10 楓のブチ切れA [ 19/50 ]
『お姉さんいきなり現れそうで心臓に悪いんだけど。』
『大丈夫だよ、来たら足音聞こえてくるから。』
『でもあの人忍び足で来そう。』
柚瑠の予想が見事的中したのは、それから2時間後だった。毎週見ているアニメの続きより、楓は奥手な自分の弟の恋路の方が気になって気になってしょうがなかった。
そろり…、そろり…、靴下を履いた足で音を立てぬよう、一歩一歩ゆっくりと階段を登る。
忍び足で怪しい行動を取りつつも、“片想いの相手と部屋で二人きり”という美味しいシチュエーションで、男同士の恋とは言えせめて何かしらのアプローチはできないものか?と、楓は弟の背中を押すために真剣に考えていたのである。
自分は異性と恋してさっさと結婚しているため、同性へのアプローチの仕方なんてまったく思い浮かばないし、アドバイスもろくにできないが、それでも楓は可愛い可愛い自慢の弟の恋をなんとか実らせたかったのだ。
「あ〜…数学の勉強まじ疲れる。2時間でギブだわ。」
「今回の数学の範囲俺もちょっと苦手かも。」
はじめは至って普通のテスト勉強中だと分かる会話だった。まあそうだよね、テスト勉強しに来てるんだもんね。と、私は二人の会話を聞く気満々でそっと静かに階段に腰を下ろす。
途中で恋バナとかになんないのかな。友達の家にテスト勉強しにきて真面目にテスト勉強できる学生なんて存在したんだね?
「柚瑠ってもう進路決めてる?」
「進路?うん、まあぼちぼち。真桜は?」
「んー…、俺行きたい大学とか特に無くてどうしようかなぁって思い始めた。もう高2の秋だしそろそろ考えなきゃなんねえよなぁ…って。」
おっと、今度は進路の話?真面目だな。真桜くん行きたい大学が無いのなら七宮くんと同じ大学行けばいいんだよ!一緒のところ行きたいって言おう!!!
…と、思うものの、あまり自分の進路を真面目に考えず適当に短大行ってすぐ結婚した人間がいい加減なことを言うわけにはいかない。
「真桜は頭良いし、とりあえず目指す大学の難易度高めに設定して考えてみれば?そしたら受験シーズンになっても焦んねえだろ。」
「……んん…。」
違うの…、違うんだよ七宮くん!真桜くんは七宮くんと同じ大学に行きたいの!!真桜くん、ちゃんと口に出してそう言いな!?って、真面目な返答をしてくれている七宮くんには悪いが私は勝手に真桜くんの気持ちを想像しながら、今すぐ部屋に乱入したい気持ちで心の中で叫ぶ。
「…できたら柚瑠と同じ大学行きたいな。」
ハッ…!言った!!!言ったぞ!?!?真桜くんえらいよ!どんどん自分の気持ちを伝えていこう!!!
「それは俺だって同じだけど、俺は大学でもバスケやりたいからそれメインで考えてるし、学力差もあるだろうから俺と真桜が同じとこってのは無理あるだろ。」
真桜くんの言葉に七宮くんが淡々とそう返事し、その後真桜くんの声が聞こえてこなくなってしまった。
シュンと落ち込む真桜くんの姿を勝手に想像して、私までなんだかシュンとしてしまった時、続けて七宮くんの声が聞こえてくる。
「別に遠くの大学行くって言ってるわけじゃないんだからそう落ち込むなよ。それにまだ俺だって考えてる途中だしどうなるかわかんねえよ。」
「…大学でも柚瑠がバスケするなら尚更同じとこ行きたい…。柚瑠がバスケしてるとこ見たい…。」
わぁ…、真桜くんいいよ、その調子。
いっぱい気持ちを伝えて意識させよう。
「いやでも俺そんな上手いわけでもないしガチでやる感じじゃなくて、ただ普通にサークル入ってバスケしたいってだけだからな?」
「うん、でもやっぱ同じとこがいい。…決めた、俺柚瑠と同じ大学にする。俺の進路決まった。」
…おお!!真桜くん自分の意志をはっきり口に出せて偉いよ!!!てか結構グイグイいったね!真桜くん攻め攻めじゃん!?…って一度はシュンとした私もすぐに立ち直りピンピンしてきたが、その直後七宮くんからは呆れた声が返ってきた。
「はぁ??お前それはいくらなんでも適当すぎるだろ。」
「高校だってタケに誘われて適当に決めたし。」
「それで親になんか言われねえの?」
「楓ちゃんも大学適当に決めてたけど親は元気で健康だったらそれで良いって言ってた。」
パパン…!ママン…!
私は真桜くんから唐突に出された私の話に、口を押さえて一人感極まって泣く真似をした。
そんな中、真桜くんの部屋からは七宮くんのクスッと笑う声が聞こえてくる。
「高野家緩いな〜。お姉さんの場合元気良すぎるんじゃねえの?」
そうなんです。姉がこうだから、それを見て育った弟まで適当な進路を歩もうとしていることに私は気付いてしまった。
でも私だって真桜くんに対して思うことは両親と同じだ。真桜くんが元気に楽しく学校に行ってくれてたらそれで良いんだよ!
つまりそれは“適当”じゃなくて、
高野家では“最適”って言うのだ!!!!!
「まあ楓ちゃんの場合頭悪かったから親に呆れられてただけかも。」
おい。姉ちゃんのこと影でディスってんな。
姉ちゃんちゃんと聞いてるからな。
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