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『永菜大学どうや〜?友達できた?』

『ん〜、ぼちぼちやな。同じ講義受けてる子とちょいちょい喋れるようになってきたわ。』

『お〜、よかったやん。』


夜、お風呂に入ったあとに洗面所で歯磨きしていたら、台所から母親と姉の会話する声が聞こえてきた。俺には引っ越してから『光星』って名前で呼べる友達ができたけど、そういった友達がまだ一人もいない姉を母親は心配しており、毎日姉から大学での様子を聞き出そうとしている。


その日の姉は機嫌が良さそうで、『聞いて聞いて』と弾んだ声でさらに話を続けていた。


『昨日光星くんのお兄さん紹介してもらったって話したやん?』

『あぁ、うん。一星さんやろ?』

『そう!ほんでな、今日一星さんにお昼一緒に食べてもらってん!!ぼっち飯卒業!!』

『へぇ〜!よかったやん!!』

『うん!永遠には内緒にしといてな?』

『なんで?』

『だってあの子、俺の友達のお兄さんと仲良くすんなー!って怒るもん。一星さん紹介してもらった時もしゃあなしやぞ、って態度やったし。』

『あ〜。兄弟の会話とか筒抜けになってしまうんが嫌なんちゃう?』

『うん、多分な。』


もうとっくに歯磨きを終えたものの、姉の“俺に内緒の話”をしている声が聞こえてしまいなんとなく洗面所から出るに出られなくなってしまった。


『永遠光星くんのこと惚れてまう〜!とか言うて家でベタ褒めしてるし、お兄さんにチクられたら恥ずかしいんやろな。』

『あっはっは、そりゃ確かに恥ずかしいな。』


なッ…!

俺のおらんところでなんちゅう話を…!

余計なことを喋っている姉の話に母親の笑い声まで聞こえてきて、ただでさえ風呂上がりで身体が火照っていたのに、笑われている恥ずかしさで顔まで熱くなってきてしまった。

完全に洗面所から出るタイミングを逃した俺は、暫く顔の熱が引くまで洗面所の鏡と睨めっこする。


俺には光星のお兄さんの話を全然してこないと思ったら、母親には普通に話していることを知り、この調子なら俺の知らないところでどんどんお兄さんと仲良くしてるんだろうな、ってもう諦めのような気持ちだ。


その後案の定姉はバイト先までも光星のお兄さんと同じ場所を選んでしまい、あとはもう二人が互いに恋愛感情を抱かないことを祈るのみ。



姉の初バイト姿を見に光星と一緒にラーメン屋へ行ったら、姉は初めての割にはきびきびと頑張って働いている。といってもまだ新人の姉はラーメンを運んだり客を席に案内するだけのようだ。


お会計になると奥から光星のお兄さんが出てきて、姉はお兄さんに横についてもらい、レジ操作を教えてもらっている。

あんなん絶対姉ちゃんお兄さんのこと好きになってしまうやん。ってラーメンを食べながら見ていたら、光星も俺の視線の先を追うようにレジの方に目を向けた。


「あ、兄貴が教えてる。」

「姉ちゃん顔必死やな。」

「兄貴ちゃんと教えられんのかな。」


互いに姉と兄のことを観察していた俺たちだったが、光星は光星でお兄さんの心配をしている。


「お兄さんレジ苦手なん?」

「いや、コミュ障だから。」

「ああ、そういうことか。」


光星の言う通り、無事お会計が終わりお客さんが帰ったあと、お兄さんは安心したのか、ホッと安堵しているような表情を浮かべていた。


「ふぅ、姉ちゃんご馳走さん。お会計して。」

「どやった?美味しかった?」

「うん、美味しかった。また来るわ。」


レジの前で姉ちゃんにお会計してもらおうと伝票を渡していたら、奥からお兄さんも出てきた。


「あ、お兄さんこんにちは。不慣れな姉がご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。」

「あ…いや、こちらこそ…片桐さん覚えるのすげー早くて助かってます…。」

「おお。姉ちゃん良かったな。」


光星のお兄さんに褒められて姉は分かりやすく照れている。チッ、なにデレデレしてんねん。嫌がらせに750円のラーメン1万円札で払ったろか。……ってのは冗談でそもそも1万円も持っていない。

