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次の日からはちゃんとブレザーを持って登校し、学校に到着する前にブレザーを着ることにした。

光星は教室ではブレザーを脱いであのカーディガンを着ている。ああうずうずする。抱きついて匂い嗅ぎに行きたい。そんな気持ち悪い自分を隠しつつ、俺自身は教室では暑苦しいブレザーを脱いで長袖シャツ一枚で過ごしていた。


「今日の体育シャトルランらしいな。」

「えぇ、うそやん最悪…俺あれ嫌い。」


休み時間に体操服に着替え、体育館に向かいながら光星から憂鬱になる情報を聞いてしまった。光星は余裕なのか嫌がる俺を見て爽やかに笑っている。


「あの音楽というか、音が嫌やねんな。急かされてる気分になって。思い出しただけでしんどなるわ…」

「あーははっ、確かにな。」

「レベルアップの音なんか特に嫌。たららんってやつ。」

「シャトルランってレベルアップするんだ?」

「するよ。」

「へぇ、全然覚えてねえわ。」


光星はそんな話にもヘラヘラと笑っているから、よっぽど余裕なんだろうな。


体育の授業は理系の特進クラスと一緒に行われるため、みんな運動は苦手なのかやる気が無いのかジャージズボンを履いて上着まで羽織っている。光星も上着は着てないけどジャージズボンだ。みんな暑くないのかなと思いながら薄着の俺は長袖シャツにハーフパンツである。


体育の授業が始まると、光星の言っていた通りやっぱり今日はシャトルランで大体の人が嫌がっていた。名簿順に並ばされ、列が前後になった人とシャトルランの回数を数えるペアを組み、前半後半どっちで走るか相談する。

ペアの人はどっちでもいいって言うから、俺は先に終わらせてしまおうと前半を選ぶと、光星も俺と同じ前半の人たちが待機するスタートラインの前に立っている。

光星も一緒に走るんやな、俺が先に終わったら光星が走ってるとこじっくり眺めたろ。とか思っていたらあの俺の嫌いなシャトルランの音源が体育館に響き渡る。

最初の方は楽勝なので、皆一斉にゆるゆると足を動かして走り始めた。

20回、30回を超えてもまだ余裕で、50回を超えたあたりからだんだん嫌になってくる。レベルアップ音を聞くのもこのあたりからキツくなってきた。

足を止めるクラスメイトもチラホラ現れ始め、徐々に走ってる生徒の人数も減ってきて隣の人との間隔も広がってくる。

光星はどこで走ってるんだろう、とその姿を探してみたが見つけられなかった。

70回、80回と超えたあたりから俺の息もゼエゼエと上がってきて、残ってる生徒がほとんどいないことに気付いた。


「えっ!?なんで!?」


びっくりして思わず声を上げてしまった。俺はシャトルランで最後まで残っているような人間ではないのに、90回を超えた時に走ってるのはなんと俺一人だった。


「永遠くんがんばれ!」という声が聞こえてきて、声がした方を見れば光星は爽やかに笑って俺の応援をしている。


「なんでなん!?」


光星絶対まだまだいけるやろ!

いつもならもう疲れたからこのへんで終わっとこうかな、とか考えて終わらせる頃なのに、先生やクラスメイトらが「がんばれー」と応援してくれているから足を止めることができない。


もう終わりたいのに終わりにくい状況になんとか足を動かして、100回を超えた頃、俺はドタッと床に膝から崩れていった。100回超えたのなんて初めてだ。俺はそもそも運動はいつも平均値くらいの人間なのに…


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」


俺が必死に息継ぎしている中、体育館には盛大な拍手の音が響き渡っている。嘘やろ…?100回でこの扱い…?


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」

「すごいなぁ、片桐くん101回だよ。」

「あ…ありがとう…。ハァ、ハァ、しんど…」


回数を数えてくれていたクラスメイトが俺にそう報告してくれる。なんとかその場から立とうとしたけどしんど過ぎて床に這いつくばっていたら、光星がにこにこと爽やかに笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「永遠くんすげえなぁ〜!おつかれ!」

「…なんでなん、…なんで光星そんな爽やかに笑ってるん…、」

「え?」

「光星何回やったん…」

「俺?80。」


…80!?俺より20回も少ない。しかも全然汗も流しておらず爽やかに笑っている。余裕そうだと思ったけど、これはそもそも光星にやる気が無かったからそう見えてたんだ。


「…なんでなん、みんなやる気ないん…?」

「スポクラのシャトルランはみんな闘志すげえらしいけど。」

「…特進あかんやん、体育祭とかどうするん…」

「普通に考えてスポクラの圧勝だよな。まあ…特進の人は、ほどほどに頑張る程度?」

「なんやねんそれ…ひどい…足ぷるぷるする、しんどい吐く……光星抱っこ。」

「……抱っこ!?」


前半が終わり、体育の先生はすぐに後半の人にスタートラインに並ぶよう呼びかけている。冗談半分で俺は光星に向かって手を伸ばしたら、光星はびっくりした顔をしながらも俺の身体を両手で抱えて体育館の端の方に移動させてくれた。


あ、いいわぁ落ち着く。
ずっと俺を抱っこしてて。


しかし俺のそんな願いとは裏腹に、光星は俺の尻を床に座らせて「ふぅ」と息を吐いて俺の隣で休憩し始めた。

なにが『ふぅ』やねん、キミまだまだ体力有り余ってるやろ。俺は全力出して走ったんやぞ!

心の中で一人理不尽にキレながら、俺は光星の股座にハイハイをして回り込んだ。

わざとらしく「ふぅ」と息を吐きながら、光星の胸を背もたれにしてどかっと凭れかかると、光星は「うおっ!!」と驚きの声を上げる。


「あ〜良い背凭れ〜。」

「ちょっと…永遠くん…。」


戸惑っている光星の声を無視して、俺は疲れているのを言い訳に、光星の胸に寄りかかりながら後半の人が走っているのを応援した。


変態くさくて口に出すのは我慢したけど、光星は体操服まで良い匂いなことに気付いてしまった。そして、ほんとは身体の向きを変えて、ガバッと正面から抱きついてみたかった。



後半のシャトルランが終わったあとの光星は、俺がずっと凭れかかっていたから足が痺れていたのかじじいのようによろよろと立ち上がった。


「あーキツかった。」

「キツかったん?光星が嫌って言わへんからやで。」

「…だってべつに嫌じゃねえもん。色んな意味で格闘してたんだよ。」

「格闘?どんな意味や。」

「……永遠くんは分からなくていい。」


ボソボソとぼやきながら光星はうんと腰を伸ばしている。よっぽど体勢がキツかったのかもしれない。キツかったならその時にキツイって言えば良いのにお人好しにもほどがある。


「あー足痛いな。光星くん抱っこして教室まで連れてって。」

「また抱っこ!?」

「おんぶでもいいで。」

「おんぶ!?」

「嘘嘘、冗談やって。」


体育が終わって、足がだるくて歩くのが面倒だったのは本当だけどさすがに抱っこもおんぶも冗談で、笑いながら光星に言えば、光星はペシッと優しく俺の頭を叩いてきた。

そのまま頭撫でてくれてもええんやで?…ってチラッと光星を見上げたら俺を見下ろしていた光星と目が合う。


「あーもうほんま足だるい。」

「大丈夫?」

「大丈夫じゃない。」


大丈夫じゃないから、光星の身体にだらんと凭れかかりながら教室まで歩いた。…っていうのは嘘で、ただ光星にくっついていたかっただけである。


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