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転校して初めての体育の授業の時間がきて、みんなどこで体操服に着替えるんだろう、更衣室でもあるのだろうか?と疑問に思い、席に座ったまま周りを見渡していたら、みんな自分の席で着替え始めた。

そうか、女子がいないから更衣室とかそういうところでは着替えないのか。そうと分かれば俺も鞄の中から体操服を取り出し、着替えを始める。

着替えの最中に前を向いたら、ジャージズボンに履き終え、上半身裸の浅見光星が体操服のシャツを着ようとしているところだった。かっこいい奴は当たり前のように良い体つきしてるな。

……って、俺見てんとはよ着替えろ。浅見光星を目で追うことが、転校してきてからのクセみたいになっている。

自分自身にツッコミを入れながら制服を脱ぐが、すでに周りのクラスメイトたちの着替えは終わりかけていた。

焦ってジャージを穿いていたら、「片桐くん一緒に行く?」とすでに着替えを終えたクラスメイトが声をかけてくれたけど、待たせるのも申し訳なくて「先行ってていいよ」と断ってしまった。

感じ悪かったかな。これは待ってもらってでも一緒に行っとくべきだっただろうか。

けれどクラスメイトからは俺に気を遣ってくれている空気を感じて、なんとなく申し訳ない気持ちになって、余計に断ってしまうのだった。


着替え始めたのが遅かったのもあって、俺が着替えを終えた頃にはほとんど人が居なくなっていた。


クラスメイトからの誘いを自分から断ったものの、さすがにちょっとだけ寂しい。でも人に合わすのも、合わされるのも疲れる。それなら別にクラスメイトと友達付き合いしなくても、高校での2年間、当たり障りなく接していけたらそれでいいかな、とも思ったりする。


「あ、片桐くん…、今日の体育の場所体育館だけど知ってた?」


え、うわびっくりした。

浅見光星がまた話しかけてくれた。


早く教室を出ようと出入り口に向かっていたら、もう先に行ったと思っていた浅見光星が廊下からひょっこり顔を出した。


「あっいや、知らんかった!!ありがとう!」


てのは嘘で知ってました。でも浅見光星からの親切が妙に嬉しくて咄嗟に嘘をついてしまった。

浅見光星の元へ駆け寄りながらお礼を言ったら、浅見光星はなぜか鳩が豆鉄砲食らったような顔をして俺を見下ろしてくる。え、なに?


「…かっ、」

「…か???」


え、なに?

浅見光星は突然耳を赤くして、何も喋らなくなった。

くるりと向きを変え、歩き出そうとする浅見光星の一歩後ろをついて歩く。

後ろから様子を窺っていたら、パタパタと片手で自分の顔を扇いでいる。徐々に耳の熱が引いてきたなと思ったら、浅見光星はくるりと振り返り、俺の隣に並んできた。


「…あ、俺浅見。」

「…あ、片桐です。」


名前を言ってくれたから俺も名前を言い返すと、その後どちらからともなく互いにぺこっと頭を下げ合った。


「…片桐くんさっきちょっと関西弁だったよな。」

「え?…あ、…まあ。」


やっぱりそこを突っ込まれるのか。

転校初日もクラスメイトに『関西弁喋って』とか言われたからちょっと面倒だった。言われなくても喋るけど、喋ってと言われると喋りづらい。

周りのように標準語を話すべきか、と思っても、俺の中では関西弁が標準だからどうしても標準語を話そうとすると変になる。

関西弁が嫌いって言う人がいるのを聞いたこともあるから、普通に話すことも躊躇ってしまう。


「…やっぱり関西弁、出ない方がいいのかな?」


相談…、てわけではないけど、浅見光星ならなんて答えるだろうと問いかけてみると、浅見光星は戸惑うように首を撫でながら、「え?…あ〜…」と返事に困っていた。

今この瞬間口に出した言葉も、俺からすればむず痒くなってしまう話し方だ。でも浅見光星がもし関西弁苦手だって言うのなら、封印しようかな。


「…俺は、結構好き。」


でも方言って、封印しようと思ってできるもん?封印しようと思っても、できる自信はあまりない。…えっ、今なんて?


返事に困らせてると思ったら、徐に口を開いた浅見光星。ずっと戸惑うように首を撫でてると思ったら、何を思ったのか浅見光星はまた照れるように耳を赤くしている。


そんな浅見光星がチラッと横目で俺を見てきたかと思ったら、「俺には、片桐くんの普段の話し方で話してほしいな。」って言ってくれた。


…え、いいの?めっちゃ嬉しい…。


けれどそんな言葉を聞いた途端、逆に関西弁で話すことが恥ずかしくなってきてしまい、全然言葉が出てこなかった。


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