うん、赤点回避に協力してあげる約束やしな。」
「….ふぅん。じゃあまた明日な。」
水曜日の放課後、光星は先に一人で帰っていった。友達ができることは嬉しいけど、光星との時間が減るのは惜しい。今の俺の心の中の大半が光星のことで占めている。
光星が帰っていったあと俺も教室を出てチラッとスポーツクラスの教室の中を覗くと、侑里は鞄を持って席から立ち上がったところだった。
「侑里」
コソッと控えめに名前を呼ぶと、俺の声に気付いた侑里がすぐにこちらに視線を向け、軽く手を上げながら笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
その時、出入り口付近の席で固まって喋っていた人たちの一人に、ニタニタと人をからかうような表情で「あれ?光星は?」という言葉を向けられた。
最悪だ。そいつは俺が一番避けたかった存在、佐久間だった。ここはスポーツクラスの教室だから、教室を覗き込むのは失敗だった。
一緒にいる人たちも面白いものを見るような目で俺に視線を向けてくる。何がおもろいねん、感じ悪いな。って無言で佐久間を見返していたら、侑里が俺のところまで来て「行こ。」と言ってトントンと俺の後頭部を叩いてくる。
そして教室を出る直前、「くせえのは足だけにしとけよ佐久間。」という謎の煽り文句を残して俺の背中をグイグイ押しながらさっさと教室を出ていった。
「ふふっ…侑里ウケるわ。あいつそんな足臭いん?」
「臭い。どうでもいい奴のにおいは気にならんけど嫌いなやつのにおいはすげー臭く感じる。あいつの荷物も全部臭いし席近くなったら最悪や。」
めちゃくちゃ臭い臭い言うなぁ。
よっぽど臭いにおい嗅いでしまったことあるんやろな。
「そんなこと言うて、侑里の足も臭いかもしれんで。」
「俺は友達にセーフって言ってもらえてる。」
「ふふふふっ、もうチェック済みなんやな。」
「そういや永遠の髪はいつも良い匂いやな。」
侑里はまた今日も俺の肩に腕を回して、髪に鼻を寄せてスンスンとにおいを嗅いできた。この場に『触らせすぎ』と言ってくる人は居ないから侑里をそのままにして廊下を歩く。でももし俺が光星と付き合ってたとしたら、触らせずに突き放すんやけどな。
「姉ちゃんが買ってくるちょっと良いシャンプー使ってんねん。」
「永遠姉ちゃんいんの?」
あっ、また姉ちゃんの話してしもた。
「うん、大学生の。」って返事をしたあと、話の内容を変えようと適当に「侑里ってたまに関西弁出るよな?」って問いかけた。
「俺のが移ってるん?そのわりにはイントネーションあんまり違和感無いけど。」
「俺両親大阪出身なうえに俺も大阪生まれ大阪育ちだから。」
「おおっ、そうなんや!納得やわ。」
「小学生の頃まで大阪に住んで、中学からずっと関東。順応してきたと思ったんやけどな〜永遠来てからはやっぱ釣られるな。」
「偉いなぁ。俺標準語喋ってる自分とか気持ち悪くて全然喋れへん。」
「無理に周りと合わせる必要はねえけど合わせた方が上手くいくこともあったからな。自分が周りとちょっと違うだけで浮く時あるやろ?」
「めっちゃわかる。」
思わぬところで侑里と共感できる会話が続き、校舎を出て駐輪場に行くまでずっと侑里の生い立ちの話を聞いていた。
侑里は徒歩で俺だけチャリだからどうしようかと思ったけど、侑里の家は学校から徒歩数分の距離にある学生寮だった。白くて綺麗なアパートって感じの建物で、物珍しくてキョロキョロと周りを見渡しながら侑里の後をついて歩く。
「ちわーっ」と挨拶しながら深々と頭を下げてくる下級生らしき寮生に「おう」と軽く返事をしている侑里って実際どういう人なんだろうと、横目でチラッと侑里のことを観察する。
侑里の部屋に到着するまでに、数人の寮生がビクッとしながら侑里に頭を下げていた。
「侑里って怖がられてるん?なんかみんな深々と頭下げてたな。」
「1年だからだろ。まあサッカー部の後輩には怖がられてるかもな。」
侑里は俺の言葉にへらっと笑いながらそう返して、自室の扉を開けてぱちっと電気をつけた。そこには、ベッドと勉強机、クローゼットがあり、ワンルームの一人暮らしのような部屋だった。
「すごい!一人暮らしみたいやな!思ったより部屋片付いてるやん!」
「散らける物があんま無いからな。」
