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「光星ー!!!帰んの!?帰る前に英語のノート写させて!」


片桐くんどうやって家帰んのかな、電車かな、バスかな、家どのへんだろ?帰りの電車で偶然一緒になったり…とかねえかな…


「おい聞いてんのかよ光星ノート!!!」

「はっ?なに?」

「ノートだよノート!いつも見せてくれてんだろーが!早くしろよ部活遅刻するだろ!!!」

「……あぁ、ノートか。」


片桐くんにどうにか近付く方法がないか考えながら帰る支度をしていたら、野球部である佐久間がでっかい荷物を背負って俺の席の前に立っていた。


こいつは毎日野球ばっかしてるだけあって勉強ができない上に勉強しないバカだから、1年の頃からずっと授業の進みが早い俺のクラスのノートをマッハで写してからいつも部活に行っている。


ご希望のノートを佐久間に差し出してやると、その字読み取れるのだろうか?と疑問に思うくらい汚い字で雑に写しているが、不思議なことに書いた本人は普通に読めるらしい。


あーあ、片桐くんもう帰っちゃったかな。帰る前にちょっとだけ顔見たかった。

後ろの席をチラッと見て、片桐くんの姿はもうすでに無かったから残念に思いながら佐久間がノートを写し終えるのを待っていたが、教室の出入り口の方から「片桐くん!帰るの?家どの辺?」とクラスメイトが片桐くんに話しかけている声が聞こえてきた。


「よっしゃ写せた!!光星サンキュー!」


クソッ…それは俺が片桐くんに聞きたかったことなのに。もたもたしていたらクラスメイトにどんどん先を越されてしまう。


「おい!光星!!!」


明日こそ、絶対片桐くんに話しかけたい。


「おいってば!光星!!!お前さっきからなに見てんだよ?……あ、転校生?」


佐久間から呼びかけられている声にハッとして、自分が片桐くんのことを見つめ過ぎていたことに気付いた。


「なにお前、気になってんの?」

「………え?べつに?」

「は?嘘つくなよ、顔ちょっと赤くなってんぞ。」


否定してるくせに佐久間の指摘で俺はジワジワと自分でも分かるくらい顔が熱くなってしまった。

こんな状態じゃもうそれ以上は否定しても墓穴を掘るだけで、佐久間は「まじか。」って俺を見ながらニタニタと笑っている。


「じゃあ俺もう部活行くからまた今度話聞かせろよ!」


俺にノートを返してきた佐久間は、そう言って忙しなく駆け足で教室を出て行った。顔の赤さを指摘されてから、動揺してしまい席から立ち上がる気が起こらない。

落ち着いたら帰ろうと、軽く明日の授業の予習をすることにする。英語の教科書の本文を訳していたら、「浅見くん予習?偉いね。」と帰ろうとしていたクラスメイトに話しかけられた。


「あーいや、すぐ帰るけど。」


そんな偉いなんてものじゃない。勉強することで心の中の動揺を紛らわしているだけなのだ。


「じゃあね、また明日」ってクラスメイトが次々に帰っていき、教室に最後俺一人だけが残った。


あーあ、なんで俺この席なんだ。“浅見”だからいっつも名簿の席順一番前なんだよな。早く席替えがしたい。後ろの席から片桐くんを眺めながら授業を受けたい。

できれば横顔をこっそり盗み見できそうな斜め後ろの席。てかあのたぬき顔、笑ったらどんな感じだろ。絶対可愛いだろうなぁ。



ぼっけ〜っと5分くらい黒板を眺めながらそんなことを考えて、てか俺一人で何やってんだろ。って間抜けな自分に今更恥ずかしくなってきて、教科書を鞄の中に片付け席から立ち上がった。


片桐くん俺の席の列の一番後ろの席だから、『後ろの席の人プリント集めてきて〜』って先生に指示されたら集めにきてくれるよな。

明日はそのパターンねえかな。


とか片桐くんとの接点を考えまくっていた俺は、その5秒後、教室を出た瞬間の出会いにびっくりして思わず息が止まった。


「ぅわっ!…あ、ごめん…」


えっ!?!?帰ったと思ってたのに…!

教室を出た瞬間、そこには可愛いたぬきくんがいた。ぶつかりそうになり、俺を見上げて驚きの声を上げる片桐くん。

びっくりして俺は何も言えずにその場に突っ立っていたら、片桐くんは俺の横を通り過ぎて教室の中に入っていく。

これは、紛うことなき話すチャンスだ。


「…忘れ物か?」


片桐くんを目で追い、平静を装いながら声をかけたら、片桐くんは何故かあたふたとした態度で「…あ、いや…っ」と首を振った。違うのか。一人でなにしてるんだろう。


せっかくのチャンスだったけど、それ以上話しかける内容がまったく思い当たらず、「あ…、じゃあな。」って会話を終わらせてしまった。

名前くらい言っときゃ良かったかな。よろしく、とかなんとか一言付け加えても良かったのに。

しかしかわいかったな、あのたぬき顔。

別にたぬきが好きとか可愛いとかは思ったことねえんだけどな。

でも小学生の頃好きだった女の子も、思い返したらたぬき顔だったかもしれない。

…って、人様の顔に対してたぬきたぬきって失礼だな。誤解を招きそうなので声を大にして言っておきたいが、『たぬき顔』はめちゃくちゃ褒め言葉だ。


廊下をほんの数メートル進んだところで、結局片桐くんが何で教室に戻ってきたのか気になってしまい、トットット…と数歩後退してこっそり教室の中を覗いてみたら、片桐くんは俺の席の前にある掲示板に貼られた座席表をまじまじと見つめていた。


クラスメイトの名前覚えらんねえからわざわざ見に来たのかな。誰の名前を確認してるんだろう、羨ましい。やっぱり俺もさっき名前を言っておけば良かったな。


どうせそんな後悔するんだから、明日はもう少し積極的に話しかけたい。


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