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光星と約束していた10時にマンションの下まで光星を迎えに行ったら、光星はもう下で待ってくれていた。


「光星おはよう!家姉ちゃんもお母さんも居て騒がしいけどスルーしてくれていいからな?」

「永遠くんおはよ。あぁ、そういや兄貴がお姉さん今日はバイト休みって言ってたな。」


光星はそう話しながら、「はい」とカラフルでそこそこ大きめの箱が入った袋を差し出してくる。


「ん?なにこれ。」

「ドーナツ。好き?」

「…好き。ありがとう。」


ドーナツも好きやけど光星の方が好き。

光星からドーナツが入った箱を受け取り、胸に抱えながらエレベーターに乗る。俺の横でだらんと暇そうに揺れてる光星の腕に抱きついてやろうかと思った。それくらい好きだ。

けれどそんなことを考えているうちに俺の家の階にエレベーターが止まる。鍵は閉めずに家を出てきたからそのまま扉を開けると、すぐに奥から母親がひょこっと顔を見せた。


「あっ…こんにちは、おじゃまします。」


すぐに母親に気付いた光星が会釈しながら俺の後に続いて玄関に入ってくると、母親は満面の笑みを浮かべて「わ〜!光星くん!?こんにちは〜!!」とでかい声で挨拶しながら玄関に向かって歩いてきた。


「永遠がお世話になってますぅ〜!いっつも光星くん光星くんてお話聞いておりまして!!」

「そんなん言うてへんやろ!!要らんことを言うな!要らんことを!!」

「あぁごめんごめん。」


ほんまにごめんて思ってへんやろ。っていい加減に謝ってくる母親を睨み付けながら靴を脱いで家の中に上がったら、今度はバン!と姉の部屋の扉が開き、中から姉が出てきた。出てくんな!


「あ〜光星くんいらっしゃ〜い!」

「あ、お姉さんこんにちは、おじゃまします。」

「お腹減ったらいつでも言うてね。今日は永菜風ラーメンごちそうするから。」

「ふふっ…永菜風ラーメン…?」


あーもう、姉ちゃんがラーメンにあほなネーミングしてるから光星に笑われてるで。


「姉ちゃんいい加減にして。」

「昨日から仕込んどいたから煮卵味染みてめっちゃうまなってるで?食べへん?」

「もう分かった分かった、ほな後で食べるから暫く黙っといて。」

「は〜い。お腹減ったら教えてな〜。」


姉はそう言って部屋に戻るのかと思ったら、部屋には戻らずリビングで寛ぎ始めた。

姉とのやり取りを側で黙って見ていた母親に「あ、これ光星がくれた。」ってドーナツが入った箱を母親に渡すと、母親は「えぇっ!!」と大袈裟な声を上げる。うるさいなぁ!!


「この前もケーキもろたのに!いいんですか!?」

「あっ…いや、べつにそんな…大したものじゃないので…」


声がうるさい母親に光星はちょっと引き気味だ。関西のおばちゃん感丸出しの自分の母親が少し恥ずかしい。

最初は遠慮気味だったくせに、あとから「ありがとうございます〜!ひゃ〜、永菜!ドーナツやて!ドーナツ!」と姉に話しかける母親と、「えぇ!ドーナツ!?」とキャッキャとはしゃぎ始める姉を冷めた目で見ながら、俺は光星を連れて自分の部屋に入った。


「あーもううるさい。」


バン、と扉を閉めて二人の愚痴を言っていると、光星はクスクスと笑っている。

俺は絨毯の上に折り畳みの机、座布団を置き、さっそく勉強道具を準備する。


「勉強疲れたらドーナツ食べよな。」

「うん、永遠くんの好きな時に食べて。」


そう言いながら座布団の上に座った光星も、鞄の中から勉強道具を取り出している。いつもの制服姿じゃない光星に、俺はついつい光星をチラ見してしまう。

Tシャツの袖から出てる腕が逞しくて、かっこよくて触りたい。その腕でぎゅっとされたい。

まだ学校では長袖を着ているから、光星の健康的な小麦色をした腕は新鮮で、光星に近付いて自分から手を伸ばしてしまった。


「光星の腕ええな。」

「ん?腕?」

「うん、腕。男らしくてかっこいい。」


ちょっとだけ。ちょっとだけでいいからぎゅっとされたいなぁ…と光星の腕を眺めながら軽く触れていたら、光星はその腕でグイッと俺の身体を抱き寄せてきた。

もしかして分かりやすい態度出てたかな。そんなギュってして欲しそうにしてたかな、俺。


「うわっ」

「1回だけ。」

「ん?1回?なに?」


トン、と光星の胸元に倒れかかり、顔を上げると光星は俺の顔の前で指を1本立てる。何が1回?と首を傾げていたら、光星は俺の耳元で囁いた。


「チューしたい。」


耳がぞわぞわした。光星の低い声に、胸もドキッとする。俺だって光星とチューしたい。でもその前にもう俺の身体に回されている光星の腕に興奮してきてしまっているから、チューもいいけど、このままずっとぎゅーってしててほしい。

光星の声には返事をせず、俺はその願望をそのまま行動に移すように自分から光星の身体に抱きついて、光星の胸元に頭を預けたら、光星も俺の身体に両腕を巻き付けてぎゅっとしてくれた。


「あ〜ええわぁ。落ち着くわぁ。」


うっとりしながら目を閉じていたら、光星の顔がふっと近付いてきた気配がする。そこで目を開けるともう10センチも無い距離に光星の顔があった。

ジッと近付いてくる光星の唇を見つめていたら、その後すぐに光星の唇が俺の唇とそっと合わさる。

けれど3秒ほどですぐに唇は離れていき、光星はわしゃわしゃと俺の頭を撫でてから手を離した。

手は出してくるくせに結構控えめで、物足りない気持ちになる。


「もう2回も光星とチューしてしもた。」

「…3回だろ。」

「あれ、そやったっけ。」


そんな話をした後、俺たちは何事もなかったかのように互いに真面目に勉強をした。いつもそうだ。いくら俺たちの空気が“良い感じ”になっても、すぐにまた友達に戻る。

そういうお遊びのようになってしまっているのかもしれない。

けれど俺はお遊びでやってるわけじゃないから、光星にぎゅっとしてもらってる時の腕の感触が頭から離れず、もっともっとと欲しがってしまう自分がいる。

だからまたすぐに求めて、光星にはその都度お遊びだと思われてしまうかもしれない。


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