8 楓の奇行A [ 8/50 ]
「よーし、次は七宮くんの部活してるとこ見に行くよー!」
漫画を買って、レジから戻ってきた楓ちゃんが意気揚々とそう口にすると、タケが『こいつ何考えてんだ?』というような怪訝そうな顔を楓ちゃんに向けている。
「え、楓その格好で学校行く気?」
「そうだよー。バレる?」
「バレるっつーかすげー目立つ。」
「えー、ギャルメイク濃すぎた?不審者扱いされそうになったら真桜にくっついて顔隠すよ。」
「いやそれ逆効果だから。下手すると真桜の彼女か?って疑われるって。」
「まじ?七宮くんが私たち見たらどんな反応するだろ?」
「楓ちゃんの醜態にドン引きするだけだろ。」
「この恰好だったら私って分かんなくない!?七宮くん『真桜、その女誰だよ?』とか言ってくれないかな!?」
「は?漫画の読みすぎ。」
俺が柚瑠に片想いしていると思っている楓ちゃんは、俺にどうにかして柚瑠へのアクションを起こして欲しいらしい。
「もっと意識してもらえるようにしなきゃダメだよ!」とか俺にコソッと言ってくるから、タケと吉川が不思議そうな顔をして楓ちゃんのことを見ている。
「楓さっきから何の話してんの?」
「え?ないしょ!さー、真桜くん行くよー!それじゃあタケと彼女ちゃんまたね〜!」
楓ちゃんアホだなぁ。別にタケには内緒にしなくても全部知ってんのに。
楓ちゃんはタケに問いかけられると、逃げるようにタケたちに手を振りながら俺の腕を掴んでスタスタと本屋を出てきたのだった。
もう俺には、俺の恋の応援をしてくれる楓ちゃんの暴走を止めることができない。
「部活中の七宮くんを真桜くんがこっそり見つめるじゃん?それをね、こっそりなんだけど見てることを七宮くんにバレるように見つめるの!」
「は?ちょっとなに言ってんのかよく分かんねえ。」
なにそれ、楓ちゃんが考えた作戦?
そんなことをしなくてもとっくに柚瑠とは両想いなので、ベラベラと喋ってくる楓ちゃんの話を、俺は適当に相槌を打ちながら聞き流した。
放課後の学校には、部活中の学生の掛け声があちらこちらから聞こえて来る。
結局楓ちゃんを連れてまた学校に戻ってきてしまった俺は、制服姿でキャピキャピはしゃいでいる姉の姿にドン引きしながら、チャリを停めて中庭を歩いた。
「バスケ部はどこにいるの〜?」
そう言いながら俺のシャツを掴み、キョロキョロと辺りを見渡している楓ちゃんは、気のせいでなければすれ違う生徒からチラチラと視線を向けられている。
やっぱり22歳の姉がJKのフリをするのは無理があったのかもしれない。
「ちょっと、恥ずかしいから大人しくしてくれる?」
「は〜い。」
楓ちゃんに注意すると、楓ちゃんは静かに俺の後ろを歩く。
「あっ高野くんだ!かっこいい〜。」
「一緒にいる人誰?もしかして彼女…?」
「やだぁ〜!!!!!」
校舎から出てきた女子生徒が、あからさまにこっちを見ながら会話する声が聞こえくる。その瞬間、楓ちゃんが『バシンバシン!』と俺の背中を叩いてきた。
なんだよ、と振り返ると、楓ちゃんは無言でニタニタと笑っている。
「さすがうちの真桜くんだなぁ。かっこいいだって〜。やっぱりモテるの〜?」
「うるさいって!大人しくしてくれないと帰るからな!!」
「あっごめんね?せめてバスケ部の練習ちょっとだけ見たら帰るから。ね?ちょっとだけ。」
早くも俺はもう来た道を引き返そうと立ち止まると、今度は楓ちゃんがグイグイと俺の腕を掴んで引っ張ってくる。
中庭を通り過ぎ、運動部の部室が並ぶ場所まで来てしまった俺と楓ちゃんは、タイミングが悪すぎて、その近くで休憩していた男バス部員たちの衆目にさらされてしまったのだった。
「あ、いた。」
「シー!声がでかい!」
楓ちゃんは水分補給しながら部員同士で喋っていた柚瑠の姿を見つけて、柚瑠の方をまっすぐ見ながら口を開いてしまう。
その声に釣られるようにこっちを見てしまった柚瑠が、呆れた顔をして俺たちの方に歩み寄ってきた。
「お姉さん何やってるんすか?」
「えぇ!?お姉さんって分かっちゃう!?」
「いや分かりますよ普通に。」
柚瑠は楓ちゃんの恰好を見て、「ククッ、」と笑い声を漏らしている。ドン引きされるよりまだ良いけど、俺は姉の存在が恥ずかしすぎて顔が引き攣ってしまう。
「真桜とカップルに見えない!?」
「ん〜…見えないっすねぇ。」
答える前に、チラリと俺の方を見る柚瑠。
目が合って、恥ずかしくなって逸らした。
部活中の柚瑠はかっこいい。いつも以上に髪が乱れてたり、汗かいてて顔が火照ってるところとか見るとドキドキする。
「楓ちゃん、もういいだろ。帰ろ。」
「は〜い。七宮くん部活頑張ってね〜!」
「あ、はい。部活終わったら真桜と約束してて、家お邪魔しますんで。すんません。」
「えっそうなの〜!?大歓迎だよ!!おいでおいで!うぇいうぇ〜い。」
そう言いながら肘でツンツンと俺の腰を突いてきた楓ちゃんがウザすぎる。
「ちょっと、楓ちゃんまじで黙って。もうほんとに帰る。」
「あー分かった!分かったってば!!ちょっと!首んとこ引っ張んのはやめて!!!」
ジロジロと男バス部員から突き刺さる視線に耐えかねて、まだ柚瑠と楓ちゃんが話してる途中だったけど俺は楓ちゃんをズルズルと引っ張ってその場を後にした。
「真桜くん放課後も七宮くんと約束してるんだ!?めっちゃ仲良いじゃん!!!もうこれ本気でいくしかないよ!!」
「どこにだよ。」
「七宮くんをどうにかこうにかして真桜くんに意識させるの!!」
「どうにかこうにかって?」
「事故を装って押し倒すとか!キスもしちゃったりなんかしたらいいんじゃないかな!?」
「はい却下〜。漫画の読みすぎ。」
「え〜!それくらいしか思いつかないよぉ。姉ちゃんがドン!って後ろから押してあげるからやってよ!」
「もーうるさいな。学校出るまで黙ってて。」
その後、家までの帰り道、お節介すぎるくらい俺の恋に協力的な姉を黙らせるのは、少々大変だった。
楓ちゃん、現実の俺の恋愛は、そんな事故で押し倒したりしてどうこうなるようなものじゃないんだよ。
好きでいるのが怖くて、逃げて、でもやっぱり好きで、柚瑠とはいろいろあったけど、そんな俺の気持ちを真剣に受け止めてくれる柚瑠が居たから、俺は今好きな人と幸せな時間を過ごせているのだ。
…って、正直に話してあげられたら、楓ちゃんもわざわざバカな作戦立てたりしねえんだけど…
やっぱり身内にそんな話をするのは恥ずかしくて、なかなか俺は本当のことを話せないのだった。
楓の奇行 おわり
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