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「…永遠くん?なんか、怒った?」

「光星は別に俺じゃなくても良かったんや…。」

「えっ…?…あっ!お姉さん可愛いって言ったから……?」


『可愛い』イコール“キス”に繋がっている俺は、俺以外の人に『可愛い』って言葉を使われた事がどうやら気に食わなかったようだ。

ますます不貞腐れるようにムッとした顔をして光星を睨みつけたら、光星はまだ俺を不機嫌にさせたいのか俺を見てクスッと笑ってくる。


「永遠くんだって俺の兄貴のことかっこいいって言ってきたよな。一緒じゃねえの?」

「一緒ちゃうわ!!だって光星、俺にチューしたのはかわいいからって言うたもん。」

「えー…、もしかしてかわいいと誰彼構わずしたい奴みたいに思われた?…永遠くんのことがかわいいからしたいのに。」


光星はそう言いながら、むすっとする俺を宥めるように髪を撫でてきた。


「今のはほんとに、一感想を言っただけだから。永遠くんが俺の兄貴見てかっこいいって言ったのと一緒。」


優しい手付きで髪を撫でられながら黙って光星の話を聞いていたら、あからさまに拗ねた態度を出してしまった自分がじわじわと恥ずかしくなってきた。俺子供みたいだ。何をこんなに怒ってるんだ。


「…ごめんな、嘘やで。嫌いちゃうで。」


後になって自分のことを恥ずかしく思いながらボソッと光星に謝ると、光星はひたすら俺の髪を撫でながら「よかった」とホッとするように優しい笑みを浮かべてくる。

俺の心は恋する乙女のようで、光星への好きが溢れてもう抱きついてしまいたい。

けれど光星は、俺の思いとは裏腹にパッと俺の髪から手を離してしまった。


「あっ!なぁ、永遠くんの前の学校のアルバムとかねえの?」


俺の部屋にあるカラーボックスに立て掛けられた教科書や本を眺めながら、光星はそう問いかけてくる。


「アルバムっていうか、写真はほとんどスマホに入ってるで。見たい?」

「うん、見たい。」


ベッドに腰掛け、スマホに入っている写真を一番古いところまで遡る。そして俺の隣に腰掛け、スマホ画面を覗き込んできた光星に、俺のスマホを差し出した。


「見ていいの?」

「いいよ。変なの入ってたらスルーして。」


今のスマホは中学生になって初めて自分用の携帯を買ってもらったものだから、山のように写真が入っていて全部見るのも大変だろう。でも光星は興味津々で、1枚1枚ゆっくり写真をスライドし始めた。


「うわぁ、これ中学生の永遠くん?かっわい〜…、やっぱ可愛がられてたよなぁ〜…」

「それ可愛がられてるんちゃうで。いじられてんねんで。」


友達に両手で頬を挟まれ、変な顔をさせられている俺の中学の頃の写真だ。この頃はよく頬がもちもちだと触られまくった。確か正月明けでお餅を食べまくってた時期だ。


「いじる人の気持ちわかるなぁ〜。つーかこの男子いっつも永遠くんにくっついてんな。」

「あ〜、仲良かったからな〜。引越しの時めっちゃ泣いてくれたで。…また会いに行きたいなぁ。」

「……ふぅん。」


懐かしい友達との写真にしみじみとした気持ちになりながら当時のことを語ったら、光星は相槌を打ちながら静かに俺の写真を見続けていた。



よくもまあそんなに人の写真をずっと見て居られるなぁ、と俺の方が写真を見るのに飽きてきた頃、トントン、と部屋の扉がノックされる。


「なに?」


返事をすると、姉が扉を開けてきた。


「お、も、て、な、し」とか言いながらバチンとウインクしてきた姉を、光星がポカンと口を開けて眺めている。


「あ、光星、姉ちゃんが昼ご飯作ってくれるんやって。」

「あっそうなんですよぉ。えっとぉ、本日のメニューはパスタとぉ、うどんとぉ、オムライスとぉ、焼き飯とぉ、パスタ…は言うたわ。あとはぁ…焼きそば…、なんですけどいかがですかっ?」


ぶりぶりにぶりっ子しながら家庭的アピールをしてきた姉に、光星はちょっと顔を赤くして戸惑うようにチラチラと俺に視線を向けてきた。


「えっ、あっ、永遠くんは…?」

「俺うどん。」

「あっ…じゃあ俺もうどんで…。」

「うどんですね〜!少々お待ちくださぁい。」


光星を前にして張り切りまくっている姉は、飲食店の店員さんのような返事をしてから去っていった。


やっぱり姉を見る光星の顔は恥ずかしそうに赤くなっていてモヤモヤする。俺はジーと横目でそんな光星を見ていたら、まだ何も言ってないのに「違う違う」と首を振ってきた。


「なにが?」

「…いやっ、べつに…なんでもない。」

「はっ?なんやな!!言いいや!」


ぺちん、と光星の頬を軽く引っ叩きながら問い詰めたけど、光星は首を振って何も言わなかった。これは絶対また姉を『可愛い』とかなんとか言おうとしたに違いない。


「言わんかったらもう光星と口きかん!!」


また俺は、ムッと不機嫌になりながらそんな無茶なことを言ってなんとか聞き出そうとすると、光星は渋るような態度で歯切れ悪く口を開いた。


「いや…、あの、…お姉さんも、たぬき顔だなぁ、と…思って……。」

「……ん?…たぬき?」


なんじゃそりゃ、って光星の発言に首を傾げたが、光星はもうそれ以上は何も言う気は無さそうに口を手で押さえながらそっぽ向いた。


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