5 健弘の初恋と今恋 [ 5/50 ]

俺が小学生の頃、仲良くなった真桜の家に何度も遊びに行かせてもらった。すると、真桜の家にはよく高校生の真桜の姉、楓が居た。…いや、あの時はまだ中学生だったかもしれない。

とにかく美人で綺麗なお姉さんが家にいて、見惚れてしまった時のことは、俺の消したい過去のひとつだ。


『楓ちゃん、タケとこのゲームやりたいんだけど借りてもいい?』

『うん、いいよぉ。みんなで一緒にやろ!』


真桜の問いかけににこりと笑って、俺にも優しく接してくれたのは初めの方だけで、徐々に楓は被っていた化けの皮を剥がしていく。

今思えば一緒に遊びだした頃には、友人のお姉さんに対して恋のような感情を抱いていたような気もするが、それもやはり消したい過去のひとつである。

あれが俺の初恋だなんて、俺は絶対に認めない。


『オラァ!タケそのアイテムこっちに譲れやぁ!!』


一緒にゲームをしていたら、楓は俺に口悪く罵ってくるようになった。俺が中学生になった頃なんかは一番酷かった。見た目はめちゃくちゃ美人で綺麗でも、当初抱いていた“恋だ”と思う感情は自然に消滅していた。

…いや、違う。思い返せばあれは楓に彼氏が居るって分かってしまい、ただ失恋しただけかも。


『なんでだよ!!俺が見つけたアイテムだろーが!!』


ゲームをしながらそうやって言い返しているうちに、まるで俺の方が実の弟なんじゃねえか?ってくらい、口喧嘩してしまうような時もあった。真桜のお兄さんが若干ヤンキー入ってんのか?ってくらいやんちゃな感じの人だったから、楓が口悪い人間なのも正直俺は納得だった。


しかし真桜はと言えば、そんな楓に優しく優しく、甘やかされながら育ち、今でも楓は真桜に甘い。

真桜がやんちゃな兄と姉の下で育ったにも関わらず大人しい性格なのは、よしよしと優しくされて育ったからだろうな、と俺は思う。


「あー焦った、楓帰ってくるとかまじびびる。」


俺は親友の姉に対して失礼な気持ちを抱きながら真桜の家から飛び出し、付き合いたての彼女、吉川さんにラインを送った。


【 今何してんの? 】

【 ネイルしてた〜 】


すぐに返ってきた吉川さんからの返信に、俺はスマホ画面を見ながらにやにやと顔がにやける。おまけに綺麗に塗られた爪の写真まで送ってくれて可愛すぎかよ!


吉川さんが自分の“彼女”になった瞬間から、前よりもっと可愛く思えて仕方なかった。



体育祭の日、放課後になったら一緒に帰ろうって誘って、二人になった時に告白しようとタイミングを考えていたのに、俺の考えていた作戦などまったくの無意味なものになった。


体育祭が終わった後、一緒に帰るところまでは漕ぎ着けたのに、隣を歩く吉川さんが突然俺の手を握ってきたのである。


『えっ』


いきなりのことでびっくりしながら吉川さんを見下ろすと、吉川さんはペロッと小さく舌を出して、俺に言うのだ。


『タケくん、あたしと付き合って。』


多分、すでに俺の顔は、手を繋がれた時点で赤くなっていたのだろう。きっと態度でバレバレだったから、吉川さんはお茶目に舌なんか出してきたのだ。


『…うん。』


なんとかドキドキに堪えながら頷くと、吉川さんは『やった〜』と八重歯を見せて笑っている。

『やった〜』は俺のセリフだろ?と思っていると、『タケくんあたしの事好きー?』と聞かれる。


『…うん、好き…です。』

『あたしもタケくん好きだよ。』


まさかの両想いに驚きが隠せない。
一体俺のどこを好きになってくれたんだ?
これは信じていいのだろうか?
以前真桜から聞いた『吉川の恋愛ってすげえ軽い感じ』なんて話を今になって思い出してしまった。


吉川さんの方から告白してもらえたと言うのに、無意識のうちに消極的な気持ちになっていると、吉川さんは俺の手を握り続けながら口を開く。


『タケくんってやっぱ、優しいからさ。タケくんと付き合った子は超大事にされるんだろうなぁ、って思ったら、彼女になれる子のことが羨ましくなっちゃって。』

『…え、うん…大事にします、よ?』


今この瞬間から、俺はもう誓いましたよ。

吉川さんの言葉に頷くと、吉川さんはにこりと可愛く笑って俺を見上げる。


『…なんか照れくさ〜い。』


俺も恥ずかしいけど、吉川さんの頬もいつの間にかほんのり赤くなっていることに気付く。

こんな表情を見せてくれる吉川さんが、軽い気持ちで言ってるように見えるわけがなくて、俺は徐々に、じわじわと、喜びを感じ始めたのだった。


その日は別れ難くて、ゆっくりと手を繋ぎながら駐輪場まで歩き、ちょっとだけ二人で寄り道してから帰った。


そう言えば喜びですっかり後回しにしてしまったけど、早く苗字ではなく、名前で呼びたい。


「星菜(せいな)…って呼んでいい?」


そんな可愛い可愛い名前が、俺の彼女のファーストネームだ。

別れ際にそう問いかけると、吉川さんに「それ聞くの遅すぎ〜」と笑われた。


緊張と喜びで、頭がいっぱいいっぱいだったんです。


健弘の初恋と今恋 おわり


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