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兄から相談を受けてから程なくして、『片桐さんがバイト入ってくれた』という話を兄から聞いた。その翌日に永遠くんからその話を聞かされるかなと思ったけど朝から特にそのような話をしてくる気配はなかったから、お姉さんは永遠くんに内緒でバイトを始めたのだろうか。
その日は土曜の午前中のみの授業だったため、残り授業1時間のみとなったお腹が減ってきた頃、永遠くんが休み時間に自分の席からくるりと振り向き、俺に話しかけてくる。
「あっそうや、なぁ光星!お昼お兄さんのバイト先のラーメン屋行ってみぃひん?」
「えっ!…あー、うん…行くか…?」
まさかのこのタイミングで兄のバイト先のラーメン屋への誘いに心臓がドキッとする。え、どうする?行って大丈夫か?と内心ちょっと焦っていたら、永遠くんはサラッと俺の焦りの原因だった話を口にしてきた。
「姉ちゃんもそこでバイト始めたらしいねん。」
「……あれっ!?聞いたんだ!?」
てっきり内緒にされてるのかと…!びっくりしてちょっと大袈裟な反応をしてしまった。
「あ、光星もお兄さんから聞いた?俺も昨日の夜いきなり姉ちゃんから俺がむっちゃ怒るやろうからバレる前に言うとくわ。とか前置きされて聞かされてん。別にもうええわ。俺そんなんで怒らんし。」
永遠くんはほんの少しツーンとした態度で俺にそう話してくれるが、言ってることと態度が若干矛盾していてそんな永遠くんがかわいい。頭をよしよし撫でたい衝動に駆られる。
「ほんで姉ちゃんバイトの話俺にしてきてから、家でずっと頭にタオル巻いて変な動きしながら『いらっしゃぁせー!』とか練習してんねんけど。マニュアルなんか?」
「…いや、それは違うと思うけど。」
「笑うやろ?姉ちゃんあほすぎ。光星のお兄さんにドン引きされたらいいねん。」
「ふふっ…。」
永遠くんの話を聞き笑い混じりに返事をしていたら永遠くんは呆れた表情でお姉さんにキツいことを言っている。ご希望に添えず永遠くんには申し訳ないが、兄は多分そんなお姉さんも『可愛い』と思うだけだろうな。
「今日バイト三日目らしくて『土曜で絶対忙しいや〜ん!』って半泣きになってたから見に行ったんねん。」
永遠くんはそう言って、ニタニタと笑っていた。永遠くんが楽しそうで俺は何よりだ。
学校からラーメン屋まで自転車で行こうとすると結構距離があるから、学校に自転車を置いて電車で向かうことにした。
電車を降りて少し歩くと、ラーメン屋よりも先に大学の建物が見えてくる。
「俺もここの大学受けるてもう決めてんねん。」
「えっ、そうなんだ。俺も一応候補に入れてる。」
「俺高校も姉ちゃんと同じとこ行ってたから友達にめっちゃシスコンやと思われてんねんけど違うで。」
「え?違うんだ?」
「違うわぁ!!!」
俺は何も言ってないのに、自分からシスコンを否定してきた永遠くんを少しからかうように聞き返したら、永遠くんはベシッと俺の肩を叩きながら声を張り上げてまた否定してきた。かわいい。シスコンでも全然いいよ。俺を好きになってくれるなら。
「姉ちゃん毎回学校のことめっちゃ調べてから受験するとこ決めるからよっぽど良い学校なんやろなぁと思ってマネさせてもらってんねん。」
「あー…俺も同じ感じだけどな。あと制服とか兄のお下がり使えるし。あと過去問とかも取っといてもらってるし。」
「そうそう、過去問が確実に手に入るんはええな。先生が同じやとテストの傾向も似てくるしな。」
「うんうん。」
結構俺と永遠くんって似たような考えだよなぁ。と気が合うことに嬉しく思いながら永遠くんの話を聞いていたら、大学前をすでに通過していた。
