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永遠くんがなかなか学校に来ない。
昨日の今日でもうチャリ通すると言い出した時から心配していたが、案の定だ。
【 永遠くんおはよう。大丈夫?道分かる? 】
心配でそんなラインを送ってみたが、返信は無く既読すら付かない。そのうち校舎内には始業のチャイムが響き渡り、教室には先生が入ってきた。
「あれ?…えーっと、片桐くん、欠席?」
先生が空席があることに気付き、空席の生徒を確認してから問いかけた。ここ特進クラスで遅刻する人はほとんど居らず、欠席する場合は連絡するのが基本だから不思議そうにしている。
俺が何か答えるべきかと悩んだが、今朝永遠くんと連絡を取ったわけでもないし、上手く説明する言葉が思い当たらず何も言い出せない。
誰も何も答えないから「まあじゃあとりあえず授業始めまーす」と先生は教科書を捲りチョークを持った。
授業が始まって20分ほど経った頃、廊下からドタバタと走る足音が聞こえてきた。その足音はこの教室の前で止まり、ガラッと勢い良く扉が開かれる。
そこで教室に現れたのは、暑そうに顔を赤くしながら脇にブレザーを抱えて、ネクタイを緩めながら「ひ〜っひ〜っ」としんどそうに息継ぎしている永遠くんだった。
「…おお、片桐大丈夫か?」
「あ〜っ…先生すんません、寝坊じゃないです〜!初チャリ通挑戦したらめっちゃ迷いましたぁ〜!ぶぇっ」
永遠くんはヘロヘロと教卓前に立つ先生の元まで歩み寄り、グタッと教卓に手を付いた。
「…ハハ、そうなんだおつかれ。今回だけ大目に見るから早く席に着きなさい。」
軽くえずいている永遠くんは先生に少し笑われている。
ペコッと先生に頭を下げたあと、「あっつ」とシャツをパタパタ引っ張りながら教室を歩く永遠くんは、”転校生 片桐永遠”として教卓前に立ち自己紹介している時のイメージからはかなりかけ離れており、クラスメイトたちは物珍しいものを見るように永遠くんのことを見上げていた。
そして永遠くんは俺の横を通る直前、俺の方を見ながらにこっと笑いふりふりと腰の近くで小さく手を振ってくる。
咄嗟に笑みを返すが、正直内心悶え死にそうだ。
俺が徐々に知っていく“片桐永遠”。その人は、知れば知るほど俺が思っていた“感じ”とは全然違う顔や性格が見えてくる。
その性格は、悪い意味では無く俺を苦しめる。
『…あかん、光星くんかっこよすぎて惚れてしまいそう。』
『光星の背中ばっかり見て走ってたら全然周り見てへんかった。」
『俺も光星がクラスに居てくれて良かったわ。』
昨日だけでどれだけ永遠くんにドキドキさせられてしまったことか。『惚れてしまいそう』なんて言葉、関西人特有のよくある冗談か?と思うようにしてサラッと流したいのに、どうしても“照れ”が態度に出てしまう。
挙げ句の果てにはラインで【 だいすき 】なんて言葉が入ったスタンプを送ってこられて、『深い意味はない、絶対深い意味はない』って必死に思うようにしているのに、俺の心臓はドキドキドキドキしっぱなしだった。
1時間目の授業が終わった瞬間、「はぁ…」と息を吐きながら机に突っ伏してしまった。
永遠くんが転校してきてまだ二週間目なのに、俺の彼への“好き”の気持ちが加速しっぱなしだ。
「浅見くんどしたの?体調悪い?」
「…いや、ちょっと眠たかっただけ。」
後ろから浮田に心配されてしまい、適当に返事をしながらすぐに顔を上げた。
「それにしてもさっき片桐くんびっくりした〜、やっぱ関西弁喋るんだね。」
浮田は先程の永遠くんの話をコソコソと小声で話してきた。そりゃ喋るだろ。とは思いつつ、控え目な永遠くんの声しか聞いたことない人だったら、珍しく感じたのだろう。
「あ〜そうだな。」って浮田に返事をしていたところで、後ろから「光星〜」って泣きついてくるような声で永遠くんが俺の名を呼んだ。
振り向き、永遠くんを見上げると、永遠くんは俺の両肩に手を置いてガクガクと揺さぶりながら話しかけてくる。
「聞いて〜。チャリ漕ぎ初めて10分で迷ってしもたぁ…!学校来るの1時間以上かかったぁ…!!」
俺の目の前では永遠くんがあのかわいいたぬき顔の泣きそうになってるまんまるお目目で俺の身体を揺さぶってくる。
「うおう、うおう、大変だったな。おつかれさん。」
身体をガクガク揺さぶられているのもあって、照れるとかそんな暇はなく、俺の手は自然に永遠くんの頭に向かい、ポンポン、と頭を撫でた。
すると少し大人しくなった永遠くんが俺の肩から手を離した。チラッと俺を見てくる目は軽く上目遣いで、可愛さのあまりにハッとしながら永遠くんの頭から手を離す。
「…明日は1時間前に家出るわ。」
「え、明日もチャリ通すんの?」
「うん。明日は今日よりマシやと思う。」
え〜…まじで?心配だなぁ。
もうちょっと慣れてからにしたら?って言おうとしたけど、永遠くん多分自分がそうしようって思ったことは実行するような感じの性格に思えて、俺は「ん〜。」と口を噤んだ。
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