1000円札を出し、普通に250円のおつりを返せばいいだけの簡単なお会計になってしまった。チッ。姉の札勘見たかったのに。


「ありがとうございました〜!」という張り切った姉の声を聞きながら店を出ると、光星が「お姉さん看板娘になりそうだな。」と言って笑っている。


「調子に乗るから褒めたらあかん。」

「永遠くんお姉さんに厳しいな。」

「見たやろさっき、お兄さんに褒められてむっちゃデレデレしとったで。」

「あー…はははっ。」


光星は返事に困ったのか、笑いでごまかしていた。



ラーメン屋を出てからまた電車に乗って学校に戻ってくると、グラウンドからは賑やかな声が聞こえてきた。


「なんか試合やってるっぽい?」

「あー、野球部かサッカー部かな。よく土日に練習試合やってるし。」

「ふぅん。あ、サッカー部やな。じゃあ侑里も居るかな。」


チラッとグラウンドを覗いてみると、グラウンド全体を使ってサッカー部が試合を行なっていた。


俺は侑里しか知り合いが居ないことからサッカー部って聞くと自然に侑里の姿を探しており、高身長で軽い身のこなしをしているサッカー部員の一人に目が留まる。

ボールを器用に足で転がしながらポーンとボールを蹴って仲間にパスをし、丁度仲間の足元に転がるボールに思わずパチパチと小さく拍手した。

侑里くらいの背丈だったからそうなんじゃないかと思ったらやっぱりそうだ。すぐに侑里の姿を見つけられて、「侑里うま。」って感想が漏れた。そう言えば侑里はスポーツ推薦って言ってたっけ。頑張ってるなぁ。


「永遠くんもう行くよ。そこに立ってると危ねえから。」


ぼけっと突っ立ってサッカー部の試合風景を眺めていたら、光星が俺の手を掴んでグイッと引っ張ってきた。危ないと言ってもそこそこ距離あるのに。

でもせっかくだから文句は言わずにグイグイと手を引っ張られながら駐輪場へ向かう光星の後ろを大人しく歩く。光星の手めちゃくちゃぬくい。大きい。冬になったらカイロにさせてもらいたい。


駐輪場が見えてきたところで光星の手はスッと離れていった。あーあ、なんか子供の手を繋ぐお父さん、って感じやったな。それかお兄ちゃん。俺と光星が手繋いでも違和感ありまくりでちょっとしょげる。俺がもし女の子やったらこんなんもう絶対付き合ってるやん。とかまた考えてしまった。


「光星って恋愛慣れしてないだけで絶対手ぇ出すのは早いタイプやんな。」

「えッ…!?なんで!?」


駐輪場からチャリを引き出そうとしていた光星の横で俺はチャリカゴに鞄を入れながらそんなことを口にすると、光星は顔を真っ赤にして聞き返してきた。


「なんでって、自覚無いん〜?俺にいっぱい手ぇ出すくせに。」

「そッ…!それはそもそも先に永遠くんが…!!」


「最初にほっぺたにキスしてきたから…、」ってぶつぶつと言い訳するように言ってきた。それを言われてしまえばちょっと俺も言い返しづらい。あれは完全に光星の反応見たさにからかってしまった。

俺の軽いノリが光星に手出しさせやすくしてしまったんだろうな。きっと光星のことだから、女の子にはちゃんと節度ある態度を取るのだろう。

俺だって最初の頃は軽いノリだったけど、だんだん光星を欲しがる気持ちが本気で増えてきちゃって、今ではもう冗談では済ませられない。俺の方が隙あらば光星に抱きつこうとしたりしてるから全然人のこと言えない。


「光星がかっこいいのが全部悪いねんで。そりゃほっぺにチューくらいしたなるやろ。」

「…はい?なんだそれ、こっちのセリフなんだけど。」


俺の少し無理がある返しに光星は真っ赤な顔でキレ気味に言い返してきた。またそんな冗談言って、とか思われてる?

キレ気味って言うか、恥ずかしそうにしてるだけかな。


こっちのセリフってどういうこと?
俺のことかわいいからって言いたいん?

また別の可愛い子現れたらそっちに『かわいい』って言うくせに。


どうせ俺は光星とは付き合えないから、そんな捻くれたことを考えながら暫くの間黙ってチャリを漕いでいた。


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