8 テスト週間ですよA [ 17/50 ]

「そろそろまじで勉強しないとやばいって。」

「ごめんな、楓ちゃんの趣味に付き合わせちゃって。」

「それは別にいいけど。」


コンビニからの帰り道、二人並んで自転車を漕ぎながら喋っている真桜くんと七宮くん。

二人とも同じような背丈で、もし二人が付き合ったらどっちが攻めでどっちが受けなんだろう?という真桜くんにバレたら怒られちゃいそうなことを私はひっそり考えていた。

どっちも抱かれてる姿は想像できないなぁ。でも別にエッチが無くたっていいよね。そういう付き合いだって全然有りよ、有り。

私は真桜くんがちゃんと自分の恋を叶えてほしくて、そんな気が早いことまで考えていた。



昔からバレンタインの日とか、女の子が家まで来て真桜くんにチョコ渡してたけど、真桜くんはチョコを貰ってもあんまり嬉しそうじゃなかった。

『お返ししなきゃだめ?』って嫌そうに相談されたから、『しなくていいんじゃない?』なんて返答をしたのを覚えている。だって真桜くんチョコいっぱい貰ってたからくれた人全員に返すの大変じゃん。

それに、もしお返ししたい子がいたとしたら、私に聞かなくても自分からするだろうし。


そんなモテモテの学校生活を送っていることを私は知っていたけど、真桜くんから楽しそうな恋話を聞けることは今まで一度も無かった。


『…めんどくさい。チョコいらない…。』


真桜くんが中学生の頃の、バレンタインの日の夜、ボソッとそんなことをぼやいていた真桜くんの姿を、お母さんと苦笑いしながら見ていた思い出は、ずっと忘れることはないだろう。



家に帰ると真桜くんは、「今から勉強するから絶対部屋来んな。」と私に釘を刺し、さっさと七宮くんと一緒に自分の部屋に行ってしまった。


つまんないけど勉強するのなら仕方ない。私は弟たちの邪魔をしないように自分の部屋に籠り、七宮くんに見事引き当ててもらったA賞B賞フィギュアを箱から出してニヤニヤしながら一人で眺めて楽しんでいた。


すごくない?毎回お目当てのものを引くために2、3万は覚悟してるから、まさか1万円以内でこんな良い思いなんてしたことなかった。

まったく関心が無い七宮くんにくじを引いてもらったのは大正解だ。物欲センサーはやっぱりあるね。

…などと思いながら、私は一人でニタニタと笑う。


そうだ!くじを引いてもらったお礼にホットケーキでも焼いてごちそうしよう!真桜くんにニート扱いされてるから、ちゃんと主婦であることと料理できるところを七宮くんにも見せつけて良い姉ぶっておかないと。

…なんて今更もう遅いイメージ作りをしようと思い立ち、部屋を出た時…


私の耳に、突然二人の会話が入り込んできた。

真桜くんの部屋の中から聞こえる話し声だ。


「真桜、俺勉強したいんだけど?」

「ちょっとだけだから。ちょっとだけ触らせて。」

「…はぁ。それほんとにちょっとなのかよ。」


!?!?!?

えっ真桜くん!?どこ触る気!?!?!?


『ドタン!ガン!!ドン!!!』


「キャア!いったぁあい!!!」


驚きのあまりに私は床でつるっと滑り、転んで、壁に頭をぶつけてしまった。

するとすぐにガチャ、と真桜くんの部屋の扉が開き、私は呆れた顔で真桜くんに見下ろされる。


いや、事故よ!?事故!!!私盗み聞きしようとしたわけじゃないからね!?勝手に聞こえてきたんだよ!?


「…なにやってんの?」

「……どっ、どこ触ろうとしてたの?あっ」


いっけね、我慢できなくて聞いちゃった。

聞いたあとにペロッと舌を出し、「聞こえちゃった」とコソッと伝えると、真桜くんは顔を赤くして、無言で部屋の中に戻っていった。

おい!戻るなぁああ!!!!!

バタン!と強めにドアを閉められ、私は廊下にすっ転びながら唖然とする。

結局真桜くんが七宮くんのどこを触ろうとしてたのか気になりすぎてその場から動けない。

てか真桜くんめっちゃ攻め攻めじゃない!?

私は弟の積極的な様子に、思わず感動してしまった。


ていうか七宮くん普通に触らしてくれるの?優しすぎない?もしかしてもう真桜くんの気持ち知ってたりする?

……………で、結局どこを触るって?


あれ?そもそも私は何をしようとして部屋を出たんだったっけ?まあいいや、部屋に戻ろう。


攻め攻め真桜くんの発言が衝撃すぎて、私の頭から“ホットケーキを作る”ということはすっかり抜け落ちてしまったのだった。





「なんだったんだ?今の音。」

「楓ちゃんが転けてた。」

「ぶっ…、大丈夫かよ。すごい音したぞ。」

「大丈夫大丈夫、いつものことだから。」


柚瑠は俺とそう話したあと、机にプリントとノートを広げてシャーペンを握ってしまった。あーあ、ほんとにちょっとだけのつもりだったのに。

ちょっとだけ触ったら、俺も真面目に勉強するつもりだったのに楓ちゃんが余計なことしてるから。


問題を解くために、真剣な顔をしてプリントを見つめ始めた柚瑠の顔をチラリと盗み見する。

伏し目な柚瑠も良い。ぴょん、と跳ねていた柚瑠の前髪をちょっとだけ撫でるだけで我慢して、俺も真面目に勉強することにした。



2時間ほど会話をすることもなく勉強し続けて、ちょっと疲れたのか「んーっ」と身体を伸ばした柚瑠を見て、俺もそこで勉強する手を止める。


「疲れた?」

「うん、ちょっと。でも化学結構できた。」

「休憩する?」


ていうか触らせて?
今日はまだキスもしてねえよ?


ジーと柚瑠を見ながら聞くと、柚瑠はクスッと笑って立ち上がる。そして俺の側に腰を下ろした柚瑠は、「ちょっとだけな?」と言って俺の首に両腕を回して柚瑠の方からキスしてくれた。


そしてチュッ、チュ、と3回ほどキスをしたところで、柚瑠は俺から顔を離し、「テスト週間だし、な?我慢我慢。」と言って立ち上がり、またすぐ勉強を始めてしまった。

それは、そうなんだけど…。

一緒に居るとどうしても触りたくなってしまう。

でもここで我慢しねえと『別々で勉強する』と言われても困るから、俺はなんとか我慢して、たまにチラチラ柚瑠を見ながら、真面目にテスト勉強した。


その日の夜、楓ちゃんからの『七宮くんのどこ触るの?』っていう質問攻めがうざかった。

全部だよ、全部。


テスト週間ですよ おわり


[*prev] [next#]


- ナノ -