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お姉さんは兄のバイト先のラーメン屋にそこそこ興味を持たれたようで、永遠くんが下を向いてカップの底に溜まったコーヒーをズゴゴゴとストローで啜ってる隙にこっそり『バイトの件また相談させてください』と兄に話しかけていた。

そんなお姉さんにコクコクと頷いている兄。
そして永遠くんがふっと顔を上げたと同時にお姉さんはサッと兄から視線を逸らし、永遠くんに「美味しかった?」と話しかけている。さすがはお姉さん、永遠くんの扱いにはかなり慣れてそうだ。


「うん、美味しかった。トイレ行ってくる。」

「行ってらっしゃい。」


トイレに行くために席を立つ永遠くんににこやかな顔をして送り出したお姉さんは、永遠くんの姿が見えなくなった瞬間に身を乗り出して「あの、大学の昼休みもし空いてたら一緒にご飯どうですか?」と兄を誘っている。


「あっ、はい…、是非。」

「わあっ!やった…!ありがとうございます!ぼっち卒業…!!」


兄が頷くと、お姉さんは嬉しそうにそう言って、次に俺の方へ視線を向けてきた。


「光星くん、永遠には内緒にしててくれる?永遠光星のお兄さんやからーって、私が一星さんと仲良くなるの嫌がってくるから…。」

「あー…俺は大丈夫ですよ。黙ってます。」

「ほんま?よかったぁ、ありがとう!光星くんのおかげでいろいろ助かったわ。大学に知り合いおったら心強いしなぁ。」


お姉さんはホッとするようにそう言いながら、にこりと笑った。相変わらず可愛いお姉さんに兄もさぞデレデレだろう。って横を向いたら、兄は赤い顔をして口を緩ませている。うん、すげえ分かりやすいな。


俺は二人が大学で仲良くしてようが構わないから兄は好きに頑張ってくれ。と二人の関係にはノータッチでいきたい。


お姉さんは永遠くんがトイレから戻ってくる前に話を終わらせたかったようで、早口で「またお昼ラインしますね!一星さんも都合良い時いつでも声掛けてください!」と話し、その後すぐに永遠くんが席に戻ってくると「おかえり〜」と何事も無かったように永遠くんに笑顔を向けている。


「じゃあそろそろ帰りましょうか?」というお姉さんの一声で帰ることになり、日が沈み始めた頃に俺たちはカフェを出たのだった。


自転車の俺と永遠くんは二人より先に帰るのかと思いきや、徒歩のお姉さんと兄を二人にさせたくないのか永遠くんは「姉ちゃんはよ帰るで」と徒歩のお姉さんにそう促している。


よっぽど二人に親しくしてほしく無さそうなオーラが永遠くんからは滲み出ていて、俺は正直複雑な気持ちだった。



家に帰った兄は、夕飯が出来るのを待っていた俺の目の前にスマホ片手に座ってきた。


「片桐さんから個人にライン来た…。」


兄が持つスマホ画面を覗き込むと、【 今日はありがとうございました!大学でまたよろしくお願いします! 】と書かれている。やっぱり可愛い犬のスタンプ付きだ。

お姉さんからラインが送られてきてからすでに30分ほど経ってしまっているが、返信に悩んでいるのだろう。


「こちらこそありがとうございましたとか送っとけば?あと、よろしくお願いします、とかも。」

「…敬語で?」

「…え、…べつにそこは好きにして。」

「無愛想って思われねえかな?」

「心配なら兄貴もスタンプ返しとけよ。」

「どういうスタンプ?」

「…さあ。そこも兄貴の好みで…。」


うんうんと悩みながら文字を打っている兄のこんな姿を見るのは初めてかもしれない。どうやら本気で永遠くんのお姉さんに惚れたのかも。


「永遠くんのお姉さんのこと好きになった?」


なんとなくそうだろうなと察した上でストレートに兄に問いかけてみると、兄は何も答えずに首を傾げるだけ。そこは正直に頷いてほしかった。すげえわかりやすいんだから。


「…永遠くんが嫌そうにしてたな。」

「あぁ、それなぁ。実はすっげーお姉さんのこと好きとかじゃねえよな?永遠くん。」

「…あぁ、それはありそう…。」

「お姉さんに彼氏できたら嫌とか。」

「…あるかもな。」


俺との会話で永遠くんに対してそんな可能性が浮上すると、兄のテンションがズーンと下がっていくのが分かった。おいおい、お姉さんと付き合いたいのバレバレすぎだろ。


「……光星は?」

「ん?俺がなに?」

「……片桐さんのこと、」


あ、お姉さんに惚れてねえかって?俺が惚れてたらわざわざ兄貴に会わせるようなことしないと思うけど。


「兄貴もう察してんのかと思ってたわ。この前言ってただろ、俺が永遠くんの顔に惹かれただろって。」

「あ、うん。言ったな。」

「兄貴が言った通りだよ、もう俺すっげー好き、永遠くん。まじかわいい。」


兄にそんな話をすることは何故かもう恥ずかしくもなんとも感じず、ぺらっと自分からそう話した。多分、俺が兄のことを察しているように、兄にも俺のこと察してもらえていた方が気が楽だと感じたのかもしれない。


「え、そうなんだ。その場合告白とかは?したりすんの?」

「もうすでに好き好き言ってるけど。ノリで。」

「ノリ……?」

「だってあっちが最初からそういう感じだし。永遠くんのペースで一緒に居たら俺の身が持たねえから俺も負けじと頑張ってんだよ。」


『ノリ』という言葉を聞き少し首を傾げている兄だが、俺は構わず小言を言うようにそう話し続けた。


「…へえ、なんかよく分かんねえけど大変そうだな。」

「大変大変。まあそんな永遠くんがかわいいんだけど。兄貴も恥ずかしがらずに好きなら好き、可愛いなら可愛いって言った方がいい絶対。俺が助言してやる。」

「…なんだそれ、チャラく思われねえ?」

「だって向こうだって俺のことかっこいいとか言ってくんだもん。俺だけやたら照れまくってんの嫌だろ。」

「かっこいいって言われるんだ?」

「……光星イケメンやなぁ結婚したいわぁ〜、とか彼女になりたいわぁ〜とかサラッと言ってくる。それが、俺が今言った“ノリ”ってやつ。」


永遠くんのマネをして下手くそな関西弁を口にする俺に、兄はクスリと笑ってくる。ついでに俺が思う“ノリ”を兄に教えたら、兄はうんうんと頷いた。


「…ふぅん、だから身が持たないって?」

「そう!」

「珍しいな、二人で楽しそうになんの話?」

「…や、ちょっとした知り合いの話。」

「ちょっとした知り合い?誰だそれ。」


兄との会話の途中で流星が現れ、俺たちの珍しい恋話はそこで終了した。流星にはまさか兄と永遠くんとそのお姉さんに関する恋話で盛り上がっていたなんて言えず、なんとか話をはぐらかした。


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