2 真桜と柚瑠とBL漫画A [ 11/50 ]

真桜とお姉さんが部屋を出て行ったあと、俺は読んでいる途中だった漫画のページをパラパラと捲り、読み進めた。


集中力が切れてしまったからか、興味が薄れてしまったからか、後半はあまりのめり込めず、多分この漫画の山場であるキスシーンのあるページをさらっと通過してしまった。

まあ漫画だもんな。呆気なく両想いになって、二人仲良さげに笑い合っている。起承転結の転まではおもしろかったな。というのが俺の感想だ。


多分俺は恋愛漫画自体がそこまで興味が無いのだろう。ふぅん、って感じで最後のページまでパラパラとペース良く捲り続けていると、最後の数ページで突然ベッドシーンが始まった。


は?おい真桜、この漫画えっちなシーン無いやつじゃなかったのか?

途端に読む速度を落とし、1コマ1コマゆっくり読んでいたところで、真桜が一人部屋に戻ってきた。


「おい真桜、えっちなシーン普通にあるけど?」

「ん?ああ、でもそれは緩いやつだから。」

「…緩いやつ???」


どういう基準で緩いとか言ってるんだ?主人公の表情が急に官能的に描かれてるし、普通に主人公の尻に向かって男が腰打ち付けてるような描写まで描かれているのに緩いんだ?

まあそんなシーンは僅か数ページで終わったので、緩いと言われれば緩いのかもしれない。

最後は流し読みしてしまい、漫画を閉じると「どうだった?」と感想を聞かれる。


「んー、まあこんなもんかって感じ。」

「うそ、俺感動して途中うるっとしたのに…。」

「え、どのシーンで?」

「両想いになってキスしたとこ。」

「あーあそこか。ふーんって感じだったわ。」


俺の感想が不服だったのか、真桜はちょっとムッとしながら漫画を本棚に戻している。


「…柚瑠は片想いしたことないからわかんねーんだろうけど、両想いになれた時がすっげー嬉しくて、感動するのに…。」


うわ、すごい不貞腐れてる…。嘘でも『良かった良かった』って言っといてやるべきだったか?でもこれが俺の感想だしな。感動とかは特に無く、サクッとセックスまでしちゃっててはえーなっていうのが正直な感想だ。


珍しく俺の前でムスッと不機嫌そうな顔をする真桜の機嫌を取るように「真桜と初めてした時すごい嬉しかったのは覚えてるぞ?」と漫画の感想とは少し違う自分の話をすると、真桜は口はまだムッとしたまま俺の顔をチラリと見る。


「でもやっぱ漫画は漫画だからなー。現実の恋の感動を超えるのは無理だなー。俺は。」


そう言ったあと、一拍置いて真桜の顔がでれっと緩んだ。単純で分かりやすいな。はいかわいいかわいい。世界一かわいい。

現実でこんなかっこよくてかわいい奴を相手にしているのだから、俺の漫画の感想くらい大目に見て欲しい。まあ、真桜にはこんな俺の気持ちは分からないだろうけど。


「そう言われたら、俺だってそうだけど。柚瑠に好きって言ってもらえた時、死ぬほど嬉しかったし。」


真桜はその言葉通り、にこにこと笑って嬉しそうに過去の俺たちのことを振り返った。


「あ、てか楓ちゃん俺が柚瑠に片想いしてると思ってる。」


真桜の機嫌が無事直ったと思ったら、今度は突然意味不明なことを言い出した。


「は?なんだそれ。」

「なんか、楓ちゃんと喋ってた時、俺が柚瑠のこと好きってバレて、」

「はぁ?なにを言ったんだ?」

「…なんだっけ、…忘れたけど。」


おいおいそこ忘れんな。

でもあのお姉さんは真桜が俺に片想いしてると思ってるから、さっき俺がBL漫画を読んで、『良い』という言葉に頷いただけで変な雄叫びを上げてたのか、と遅ればせながら少し納得する。

あの様子じゃどうやら真桜と同じくBL漫画の読者だし、しかもBL漫画を読んでるみたいに弟の恋の応援してるだろ。


あまり似てない姉弟かと思いきや、分かりやすいところは結構似てるな。あと単純そうなところとか。


「…俺と柚瑠が付き合ってること、話していいなら楓ちゃんに話そうと思うけど、柚瑠はどう?」

「え?…まじ?…あーまあ、様子見しながら、おいおいってな感じで…。」


そんないきなり言われてもなぁ…。身内に話すとかリスク高くないか?

でもさっき俺がBL漫画を読んでいただけであの反応なのだから、付き合ってるなんて言ったらソーラン節でも踊り出しそうな勢いで喜びそうだ。


「うん、分かった。でも楓ちゃん、多分それ聞いたらすっげー喜んでくれると思う。」


俺の返事に頷いた真桜は、そう言いながら嬉しそうな笑みを浮かべる。うん、俺もそれは思ったよ。

真桜の笑みに釣られるように俺も笑って「そうだろうな」と頷く。それこそ身体全体で喜びを表現しそうなくらい喜んでくれそうだ。あのパワフルな性格は誰似なんだ?まだ一度も会ったことないけど真桜のお父さんか?


「…あと、楓ちゃんに付き合ってること話して頼んだらわざと外出してくれて家で二人きりにしてくれるかも。」

「…えぇ、それはちょっと…。てかお前お姉さんにそんなこと頼めんのかよ。変なこと想像されそうで嫌なんだけど。」

「だって楓ちゃん、そうでもしねえとずっと家居るんだもん…。」

「短期バイトでも勧めたら?」

「旦那さんに働いて欲しくないって言われてるらしい。」

「え、なんで?」

「楓ちゃんに出会いの場が増えるのが嫌らしい…。」

「……へえ。なるほど。」


……あれ、俺らなんの話してたっけ…。話が飛びすぎて本題を忘れてしまった。


性格が強烈すぎて忘れがちだが真桜のお姉さんは真桜と似ていて綺麗な容姿をしているので、俺が真桜をかわいいと思うようにお姉さんの旦那さんからすればきっとお姉さんのことが可愛くて可愛くて仕方ないのだろう。


「…じゃあまあ、旦那さんの出張が終わるまでの我慢だな。」

「出張先に楓ちゃんもついていけば良かったのに…。」

「おいおいひどい扱いだな。」

「だってまじで楓ちゃんずっと家居るもん…。」


うん、それさっきも聞いたから。
話が振り出しに戻ってるぞ。


あんなに元気な性格をしているのに、真桜のお姉さんは家でゴロゴロしながらアニメや漫画を見るのが好きで引きこもり気質らしい。

そのパワフルな性格を活かして接客業でもすれば良いのに…と思う俺だったが、人の家庭に口は出すまい。

社会に出てしまったらきっとあのお姉さんは見た目だけでモテモテだろうから、旦那さんが不安になる気持ちは分かる。


「まあ時間なんかあっという間に経つし、ちょっとくらい辛抱してやれよ。あのお姉さん帰ったら帰ったで寂しくなるんじゃねえの?」

「…うん、それはまあ、そうだけど。」


真桜は机の上に出した筆記用具をいじいじといじりながら、小さな声で「えっちしたい…」とぼやいていた。


「…その前にテスト勉強しなきゃだけどな。」


まだまったくやる気はないけれど、真桜の家に来て2時間近く過ぎたところで、俺も鞄の中から勉強道具を取り出したのだった。

テスト週間に入った初日にしては、そこそこ真面目な方である。


真桜と柚瑠とBL漫画 おわり


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