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「光星は侑里のことどう思う?良い人かなぁ?」
「え、…ん〜、分かんねえ…。」
「まあ疑ったら可哀想やな、良い人そうやとは思ってるんやけどな。」
食堂を出て、やっと教室に帰ってきてホッとしていたら、永遠くんは俺に香月のことについて話しかけてきた。なんとも言えず首を傾げる俺に、永遠くんは自分自身に納得させるように呟いている。
「でも野球部の人らのことボロカス言うてたしちょっと怖かったな。背ぇも高いし侑里くんなんか迫力あるわ。」
「あー…。仲は悪いっぽいな。野球部と。」
「うん。それに比べたら特進クラスは平和やな。テストの点の順位争いとか無いん?」
「ないない。みんな勉強ついてくのに必死でクラスメイト意識してる暇ないんじゃねえの?俺がそうだし。」
「ふぅん、確かに授業の進み早いもんなぁ。」
永遠くんはそう相槌を打ちながら机の上に筆記用具や教科書、ノートを出し、次の授業の準備をしている。そして、ハッと思い出したようにノートを開いてスマホでカシャッと写真を撮り始めた。
「侑里くんに永遠的テストに出そうなとこ教えといてあげよ。」
「永遠的テストに出そうなとこ?……いいなー、俺も教えてほしいなー。」
永遠くんは香月に送ってあげる写真を撮っていたらしく、嫉妬心からつい俺の口からはそんな言葉が出てしまうと、永遠くんはスマホ片手に「え?」と俺に視線を向けてきた。
「基礎やで?基礎。光星はいちいち勉強せんでも分かってるようなやつ。」
「…ごめん、ちょっと羨ましくなっただけ。」
「羨ましい?なにが?」
「…んー?んー…。俺も永遠くんと一緒に勉強したいなーとか思っただけ。」
そんなことを言いながら、ただ香月に今の俺のポジションを取られたくないだけ。香月に永遠くんを取られたくないだけだ。
でも永遠くんは、俺のそんな醜い感情がこもった言葉に満面の笑みを浮かべて頷いてくれる。
「しよしよ!俺も光星誘おうと思っててん!放課後またあのカフェ行ってやらへん?」
「おー、いいな。あのカフェ気に入った?」
「うん!椅子の座り心地も良かったし、生クリームぶりゅぶりゅ乗ったコーヒーも美味しかったしなー。あっそうや、俺の家にもまた来て!お母さんも光星に会いたがってんねん!」
「まじで?行く行く。俺んとこも流星がまた永遠くんに遊びに来てほしそうにしてたよ。」
「ほんま?ほなまたお邪魔させてもらうわ!」
テストの話題からそこまで話が広がり、にこにこ楽しそうにしながら話してくれる永遠くんがかわいくて、さっきまでのモヤモヤしていた感情が綺麗さっぱり忘れられそうなくらいに癒される。
「はぁ…。永遠くんの笑った顔かわいいなぁ。癒される。」
素直な気持ちがサラッと口から溢れた後にハッとした。
そう言えばさっきから散々香月が永遠くんに『かわいい』『癒される』と言っていたからまるで対抗してるみたいに思われるんじゃねえか?と。
しかしそんな俺の思惑は外れ、永遠くんは耳を赤くして俺から顔を背けるように無言で前を向く。香月の時には見せなかった照れるような反応だ。
俺の時だけ照れるって、やっぱり永遠くんも俺のこと…、って、めちゃくちゃ自分に都合良く考えて、また自惚れる。
もう俺ら、付き合っちゃダメか?付き合いたいな。付き合って、なんの理由も無く永遠くんをぎゅっとして、頭を撫でて、キスしたい。
でもおかしいかな、同じクラスの友達なのに。流石に嫌がられるかな。まじめに『俺と付き合って』とか言ったら引かれるかな。もしもその返事が『俺はそんなつもりはなかった』とかで永遠くんから距離置かれたりしたら嫌だな。
俺だけ舞い上がって、どんどん俺の欲望が先へ先へ進もうとして、永遠くんに『そんなつもりはなかった』って言われたら恥ずかしい。俺だけが舞い上がってる状態だったら恥ずかしすぎる。
そんな意気地なしな自分が先へ進みたがる自分にストップをかけてくれる。焦っちゃダメだ。もし永遠くんも俺と同じ気持ちだって確証が得られたら。
その時はちゃんと永遠くんに告白して、永遠くんと付き合いたい。…って、永遠くんの横顔を眺めながら悶々と考えていた。
*
中間テストが近いのもあって夜はいつもより遅くまで部屋で勉強していたら、兄が扉をノックしてきておずおずと部屋に入ってきた。時刻はすでに0時を過ぎている。
「なぁ光星、相談なんだけど…」
「ん?なに?」
「片桐さんが俺のバイト先のラーメン屋で働こっかなって言ってくれてんだけど…」
そんなことだろうと思った。最近になって兄が自ら俺に話しかけてくることが増えたけど大体永遠くんのお姉さんのことだ。
「…あ、今日昼ご飯一緒に食べてさ。」
「ふぅん、そうなんだ。良かったな。」
ちゃんと会話続いたんだろうか、とかちょっと気になるけどまあそのへんはさておき、「んで相談って?」と話を戻した。
「永遠くんが知ったら嫌がるだろうから内緒にしとくべきか、働き始めてから言おうか、って…」
「え、内緒にしとくのは無理なんじゃねえの?永遠くん兄貴のバイト先のラーメン屋すげえ行きたがってたし、1回食べて美味しかったらまた何回も行くかもよ?」
「…あー…そっか。」
「俺は普通に言っちゃったら良いと思うけど。永遠くん怒ってもかわいいしお姉さんも永遠くんの扱い慣れてそうだし。」
「ふっ、それもそうだな。」
最初は『相談』とか言って真面目な顔をしながら来たくせに、喋っていたらだんだんへらへらし始める兄。
「嬉しそうだな。良かったじゃん。」
「…んん、片桐さんの性格に俺すげえ助けられてる。」
「お姉さんの性格?どんな?」
「あの子結構サバサバしてて、用件とかあればサクッと伝えてくれる感じが返事しやすくて好き。昼ご飯の時も片桐さんがずっと喋ってくれてて、俺頷くだけで良かったから助かった。」
「…えぇ、それお姉さんにかなり気遣わせてんじゃねえの?たまにはなんか喋んないと愛想尽かされねーか…?」
「……うそ、やばい?愛想尽かされる…?」
「んん、いつまで経ってもその調子だったらちょっとな…って俺は思うけど。」
兄の話を聞き、俺が率直に思った感想を伝えると兄は分かりやすく焦った顔をして黙り込んだ。しかしそうは言ったものの、もしこんな性格でも良いとお姉さんに思ってもらえていたら兄も万々歳だろう。
「まあまだまだこれからだよな、兄貴らは。」
兄は自分の頑張り次第でどうとでもできる。
でも、俺は……
自分の頑張りだけではどうにもならない障壁があることを悟り、なんかちょっとだけ、兄の恋愛が羨ましくなった。
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