11 楓のブチ切れB [ 20/50 ]

真桜くんと七宮くんの会話をこっそり聞いてみても真面目に勉強と進路の話をしているだけだったから、盗み聞きしていた自分が滑稽に思えてきて、そろそろリビングに戻ろうか。とゆっくり腰を上げた時だった。

私の耳に微かに聞こえてきた話し声に反応し、私は間抜けに中腰のまま固まって動けなくなった。


「あー完全に集中力切れたな。コンビニでも行く?」

「うん。でもちょっとだけチューしたい。」

「いいよ、じゃあちょっとだけな。」


ち ょ っ と だ け チ ュ ー !?


私は息をするのも忘れて、中腰のままただひたすらジッと部屋の中の様子を窺うように耳を澄ませる。


えっ……七宮くんはキスさせてくれるの?ん?真桜くんの気持ちはそういう意味で好きだって七宮くんはもう知ってるのかな…?


「おい真桜ストップストップ!お姉さん来たらどうするんだよ。」

「楓ちゃん足音まじでうるさいから来たらすぐ分かるよ。」


…うんごめんね、お姉さん忍び足で今部屋の前来ちゃってるんだぁ。それより部屋の中で何が行われてるの…?お姉さん真桜くんが七宮くんとキスできる関係なんて聞いてないよ?ひどいよ…、それ知ってたらこんなコソコソ盗み聞きみたいなことしなかったよ…。


「まじで忍び足で来てたらどうするんだよ。」

「チュッ、…ハァ…」

「…あーもう、真桜ダメだって。」

「チュッ…、チュ、」


『フガッ』


あっやばいっ。息を止めてしまっていたから、やたらチュッチュ聞こえてくるリップ音に耐え切れずブタのように鼻から息と音が漏れてしまった…!


その瞬間、『ガチャ!』と真桜くんの部屋の扉が勢い良く開かれてしまい、ハッとして部屋の方を見ると、真っ赤な顔をして目を見開いた七宮くんが私の方を見ている。


そしてほんの数秒間の間があったあと、七宮くんは「ほら〜!!!」と嫌そうな顔をしながら私を指差し、片手で顔を隠した。


そんな七宮くんの態度とは対照的に、真桜くんは無表情の冷めた目をして中腰になっている私をジッと黙って見つめてくる。


待って?確かにこの状況は私が一番悪いよ?盗み聞きしてた私が悪いのは分かってるよ?でもそれは真桜くんの片想いを応援するためで、二人の現状を知っておきたかったからで、まさかもうキスまで進んでるなんて思うわけないでしょ!?キスどころかチュッチュチュッチュと真桜くんは七宮くんのどこを舐めてたの?

顔が赤くなりそうなのはこっちだよ!!!
ここまで進んでるってちゃんと教えてくれてたら姉ちゃんは盗み聞きなんてしなかったよ!!!


「真桜くんちょっとそこに正座しな!!!」


私は少々パニクってしまい、自分の行動を棚に上げて、キレ口調で真桜くんに向かって怒鳴りながら絨毯を指差した。

しかし真桜くんはツンとした態度で反抗期のように私から目を逸らし、胡座をかいだ。


「こら!真桜っ!!!」


怒る私に、七宮くんは気まずそうに赤い顔をしてガリガリと髪を掻いている。


「なんで姉ちゃんに言わないの!?ねっ、姉ちゃん、ここまで二人が進んでたなんて聞いてないよ!」


興奮しすぎて喉を詰まらせながらそう話す私に、ようやく真桜くんの目がチラッと私の方へ向けられる。

しかし無言のままその目は次に七宮くんの方へ向けられ、真桜くんは七宮くんを指差しながらボソッと気怠げに口を開いた。


「謝って。」

「はい!?」

「柚瑠に恥ずかしい思いさせたから謝って。」

「そっ、それは真桜くんが…!」


いきなりチュッチュチュッチュし始めたからでしょぉ!!!

『ダンッ!』と床を思いっきり踏みながらなんとか真桜くんに言い訳しようとする私だが、真桜くんはさらに私を責めるように「悪趣味。早く謝って。」と淡々と冷めた表情で言ってくる。


別に二人のキスシーンを盗み聞きしたかったわけでもないのにそんな風に言われ、これには私もブチ切れて「別に盗み聞きしようとしてたわけじゃないから!勉強の邪魔しちゃ悪いから静かに部屋行こうとしてただけだし!」と嘘をついたが、「中腰でどう見ても階段座ってただろ。」と真桜くんにはバレバレだった。


あんまり真桜くんとは喧嘩したこと無かったのに、反抗期がきたかのように私を責めてくる真桜くんに私は諦めて自分の非を認め、「ごめん。」とぶっきらぼうに謝った。

非は認めるが納得いかない。

ほんとに二人が部屋の中でキスするなんて思わなかった。私は真桜くんの恋の応援をしたくて様子を窺っていただけなのに、弟は私の知らないところですでにグイグイ勝手に進んでいた。

喜ばしいことだけど、姉ちゃんの応援なんてまったく必要無かったのだ。だから私は不貞腐れるように、ムッとした顔をして真桜くんを見ながら謝る。


私はじっくり二人の話を聞きたいのに、自分の主張はちゃんと言いたくていじっぱりな態度を取っていたから姉弟喧嘩のような空気になってしまっていた時、「…真桜、俺はいいから。」と控えめ…、というか恥ずかしそうな態度で七宮くんが口を挟んだ。


そこで私は真桜くんから七宮くんへ視線を移し、「どうなってんの?七宮くん真桜の気持ち知ってんの?」と問いかけると、七宮くんは私から視線を逸らして「あー…」と返事に悩んだあと、チラッと真桜くんの方を見ながら爆弾発言を投下した。


「…というか、…付き合ってます…。」


「はあっ!??」


そして私は、おめでたい話なのに、七宮くんを前にしてまたブチ切れた態度を取ってしまったのだった。私ってば、なんて大人気ないんだろう。


ブチ切れたっていうか、ただパニクっていただけで、思考が追いつかなかったのだ。


「ちょっと真桜くん!?

なんでそれを早く言わないんだよ!!!!!」


ドン!ドン!ドン!と足を床に打ち付けながら、私は暫く真桜くんに向かって顔をカッカさせながらキレ続けた。


楓のブチ切れ おわり


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