そうは言ったものの、ベッドの上にはぐしゃぐしゃの布団と脱ぎ散らかした部屋着があるけど、まあ俺の部屋も似たような感じだ。
家に帰ってくるとすぐ制服を脱ぎ捨てるスタイルのようで、ポイポイと脱ぎ捨てた制服をベッドの上に放り投げ、シャツ一枚とジャージズボンに穿き替えている。
「あぁ〜…やるかぁ。」
床に座り、嫌そうにそんな声を出しながら鞄の中から勉強道具を取り出す侑里。
折り畳みの机に筆記用具を置き、「とりあえず数学の問題解いてくわ。」と言ってきたから、俺も侑里が問題を解いてる間自分の勉強をすることにした。
途中でチラッと侑里を横目に観察してみると、ゴシゴシと消しゴムで書いた文字を消したり、うーんと悩みながら真面目に問題を解こうとしている。
初めて侑里と喋った時に本人が言っていた通り、苦手だけど真面目に勉強してるんだなぁと俺は密かに感心したのだった。
「ああもうわからん!!」
問題を解くのを頑張った末に、バン!とシャーペンと置き、「永遠!」と名前を呼んだきたから、俺は侑里が書き込んだ解答を覗き込む。
「ん〜…惜しいなぁ。これ途中の式まで合ってるのに答えが間違ってるなぁ。」
「ええっ!」
俺の発言に侑里はそう声を上げ、また「あぁ〜っ」と嫌そうな声を出しながらぐたっとベッドの上に顔を突っ伏した。
「侑里頑張って。赤点回避しなあかんやろ。」
トントンと肩を叩きながら声をかけると、またガバッと顔を上げる侑里。そして「はい。」と真面目に返事をして、俺の解説を真面目に頷きながら聞いていた。
2時間ほどぶっ通しで数学の勉強をしていたら、空の色がだんだん暗くなってきていた。「うーん」と伸びをする侑里がその場から立ち上がり、シャッとカーテンを閉めている。
「あぁ疲れた…永遠ありがとうな。」
「ええよ。もう終わる?」
「永遠自分の勉強やらなあかんやろ?」
「俺はべつに大丈夫やで。」
正直、学校を転校した直後のテストは軽く捨てている。どんな難易度の問題が出てくるのかとか、どんな感じのテストなのかとか先生によって違うだろうから、最初の中間テストは腕試しみたいな感じで受けようと思っている。
俺の返事に侑里は「永遠はいい奴やなぁ。」と俺の頭に手を伸ばして髪を撫でてきた。いつも荒っぽい手付きだったけどその時の撫で方は妙に優しく感じて調子が狂う。
「浅見の気持ちちょっと分かるわ。」
「ん?光星がなに?」
「永遠は浅見光星のことどう思ってるん?」
「……え、なんやいきなり…唐突やな。」
突然すぎる侑里からの問いかけに、ドキッとしながら動揺した。
すっかり勉強する空気では無くなり、侑里の目がジッと俺の目を見つめながら返事を促してくる。
「光星かっこいいよな。」
侑里から目を逸らしてそう答えると、侑里は「あぁー…」と頷いた。そして、「あいつどのクラスからも一目置かれてたよなぁ。」とぼやくように言ってきた。
「えっそうなん!?」
俺の知らない光星の話に思わず食いつくと、侑里は「うん。」と頷く。
「人ってのはさ、頭良いとか運動できるとか顔が良いとかでマウント取り合いがちだろ?スポクラの場合特進の人には勉強面で負けてるけど、その分運動できるからって威張り散らす奴がいるんだよ。でも浅見は見た目だけでもうオーラあんのにその上頭良いだろ?だから結構スポクラの威張り散らすタイプの奴も浅見にはペコペコしてる奴多かったよ。」
「俺は気に食わなかったけどな。」と唾を吐く勢いで余計な一言を付け加えてきたその発言は聞かなかったことにして、侑里の話に俺は「ふぅん…」って深く頷いた。
「だから余計佐久間が気に食わねんだよ。あいつの場合浅見光星と仲良いことでマウント取ってた感じだからな。」
「…うわ、通りで光星友達が少ないはずやわ。人から一歩引かれてた感じなんやな。」
「で?浅見のこと好き?」
……なんでそんなこと聞かれるん?
俺そんなに侑里の前で光星のこと好きって態度見せてたっけ。
光星のこと褒めまくったのは光星本人と、姉ちゃんの前でくらいやと思うけど。
ベラベラと光星の話をしてきたかと思ったらまたいきなりそんな問いかけをしてきた侑里に、俺はギクッとしながら口を閉ざした。
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