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1年生の終わりの頃、佐久間から香月侑里の話を聞いたことがある。スポクラはグループが二分しており、一つは野球部を中心とするグループ、もう一つは香月を中心とするグループだとか。

香月とは折り合いが悪く、事あるごとに突っかかられて鬱陶しいだの、周囲のやつらは香月の金魚のフンだの、当時はスポクラにもいろいろあるんだなぁと聞き流すように佐久間の話を聞いていたが、今思えば結構過激な悪口も言っていた気がする。


永遠くんに香月のことを聞かれても、佐久間と対立しているグループの中心人物だとは言い出せず、『知らない』と言ってしまった。

永遠くんが俺の横でそんな人物とどんどん仲良くなっていき、『友達できた』と喜ぶ永遠くんに、俺は内心ハラハラしながら、複雑な気持ちを抱く。


香月と一緒に居た友人は中等部の頃の元クラスメイトだが、高等部に上がってからはほとんど会話することはなかった。香月と親しくしてるってことは、佐久間と仲良くしていた俺のことをもしかしたらあまりよく思われて無かったかもなぁ…という推測をするが、「浅見久しぶり」って案外普通に声をかけてくれた。


「浅見って最近佐久間と連んでねえよな。もう仲良くするのやめたの?」

「え…、あー…うん。」


そしていきなり佐久間のことを聞かれ、返事に困りながらも頷いたら、そいつはにっこりと笑いながら「佐久間ざまあねえな」と罵っている。どうやら香月のグループが佐久間と仲良くないのは本当のようだ。


「あいついっつも浅見から写させてもらったノート周りに自慢しててさぁ、侑里しょっちゅう佐久間にブチ切れてたし。」

「あ…そうなんだ。」


知らなくて良かった事実を知ってしまい、耳が痛い。ということは香月から見た俺の印象も最悪だろうな。

一体二人はどんな会話をしているのか…。

ただでさえ俺が永遠くんと一番親しいポジションで居たいと思っていたのに、永遠くんに顔を近付けて何か話しかけている香月にいろんな意味で胸の中がモヤモヤした。



「永遠頼む、俺の補習回避のために数学と英語教えて!次補習になったら顧問に呼び出される!」

「うん、別にええけど。スポーツクラスも補習あるんやな。」

「おう、あるっちゃあるけどスポーツクラスの補習受ける奴って言ったらよっぽどのバカ確定なんだよ。なぁ?」

「え、…う、うん…そう、なるのかな。」

「…まあ、赤点の基準が低いからな…。」


食堂で昼飯を食べながら、俺の隣の席では永遠くんと香月が中間テストの話をしている。

『スポーツクラスの補習受ける奴って言ったらよっぽどのバカ確定』という香月の発言に俺の目の前に座ったスポクラの友人たちが同意を求められるが、彼らは皆、頷き辛そうに苦笑しながら頷いた。頷いたら香月のことをバカ確定とでも言っているようなものだからだろうか?

逆らったりしたら怖い奴だったりすんのかな、とか、俺は変に勘繰ったりしてしまっている。


「ふぅん、じゃあ赤点回避最重要やな〜。要点だけしっかり勉強してあとはもう捨てたら普通にいけるんちゃう?」

「オッケ、永遠の言う通りにしまっす。」

「痛い痛い、そんなガシガシ頭撫でんといて、ハゲるやろ。」

「ハゲへんハゲへん。あ〜永遠ほんまに可愛いな〜。」

「ちょっと関西弁になるんなんなん?からかってんの?」

「からかってへんからかってへん。」


ああ…クソッ、俺のポジションが…。

永遠くんの髪がぐしゃぐしゃになるくらい髪を撫でながら永遠くんに絡む香月に、俺は嫉妬心をなんとかグッと抑えながら昼食を食べていた。


そんな時だった。佐久間を含むスポクラ数人が俺たちの方を見ながら通り過ぎていく。

そして香月と永遠くんの方を見ながら『なんだあれ』と言っている声が聞こえてきて、ほんの一瞬だったが感じ悪さがすぐに伝わってきてしまった。

佐久間は俺の方を見て嘲笑っていた気がする。あいつは俺が永遠くんを好きなことを知っているから、永遠くんが俺の隣で香月と親しくしている光景が面白かったのかもしれない。


なんかモヤモヤした感情がいろいろ積もってくる嫌な昼休みだなぁ…と、早くここから立ち去りたくてしょうがない。

以前は仲良くしていた奴の俺を見る目の変化に胸が痛む。人と縁を切るという行為には覚悟が必要だなぁと良い勉強になった。


「はぁ…。」

「ん?光星?どしたん?気分悪い?」

「…あっ、いや、大丈夫。腹膨れただけ。」


無意識に口から溢れた溜め息に、永遠くんが俺の顔を覗き込み、声を掛けてくれた。けれどこんな心情は悟られたくなくて、適当に嘘をついた。


「俺も今食べ終わったしもう戻ろか。」

「うん。」


可愛い永遠くんの笑みと、永遠くんの俺に語りかけてくる声を聞くだけで、モヤモヤしていた気分を浄化させてくれるかのように心が少しホッとする。


永遠くんが席を立つと、すでに昼食を食べ終わっていた香月たちも永遠くんに続いて席を立つ。


「永遠は浅見くんと仲良いな。」


香月の前を歩いていた永遠くんに向かって後ろから香月がそんな声をかける。すると永遠くんはくるりと振り返って、にこりと笑みを浮かべながら返事をした。


「うん。ええやろ。」

「…ん〜。」


おい、その目はなんだ。人を観察するような目で見てくるな。香月の俺を見る視線に、俺はなんとなくサッと顔を背けてしまった。

永遠くんの返事の仕方がちょっと自慢げにも思えたからってべつに喜んではいない。ただちょっと、口元が緩んでしまいそうになっただけで。


咄嗟に香月から顔を背けたのは多分、そんな顔を隠したかったからだろう。


しかし香月から観察されるような目で見られていたことは今回たまたま気付いただけで、実はさっきからずっと観察するように香月から見られていたことを、俺は全然気づいていないだけだった。


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