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「お兄さんの名前は確か一星さんでしたよね〜!一星さんって呼ばせてもらっても良いですか?私のことは片桐でも永菜でも好きに呼んでもらって大丈夫なので!」
お姉さんの方から兄に話を振ってくださっているが、兄は相変わらず赤い顔をしてコクコクと頷いているだけだった。
「姉ちゃん標準語頑張ってるな。」
「うるさいな、ええやろ別に。」
会話の途中で横から口を挟んだ永遠くんに、お姉さんはちょっと恥ずかしそうに小声で返事をしながらペシッと永遠くんの足を叩いている。
軽い姉弟喧嘩のようなやり取りも俺からすればめちゃくちゃかわいく見えて、頬を緩ませながら眺めていたら、隣に座った兄もそんな二人のやり取りを顔を赤くしてチラ見していた。
「兄貴もべつに関西弁とか気にしねえよな。」
兄があまりに喋らなさ過ぎるから、俺から話題を振ってみれば、兄はようやく「うん。」と小さく声に出しながら頷く。
「え〜っほんとですか?でも私が気にしちゃうんですよねぇ。大学でごりごりに関西弁喋ってたらかなり目立ちません?」
「関西弁どうこうの前にごりごりっていう言い方どうなん?」
「ちょっ、もうええって。永遠黙ってて。」
また話の途中で永遠くんが口を挟むと、お姉さんは怒って無表情になり、永遠くんに向かって冷めた口調でそう言い返した。それに対して永遠くんは「ふふっ」と小さく笑っている。お姉さんの邪魔をしているつもりなのか、永遠くんはかなり愉快そうだ。
「永遠だって学校で関西弁話さん方がいいか悩んでたくせに。あっそうや、永遠な、光星くんが関西弁で話して良いって言うてくれた〜って家で喜んでたんやで?」
「えっ…そうなんですか?」
「うるさい、喜んでないわ!」
「喜んでたし。」
「あーあ!姉ちゃんお兄さんの前でごりごり関西弁出てもうてるわ。もう手遅れやな。」
「うるさいな!永遠が要らんこと言うてくるからやろ!」
今度は突然お姉さんが永遠くんの暴露をするように話してきたから、愉快そうだった永遠くんの顔には焦りのような感情が見え始めた。
永遠くん今のお姉さんの話ほんと?って、俺は気になってジッと永遠くんのことを見ていたら、永遠くんは俺とは目を合わせてくれずコーヒーのストローを咥えて下を向く。
それから暫く永遠くんは大人しくなり、お姉さんはチャンスだと言わんばかりに兄に大学の話を振り始めた。
「一星さんはサークルとか何か入ってますか?もう5月なんでちょっと出遅れちゃったな〜って思ってるんですけど、良いサークルあればどこかに入ろうかなって悩んでて。」
「……俺は入ってない。…何かやりたいことあるなら普通に、そのサークル入ればいいし、良いサークルはまあ、いろいろあると思うけど、……危ないところもあるから…気をつけてね。」
チラッとお姉さんの方を見ては、下を向き、またチラッと見ては下を向き、兄がようやくアドバイスらしきことを言ってみたもののお姉さんとはなかなか目を合わせられなさそうに最後は下を見続けた。
「あー、やっぱり危ないところもありますよね。仲良くなった子と一緒にサークルの新歓に顔出したんですけど、普通にお酒飲まされそうになって怖くなって私だけすぐ帰ったんですよ。だからせっかく仲良くなった子ともその後距離できちゃって…。」
「だから姉ちゃんぼっちなんや。」
「せやで。完全にスタート失敗したわ。」
「どんまい。」
「…金の無駄だし、無理してサークル入る必要はねえと思うけど…。」
「そうですよね。…じゃあまぁ、暫くは様子見しようかな。」
お姉さんはサークル入るか入らないかに悩んでいたようだけど、お姉さんがそんな答えを出したところで兄は緩くうんうんと頷いている。この空気にちょっと慣れてきたのか、真っ赤だった兄の顔もようやく落ち着いていた。
「……あの、……片桐さん、……バイトはもうやってる?」
……と思っていたら、珍しく自分からお姉さんに話を振り、また兄の顔が真っ赤になってきた。
「バイトもまだです!大学生活が落ち着いたら始めようかなとは思ってます!」
「……もし良かったら、バイト一人辞めちゃったから今募集してるんだけど……」
「えっ!一星さんのバイト先ですか?」
まさかのバイトの勧誘をしている兄、よっぽどお姉さんのことが気に入ったのだろう。しかし兄のバイト先って言ったら暑苦しい店内に、男性客が多いラーメン屋だ。この可愛い可愛いお姉さんをラーメン屋に…?と俺は口を挟みたくてうずうずしていたら、「お兄さんどこで働いてるんですか?」と先に永遠くんが口を開いた。
「…あ、…大学の近くのラーメン屋。」
「「……ラーメン屋。」」
ラーメンと聞き、目の前の姉弟二人は声をハモらせながら顔を見合わせた。それはどういう反応だ?返事に困ってるのか?と様子を窺いながら次の反応を待っていると、お姉さんは永遠くんに「気になるなぁ。」と話しかけている。
「うん。食べに行きたい。光星今度一緒に行こ!」
「あっずるい!私も!」
「あかん。姉ちゃん太るで。」
「そんなすぐ太らんわ!じゃあ一星さん一緒に行きましょ!」
「あかんわ!なにお兄さん誘ってんねん!バイト先や言うてはるやろ!家でインスタントでも食べとき!」
「いやおかしいやろ、なんで私はラーメン食べに行ったらあかんねん!もう永遠さっきからいい加減にして!」
二人ともラーメンに興味津々かと思ったら、その直後二人はまた口喧嘩を始めてしまった。主にお姉さんの邪魔をする永遠くんにお姉さんが怒っている流れだが、永遠くんはフンとそっぽ向きながらしてやったりな態度でべーと舌を出している。
ところで兄の話はバイトの勧誘だったはずだが、目の前の二人はラーメンを食べに行く行かないの話になっている。チラッと横目に兄の様子を窺ってみると、兄は困惑しているかと思ったら口元を緩ませてお姉さんの顔を見つめていた。うわーわかりやすい。
「お姉さんバイト先にはどうですか?ラーメン屋。女の子は苦手そうなイメージありますけど。」
俺は話を元に戻すようにそう口を挟んだら、お姉さんは「ん〜」と考えるように首を傾げた。
「バイトやったこと無いからなぁ。忙しいとこやと足手まといになってしまうかもしれん。」
「あーなるほど。でもお姉さんなら大丈夫そうな気はしますけどね。」
「ほんま?私でもいけるかな?」
「なぁ兄貴?大丈夫だよな?」
俺は兄に同意を求めるように横を向けば、兄はうんうんと首を縦に振る。俺は別に兄の協力とかそういうつもりで口を挟んだわけでは無かったけど、永遠くんがあまりに俺の兄とお姉さんが繋がりを持つのを嫌がるから、やっぱり反発心が沸き上がってきてしまったのかもしれない。
お姉さんが俺の発言によりラーメン屋のバイトを検討し始めると、永遠くんがムッとした顔で俺に視線を向けてきて、『余計なこと言うな』って言いたげな顔をしている気がしたけど、俺は永遠くんの視線に気付いていないフリをしてコーヒーカップを持って残りのコーヒーを飲み干した。
自分の姉と、友達の兄が親しくなるのって、そんなに嫌なことなのか?俺は別に、そこまで嫌だという気持ちは無かったから、永遠くんの気持ちには共感してあげられそうにない。
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