53 [ 54/99 ]
信号で一度止まると光星が俺の様子を窺ってくるようにチラ見してきたから、「明日やっと休みやなぁ」と俺はそこで数分ぶりに口を開いた。
「あーそうだなー。」
「光星明日なにするん?一緒に遊ぶ?」
「ん?…おお、…遊ぶ?」
「あ、ちゃうわ。勉強しなあかんな。」
「あー…、一緒にする?」
「うん。しよ!俺の家来る?」
「いいの?」
「うん、来て。」
光星と明日の約束を取り付けられたところで信号が青に変わり、またチャリを漕ぐ。分かりやすく機嫌が良くなった俺は、鼻歌交じりで帰宅した。
「お母さ〜ん、明日光星家来るし。」
家に帰ってすぐリビングでテレビを見ていた母親にそう伝えたら、母親は機敏に椅子から立ち上がり部屋の隅に置いてあった掃除機を取り出してくる。
「何時に来はるん!?今から!?」
「明日やってば。あ、し、た。」
「…あぁ、明日か。」
人の話はちゃんと聞きや、ってもう一度伝えると母親の動きは少し落ち着き、書類やお菓子で散らかっていたテーブルの上を片付け始めた。母親は俺からも姉からも光星の話を聞いているから早く光星に会ってみたくてそわそわしている。
「楽しみやなぁ光星くん。イケメンなんやろ?永菜もお世話になってるみたいやしちゃんとお礼言うとかな。」
「はぁ?お世話になってるんは俺だけや!」
「あーハハハ、せやったな。」
なんで笑うねん。俺の友達やのに姉ちゃんもお世話になってるとかおかしいやろ。って母親の前でぷりぷりとキレていたら、母親はまだ笑いながら「ほんま永遠光星くんに懐いてるなぁ」とかほざいている。
懐いてるんちゃうわ!好きなだけや!!歳の差も無い、同い年の友達に懐いてるっておかしいやろ!!
絶対姉ちゃんが余計な話するから俺お母さんに変なイメージ持たれてる。
でもおかしいやろって思ってても言い返す言葉が出てこなくて、結局「あかんのか!!」って言い返したら、未だにへらへらと笑いながら母親に「別にあかん言うてへんやん。」と返された。
「仲良くなって良かったな〜て話してるんやんか。」
「ほな最初からそう言って。」
「あーごめんごめん。もーなんなんあんた短気やなぁ。」
『短気』と言われ、自分でも否定できなかったため、フンとそっぽ向いて母親との会話を終わらせた。光星の話に姉まで絡んでくると俺はどうにも冷静で居られないようだ。
バイト先のラーメン屋の開店時刻から出勤していた姉は、夕方過ぎに陽気に家に帰ってきた。バイトが順調なのか機嫌も良さそうで鼻歌交じりにお風呂に入る準備をしている。
「姉ちゃんおつかれ。バイトちゃんとできた?」
「うん!お客さんにお嬢さん元気があっていいね〜って褒められたわ〜!」
「よかったな。元気だけが取り柄やもんな。」
「だけ言うな!他にももっとあるわ!」
「愛嬌あるやろ〜?要領良いやろ〜?あと礼儀正しい!」と自分で自分を褒めながら、姉ちゃんはるんるんと洗面所に入っていった。ほらな、周りが姉ちゃんを褒めるからこうしてどんどん調子に乗るのだ。
「永菜明日バイトは?」
「明日は休み〜。買い物でも行こっかな〜。」
「ふぅん、明日光星くん家来るんやって。」
お風呂から出て食卓テーブルについた姉に、母親が余計なことを言ってしまった。夕飯の唐揚げを食べていた俺はもぐもぐと口を動かしながら咄嗟に母親を睨みつけると、母親は「あっ」と口を押さえて俺から目を逸らす。
「光星くん来んの!?ほなお〜も〜て〜な〜し〜しなあかんな!!」
「もうせんでええわ!買い物行ってこい!」
「いや、よく考えたら私今金欠やったわ。」
「絶対嘘やろ!光星に絡みたいだけやろ!」
「ほんまほんま。あ!お母さん中華そば買ってなかった!?明日光星くんに永菜風ラーメン作ってあげよ!」
「はッ!?作らんでええわ!なんやねん永菜風ラーメンって、やめろ!」
光星が家に来ると聞きさっそく張り切り始めた姉は、一度座った椅子からまた立ち上がり、ガサゴソと冷蔵庫の中を漁り始めた。
「卵と豚肉と野菜があったらバッチリやな。」
「バッチリちゃうわ!今日も昼ラーメン食べたのに明日も食わすな!」
「ええやんええやん。」
ハイテンションでラーメンを作る気満々の姉を母親も一切止めはせず、「一星さんにもまた会ってみたいなぁ」とか呑気に喋っていたから、イラッとして俺はまた母親を睨みつけたら、母親は「おっと」とわざとらしく口を塞いだ。
*
翌日の朝から母親はせっせと洗濯掃除をして忙しなく家の中を歩き回っており、9時過ぎに起きてきた父親に「なんや朝からえらい張り切ってるな」と突っ込まれている。
そして姉までメイクしておしゃれまでして部屋から出てきたから、父親はのんびり食パンを齧っていた俺に「今日なんかあるんか?」と聞いてきた。
「こっちが聞きたいわ!今日なんかあるんか!!」
「うわっびっくりした、お前何怒ってんねん。」
「なんかあるんて、光星くん来はるんやろ?」
「光星くん?」
「永遠の友達。」
そう。今日は確かに俺の友達が家に来る。ただそれだけのことだ。
それを聞いた父親は「ふぅん」と頷くが、その次に俺が言いたかったことをそのまま代弁してくれるかのように姉を見ながら父親はまた口を開いた。
「永菜はなんや?しっかり化粧なんかして。張り切りすぎやろ。さては永遠の友達狙ってるんか。」
「ちゃうわ!!永遠の友達バチクソイケメンやねん。どすっぴんな顔晒せへんやろ?」
「えぇ〜?永菜ちゃんそのままの方が可愛いのに〜。」
「うわキモ、やめて、さぶいぼ立ったわ。」
親バカな父親の発言に、姉は冷やかな態度で両腕を摩りながら去っていった。いつも人から褒められると喜ぶくせに、父親は例外のようだ。
「……お姉ちゃん冷たいなぁ。」
「もうブス!言うたったらええねん。」
「ブスちゃうから言えへんわぁ…。」
姉に冷たい態度を取られた父親は、その後暫くしょんぼりしていた。可哀想に。父親が姉を可愛がれば可愛がるほど、何故だかめちゃくちゃ嫌がられる父であった。
[*prev] [next#]