大学の近くの交差点を渡るとラーメン屋の大きな看板が見えてきて、永遠くんは「あれか!」と看板を指差している。
「あ〜お腹減ったな〜!ラーメンっラーメンっ」
スキップしながらラーメン屋へ向かって行くかわいい男子高校生に、すれ違った女性がわざわざ振り向いてクスリと笑いながら永遠くんのことを見ていた。分かる分かる、その気持ち。
先に扉から店内を覗き込んでいる永遠くんに数秒遅れで追い付き、扉をスライドした中に入る。店内はそこそこ人で溢れ返っていた。
「いらっしゃいませー!!!空いてるお席へどうぞー!!!」
店に入ってきて最初に聞こえてきたのは、そんな元気な永遠くんのお姉さんの声だった。
「…おお、姉ちゃんもう順応しとるな。」
「うわっ永遠やん!恥ずかし!」
「お姉さんこんにちは。さすがです。」
「…へへへ、ありがとう。」
空席に向かいながらお姉さんに話しかけると、お姉さんは恥ずかしそうにしながら厨房の方へ引っ込んで行った。その後すぐに奥からキッチン担当の兄も顔を出す。しかし目にも止まらぬ速さで兄は顔を引っ込めた。別に俺がラーメン食いに来てても兄は興味無いのだろう。
なんとか2テーブルほど空いていたうちの一席に腰掛けると、水が入ったコップを持ってお姉さんが再び現れる。
「ご注文はお決まりでしょうか〜?」
「まだや。」
「ごめん。」
にこにこしながら聞いてくださったお姉さんに永遠くんがスパッと一言、メニュー表を手に取りながら言うと、お姉さんはサッと真顔になった。仕事モードのお姉さんの顔が永遠くんを前にして一瞬で崩れてしまう。
「味玉チャーシュー麺美味しそうやなぁ。」
「おーいいな。俺もそれにしようかな。」
「光星のお兄さんが作らはるん?」
「一星さんは調理補助やで。」
「ふぅん、そうなんや。」
「じゃあ二人とも味玉チャーシュー麺でいい?」
「うん。」
「はい。」
俺と永遠くんが頷くと、お姉さんは元気に「少々お待ちくださぁい!」と言って去って行った。なんかすでに一度聞いたことある台詞だな。
「お姉さんやっぱ飲食店向いてるな。」
「一応家で練習してたしな。」
「この前うどん作ってくれた時もあんな感じだったもんな。」
「あれはただの家庭的アピールやで。」
「ふふっ、なんだそれ。」
ラーメンを待ってる間お姉さんの働きっぷりを眺めながら永遠くんとお姉さんの話をしていたら、ラーメンが運ばれてきたのはすぐだった。
「お待たせしました〜!」と元気にラーメンを運んできてくださるお姉さんに無意識に口を緩ませながら会釈したら、永遠くんから白けた目を向けられてしまった。
やべっ…、別に可愛いなぁ〜とかそんな目で見ていたわけでは決して無い。ただ元気なお姉さんを見ていたら自然に笑顔になれただけで。店員として素晴らしい才能だと思う。兄だけじゃなく、店長さんとかにもお姉さんが入ってきて喜ばれたのではないだろうか。
「バイト入ってすぐであの感じはすごいな、お姉さん。研修中ってバッチ付けてるのが変な感じ。あれ取ったら絶対新人には見られないと思う。」
永遠くんに何か言われる前に俺は全然お姉さんを可愛いとか思ってません、というような態度でバイトとしてのお姉さんのことをベラベラと喋っていたら、それが逆にダメだったのか永遠くんの口数は少し減ってしまい、「ふぅん」と素っ気なく頷きながらラーメンを啜り始めた。
うーん…。これは、嫉妬なのだろうか。
それとも兄弟が褒められまくった場合のごく普通の反応なのか。
これを自分に置き換えて考えてみて、もし永遠くんに俺の兄のことを褒められまくったら、嫉妬するなぁ。と思ったから、永遠くんも嫉妬であって欲しい。
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