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「光星今日片桐さんち行って来たんだっけ。片桐さん居た?」

「あ、うん。居た。」

「…ふぅん。」


夜、自分の部屋で勉強していたら兄がそろりと扉を開けて部屋に入ってきた。今日も聞きたかったのは永遠くんのお姉さんの事のようで、俺のベッドに寝転がって居座り始める。

さりげなく聞いてくる感じだけど気になってるのがバレバレだ。つーか俺の部屋にわざわざ来て聞いてくる時点で兄らしくない積極さである。


「てかもうかなり好きになってるよな、お姉さんのこと。今どんな感じなわけ?」

「…え、どんな感じって、べつになんにも…」

「兄貴お姉さんとどんな話すんの?」

「んー…、片桐さんが前住んでたところの話とか、あ、永遠くんの話も結構聞く。」

「永遠くんの話?」


話す、っていうかお姉さんの話聞いてるだけか。

俺は“永遠くんの話”とやらが気になり、シャーペンを置いてぐるんと椅子ごと兄貴の方へ身体を向けた。


「最近反抗期っぽくていきなりキレはじめてお母さんが困ってるって。機嫌良い時はすげー良いんだけど落差が激しいって永遠くんの文句言ってた。」

「永遠くんが反抗期?なんかちょっと想像できるんだけど。ツンツン怒ってんだけどかわいいからあんまり怖くないんだろうなぁ…」

「あ、光星は反抗期なさそうとも言ってたな。」

「あー…うん。俺は確かにないな。反抗する理由もねえし。」

「じゃあ永遠くんはどんな理由で反抗するんだろうなぁ。」

「ふふっ…べつに大した理由は無くてもキレてるから反抗期って言われてるんだろ。」


俺は勝手にそう解釈し、些細な理由でもプンスカ怒ってる永遠くんを想像したらかわいくて、顔が綻んだ。


「光星の方こそどんな感じなんだ?永遠くんと。」

「…俺?…んー…、悪くないとは思ってんだけど。…自分でもよく分かんねえや。

…永遠くんからしたら俺とのやり取りってただのじゃれ合いって感じなんかな…」

「…じゃれ合い?お前らどんなやり取りしてんの?」


俺のぼやきのように口にした話に兄はわざわざベッドから身体を起こして聞いてきたから、ボソッと小声で「キス」って言ってしまった。

誰かにこの今の近況を聞いて欲しかったのかもしれない。でもかと言って、兄に話すのはまずかっただろうか。

話を聞いた兄は唖然としながら「すげぇな…」と返してきた。


「…どうやったらキスする流れになんの?しかも友達と。お前からグイグイいってんの?」

「そういうわけではないんだけど…。…勘違いじゃなかったら永遠くんからもわりとそういう空気出してる感じしてさ…。まじ、俺の勘違いでなければ。嫌って言われないし、じゃあもういいやしちゃえって感じで。」

「…へぇ。……すげぇな。」


兄貴さっきから『すげぇな』ばっかだな。べつにすごくはねえだろ。我慢できなくて、相手だって拒んでこなくて、そういう空気出してたらするだろ。逆に好きな人を前にしてそういう状況なのに我慢できる人の方がすげえと思うけど。


兄は到底自分には無理だというような態度で俺の話を聞いていたから、「兄貴はそのまんまだったらまったく進展しなさそうだな。」って多少焚き付けるように言ったら、「ん〜。」と悩むように唸り声を上げた。


「…まじ苦手。」

「なにが?」

「会話。」

「あぁ、会話な。思ったこととか聞きたいことそのまま口に出したら良いだけじゃねえの。」

「その思ったことを口に出すか悩んでる時間が長くて結局喋れねーんだよ。」

「ははっ、そうなんだ。まあ頑張って。」


俺は別に口下手じゃないから話すことは普通のことすぎてろくに良いアドバイスもできねえけど、応援するようにポンポンと兄の肩を叩いてまた机に向き直ると、兄はベッドから立ち上がり、「うん」と頷き俺の部屋から出て行った。


コミュニケーションを取るのが苦手な兄は克服すべきものがなんなのか明白なのが羨ましい。

兄に『頑張って』とは言ったけど、実は本音はもっと兄に苦労してほしいとか意地悪い事を思ってしまう自分がいる。

兄が頑張って、頑張って、頑張って、やっとの思いで恋が叶ったとかなら、俺はちゃんと祝福できると思う。

でも、しれっと関係が上手くいってて、しれっと『永遠くんのお姉さんと付き合うことになった』とか言われたら、多分兄への嫉妬で心から兄を祝福できないだろうなぁ…とか考えてしまい、それから暫くの間胸の中がモヤモして勉強に手をつけられなかった。


こんな気持ちをどうにかするには、自分の恋をさっさと成就させるしかない。





休日を挟みまた月曜日がやって来ると、学校ではテストが近いということもあって駆け足で応用問題や重要な点を説明しようとする教師の話を必死でメモを取りながら聞いているクラスメイトたち。

俺はそんな中でも、後ろから永遠くんのことばかり見てしまっていた。べつにテストが余裕ってわけでは決してないのに。

永遠くんは真剣に授業を聞いている様子でもなく、メモを取っているわけでもなくサラサラとプリントになにか文字を書き込んでいる。

たまに顔を上げては話を聞いているようだけど、また下を向いて今度は自分のノートを見たりして、かと思えばまたサラサラと手を動かして何か書いている。


…と思ったら、頬杖をついて、チラッと後ろ…

こっちへ振り向いてきた永遠くん。


不意打ちで目が合って、ドキッとした。
授業中に永遠くんのこと見てることがバレるかと焦ったけど、黒板の方見てても向いてる方は永遠くんがいる方向と変わんねえから大丈夫かな。


俺がこんなにもドキッとしているなんて知る由もない永遠くんは、俺に向かってにこっと笑みを見せてからまた前を向いた。

えぇ…、なにあれ、かわいすぎる。
…ずるい、あんなの反則だろ。


「……はぁ。」


思わず顔に手を当てて、小さくため息が出た。

完全に恋煩いだ。初めてかかったぞ、恋煩い。

もう、友達、なんて言ってられなくて、どうしても自分だけのものにしたい。かわいい永遠くんを俺の腕の中にすっぽり埋めて、抱きしめたい。


…もし俺が本気で告白したら、永遠くんどうするだろ。どんな反応されるんだろう。でも早まって、失敗するのだけは避けたい。

せめて意思表示だけでもしていくか。とかあれこれ考え、テスト前にも関わらず俺は恋愛にうつつを抜かしまくっていたのだった。


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