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光星のおかげで始業の10分も前にチャリで登校することができた。通学路を走りながら、「あそこの信号は長いから早めにこっち側に渡っといた方が良い」とかいろいろ教えてくれる光星優しすぎ。
今回はちゃんと周りの景色を見ながら走ったから、結構道覚えられてきたと思う。明日はもう一人かな?それともまた光星一緒に行ってくれるのかな。
気になったけど、自分から聞いたら一緒に行って欲しそうに聞こえるかな、とか思ってしまい聞かなかった。
始業の時間が来るまで光星の席の隣の窓枠に凭れて光星と喋っていたら、おっきい荷物を背負った光星の野球部の友達がドシドシと足音を鳴らして勢い良く教室に入ってくる。
「光星ー!!!古典の訳見せて!!!」
この学校に来て、光星と知り合って仲良くなったのは俺の方が後だけど、当たり前のようにいっつも光星のノートを見せてもらっているこの光星の友達の存在が俺は不快に思うようになってきてしまった。
「古典?わりぃ、今日俺のクラス古典ねえわ。」
「えー!まじかよ!!!」
毎回人に見せてもらってないでちょっとくらい自分で調べて訳せよ。とか思いつつも黙って野球部のそいつのことを見ていたら、俺の方に一瞬チラッと視線を向けてきたそいつが無愛想に「じゃあいいわ。」と吐き捨てて去っていく。
俺のこと煩わしく思ってそうなのが目を見てすぐに分かった。自分にとって都合良くノートを見せてくれる仲の良い友人に、後から来た人間が毎日ひっついてたらそりゃ鬱陶しいだろうな。しかもそのひっつき虫は、『自分で訳せよ』とか内心毒吐いてその人のこと見てるんだから。
「うわ、あいつ不機嫌そー…。」
教室を出て行った野球部の方を眺めながら光星は顔を引き攣らせている。不機嫌なのは多分、俺が光星の隣に居るからだ。
「ノート借りに来てる暇あったら自分でさっさとやったらいいねん。」
でも不機嫌なのは俺も同じだったらしい。
自分は光星の優しさに甘えてるくせに、他のやつが光星の優しさに甘えてるのを見るのは虫唾が走った。
「え、あー…でもあいつ部活忙しいだろうし…。」
「部活忙しい、で友達に毎回ノート写させてもらうんはおかしない?じゃあ毎日自分で予習して学校来てる人ただの暇児やん。」
「…え、そ、…そういうわけでは…。」
ノートを写させてあげてるのは光星の好意で、俺がとやかく言うことではないにも関わらず思ったことをそのまま口に出してしまったら、さっき以上に光星の顔を引き攣らせてしまった。
今のは俺のねじ曲がった思考からそんなことを言ってしまったという自覚があり、言ったあとにこいつ性格悪って光星に引かれたかも、とかこいつめんどくせーとか思われたかも、という心配が付き纏う。
「…まあ俺が口出すことちゃうけど。…光星が優しすぎるから、あいつが光星の優しさに甘えてんのを俺が勝手にムカついただけやし今のは忘れて。」
後からめちゃくちゃ早口でそんな言い訳をした俺は、光星に合わせる顔が無く、光星からそっぽ向いて窓の外を見ていたら、光星は戸惑うように俺の背後で「ん、ん〜…」と声を漏らしていた。
『言葉』は、言われた方が傷付くのは勿論のこと、言ってしまった方まで傷付くこともある非常に取り扱い注意のものだ。
特に俺なんかは、こっちに来てからただでさえ周りと違う話し方をしているのだから話し方には気を付けたいと思っていた。
思っていたのに、いざ喋ってしまうと気を付ける間もなく口が回る。キツイ言葉を使ってしまったかもしれない、とか考え出したら、自己嫌悪に陥ってしまった。
自分の不満を、光星にぶつけてしまった。
『言葉』で後悔することは、今までの人生でも非常に良くあることだった。
「永遠くん?珍しいな。眠い?」
授業が終わったあと机に腕を置いて顔を伏せていたら、頭上から光星の呼びかけてくれる声が聞こえてきた。
「…うん。」
とりあえず眠いことにして頷いたら、俺の頭の上にそっと手を置かれる感触がする。その手は、わしゃわしゃと俺の髪を撫でた。触り方が優し過ぎて、心臓がドキッとしてしまい、顔を上げられなくなってしまった。
光星は優しすぎる。
ノートなんかあいつに見せてやらなくていいのに。
自分でやらせればいいのに。
…俺にだけ、優しくしてればいいのに。
次第に芽生えていた気持ちは、そんな醜い独占欲である。
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