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古典のノートを見せてもらいに来たっきりで、あの野球部の光星の友人は特進クラスの教室には来なくなった。その代わりに、光星がノートを持って教室を出て行くようになった。

放課後、ノート片手に鞄を持って帰ろうとしていた光星が、俺の席まで来て「永遠くんまた明日」って声をかけてくれるが気に入らない。

今からノート持ってあいつのところに行くんやろ?…って思ったら、俺は咄嗟に「光星一緒に帰らへん?」と声を掛けていた。


「え?うん、いいよいいよ。俺佐久間んとこにノート見せに行くからその後でもいいか?」


そう言った光星の顔は少し引き攣っている。それは多分、俺が“友達にノートを見せることを良く思っていない”と光星に思われているからだろう。

確かに今朝、俺はそんなことを言ってしまったけど、見せる見せないは光星の自由だ。今度はちゃんと自分の不満は胸にしまい、俺は光星ににっこりと笑みを見せて頷いた。


スポーツクラスの教室は隣にあるようで、光星は教室を覗きながら「佐久間〜」と呼びかけた。


「おう、サンキュー!入ってこいよ!!」


中からそんなあいつの声が聞こえ、光星は徐にスポーツクラスの教室に足を踏み入れる。


「えっ、ちょっ佐久間ずるっ!!浅見くんのノート写すとかチートすぎんだろ!!」


猛スピードでノートを写し始めた野球部のそいつは、クラスメイトにそんな声をかけられており、得意げに笑っていた。

ますます気に食わない男だ。せっかく一度胸にしまったのに、また不満が表に出そうになる。

廊下の壁に凭れながら光星とあの男がいる教室の中を睨み付けていたら、光星がこっちを気にするようにチラチラと視線を向けてきた。

俺のこと待たせてると思うならそんなやつさっさとあしらってはよこっち来い。

そんな気持ちが顔にも出るようにひたすら教室の中を睨み付けていたら、光星の視線を追うようにあの男も俺に視線を向けてきた。

視線がぶつかり、あいつも俺を睨みつけてくる。

気に食わないのはお互い様らしい。

けれど相手は光星の昔からの友人だ。いくら俺が気に食わないと思っても、態度に出せば光星を困らせるだけだし何より大人気ない。


なんとか気持ちを押し殺し、「あ〜ぁ。」っと欠伸をして、今更睨みつけてなんかいませんよ〜というような態度を取って俺は教室から目を背けた。くるりと窓の方を向き、窓枠に腕をついてだらんと寄り掛かる。


「永遠くんお待たせ。」


それから数分後に頭上から声がして、俺は光星の顔をチラリと見上げた。すると光星は、俺を見下ろしながらクスッと笑ってまた俺の髪に手を伸ばしてきた。最近よく髪を触られるようになった。俺はまるでペットとでも思われているのだろうか。

クシャクシャと光星に髪を触られていたら、野球部のあいつが冷めた目をこっちに向けながら「じゃあな光星」と去っていく。


「おう。」


返事をしながら光星は俺の頭から手を離し、「帰るか。」って歩き始める。俺の頭から光星の手が離れた瞬間が、ほんの少し名残惜しいような気持ちになった。

まだもうちょっと、俺は光星に触れられて居たかったのだ。


「光星って家どこなん?」


行きしには聞けなかったことを帰りの道で問いかけると、「今日待ち合わせしたコンビニから南の方」という俺にはやはりイメージが沸かない返事をされた。


「コンビニから何分くらいのとこ?」

「ん〜…20分くらい?」


コンビニから20分…、じゃあ絶対今日7時半くらいに家出てるやん。俺のために俺より早くに家出てくれてる。


「光星あかんで、人に優しくしすぎるんわ。」

「…え?」

「悪い奴に利用されてしまうで。」

「…え、あ…うん。」


いきなり俺がそんなことを言ったからか、光星は困惑するように頷いた。ちなみに“悪い奴”というのは野球部の友人のことを言ったわけではない。あいつが仮に俺にとっての“悪”だとしても、光星にとってはそうではない。

今の“悪い奴”っていうのは、俺自身のことを言ったのだ。


「俺が光星に明日も一緒に学校行って欲しいって言うたら光星絶対行ってくれるやろ?」

「え、うん。行く行く。」


俺の発言に、光星はうんうんと首を縦に振る。ほら見ろ、光星もう悪い奴に捕まってるわ。


「じゃあ明日も8時10分集合で。10分ぴったり着くくらいで家出てな?」


そうしたら光星の家を出る時間は7時50分くらいで俺と同じだから、まだ罪悪感も少し和らぐ。


「うん、分かった。」


しれっと約束を取り付けても、光星は笑顔で頷いてくれる。光星がいつもこの調子だから、俺はまたまた光星に甘えてしまった。


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