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光星が帰った後、姉は光星のことをかっこいいなぁ、礼儀正しいなぁとべた褒めしていた。『また連れて来てな』って言われたけど全力でお断りだ。姉が光星に惚れても困るし、光星が姉に惚れるのなんてもってのほかだ。
それに光星の前で姉に余計なことも話されるし、冗談半分で惚気のような光星の話を姉にするんじゃなかった。友達に頭ポンポンされて喜んでるなんて話を本人に喋られるなんて、恥ずかしくてたまらない。
その日の夜、姉はスマホをいじりながら「光星くんのお兄さんってどんな人なんやろ。」って呟いている。光星がかっこよかったからお兄さんも絶対かっこいい人に違いない、って思ってそう。紹介してほしいと言われても俺は絶対にお断りだ。
万が一、姉と光星のお兄さんが出会って良い感じになられても困る。俺が光星と付き合いたいくらいなのに、姉がお兄さんと付き合えて俺が光星と付き合えないなんて…、ってちょっとおかしな嫉妬のような感情を抱いてしまいそうだから、姉には悪いけど絶対に知り合って欲しくないのだ。
こうして、特にこれと言った予定も無く光星と遊んだり家でゲームしたり勉強したり家族で近所に出かけたりしていたらあっという間にゴールデンウィークの休みは過ぎて行った。
休み明けの学校に行くのが憂鬱すぎる。少しは今の学校に慣れたとは言え、まだ『楽しい』とはあまり思えない学校生活。光星と喋ってる時は楽しいけど、それ以外でこれから楽しいって思える時はくるのだろうか。
ここ最近で気温がグンと上がり、もうブレザーなんて暑くて着ていられない。そう言えば夏服に切り替わるのはいつなんだ?と疑問に思いながら、朝、長袖シャツにネクタイだけつけて家を出た。
光星と一緒に登下校することがもうすっかり日常になり、すでに待ち合わせ場所のコンビニには光星が待ってくれている。
俺は光星に「おはよう」と声を掛けながら近付いたが、光星からは挨拶が返ってくるより先に「永遠くんブレザーは?」と言われてしまった。
「ん?暑いし家置いてきたで?」
「えっ…、6月まではブレザー着てくるの校則だぞ…?」
「ええっ?そうなん?でも今日めっちゃ暑いやん。脱いできたらあかんの?」
「…うーん。多分先生の目に触れたら注意される程度だとは思うけど…。」
光星はそう言いながら、困ったような表情でチャリを漕ぎ始めた。真面目な光星は校則を破ったことなんて多分無いだろうから、破った時の事なんて分からないんだろうなと思いながら俺も光星に続いてチャリを漕ぎ始める。
まあ注意される程度ならいいか。と学校に到着し、駐輪場にチャリを止めていると、光星が俺の背中にふわっと紺色のカーディガンをかけてくる。
「教室向かってる時だけでいいから着てて。」
言われてみれば周りの生徒はちゃんとブレザーを来ていて、シャツ一枚で来てる生徒は俺くらいだった。光星の言われた通りに着させてもらおうとカーディガンの袖に腕を通したらめちゃくちゃ袖が余る。
「袖なっが。」
なんとなく余った袖を鼻に近づけてスンと息を吸うと何か良い匂いがする。柔軟剤の匂いかな。
「めっちゃ良い匂い。」
そう言いながらスンスンスンと両手を鼻に近付けて袖の匂いを嗅いでいたら、光星は頬をほんのりと赤く染めながら俺をチラッと見下ろしてきた。
自分の私物の匂い嗅がれるの気持ち悪い?でもほんまに良い匂いやねん。
「萌え袖かわい…。」
「ん?萌え袖?だってサイズでかいんやもん。ぶりっこしてへんで?」
「わかってるよ。…って、あの…永遠くん…?いつまで匂い嗅いでんの。」
「俺この匂い好きやわぁ。」
そう言いながら、俺はスンスン袖の匂いを嗅ぎ続けた。教室行く時だけって言って光星がカーディガンを着させてくれたけど、プチプチとボタンをとめながら教室まで歩き、しれっとずっと借りっぱなしのまま自分の席につく。
暑いからって薄着で学校来たくせに、光星のカーディガンはずっと着ていたい。『返して』って言われるかな?ってわざとカーディガンを着たまま斜め後ろの席に座った光星の方を振り向いてみたものの、光星は「カーディガンやっぱぶかぶかだな。」って言って笑ってきただけだった。
教室の中ではそれほど暑さは感じず、カーディガンを着ていて丁度良いくらいだ。周りを見渡してみると教室ではブレザーを脱いでカーディガンやセーターを着ている人などさまざまで、光星もカーディガンを着たかっただろうに俺が奪ってしまっている。
「カーディガン返してほしい?」
「ん?もう脱ぐ?俺はどっちでもいいけど。」
「ふぅん、じゃあ着とこ。」
あったかいし、良い匂い。光星にぎゅっとされてるみたい。でもカーディガンも良いけど、やっぱり光星本人の方が良いなぁ…なんつって。
実は物凄く不純な理由で、俺はずっと光星からカーディガンを借りていた。
「片桐くんカーディガンおっきいねぇ。」
休み時間、クラスメイトにクスクスと笑いながら声をかけられた。確か前回の席の光星の後ろの席だった浮田くんだ。
「あ…これ、光星の借りてて…。」
不純な理由だから、他の人に指摘されるとちょっと恥ずかしい。たじたじとなりながら浮田くんに返事をすると、「やっぱり」と言ってまた笑われる。
「ふふ、彼シャツみたい。」
「……彼シャツ?」
「嘘嘘、ごめん。冗談だよ。」
次に浮田くんは光星の方を見て笑いながら去っていった。浮田くんが立ち去った後に光星の方を見てみると、光星は口元を隠すように手を口に当てながら机に肘を付いていたけど、見えてる部分の顔と耳はほんのりと赤くなっている。なんや、恥ずかしいんか?
「彼シャツっていうか、彼カーデ?」
「永遠くんまじで匂い嗅ぎ過ぎ…。授業中も嗅いでただろ…。」
無意識に袖を鼻に当ててスンスンしていたら恥ずかしそうに赤い顔をしている光星に突っ込まれた。しかも授業中も嗅いでたのがバレている。
「だって良い匂いなんやもん。引いてる?」
「引いて、は…ねえけど、やめて…。」
「なんで?」
「……なんかちょっと…、んん…。」
わぁ、光星めっちゃ困ってるわ。
まあでも確かに、俺も自分の服スンスン匂い嗅がれたら嫌やな。くさいかも、ってできればあまり嗅いで欲しくない。
だから俺は、次からは光星に絶対バレないようにこっそり匂いを嗅ごうとひとまず袖を鼻から離した。できればこのカーディガンを着た光星にぎゅっとされながら息吸ってみたい。
ちょっと変態なことを考えている自分に軽く引きつつも、そうすると俺がこれを着てたらダメだな。ってカーディガンを脱ごうかとか真剣に考え始める気持ち悪い俺。いやでも光星が俺をぎゅっとしてくれる保証はない。
あれこれ考えてもやっぱり今は脱ぎたくなくて、結局ずっと光星からカーディガンを借りていた。
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