9 [ 74/100 ]




「もう吉川さ、柚瑠の彼女のフリしてよ。」


放課後になり、真桜くんとタケくんと教室を出て喋りながら廊下を歩いていた時、真桜くんが突然そんなことを言い出した。


「なんで?」

「柚瑠がモテんの無理。」

「は?おまいう?」

「ふふ、まじそれ。」


何を思っての『モテんの無理』か知らないが、一番モテてんのは真桜くんだ。自分のことを棚に上げる真桜くんに、タケくんが呆れた顔をしながら「吉川さんに変なことさせようとすんな。」と言ってくれている。


廊下を曲がり階段前までくると、真桜くんはいきなり息を呑むような動作をして、タケくんの肩を叩き始めた。


「おいっタケ!あの子あの子。」

「ん?」


上の階から降りてきた1年らしき女の子を横目に見ながら、真桜くんはコソッとタケくんになにか話しかけている。


「まじ?げろかわじゃん。」

「だろ?」


え、なんの話?よく分からないけど真桜くんが女の子を“可愛い”って思うことあるんだ。てっきりホモだから興味ないのかと…、ゴホン。おっといけないいけない、そういう言い方をするのは良くないわね。七宮に怒られちゃう。


「今の子がどうしたの?」

「シーッあとで話す。」


真桜くんは口の前で人差し指を立てながらその女の子の後ろをこっそり歩き、階段を下る。

1階の廊下を曲がってまっすぐ歩いて行った方向には体育館があるから、これから七宮のようにこの子も部活をしに行くのだろう。


中庭に出て「はぁ。」とため息を吐きながらベンチに腰掛ける真桜くん。まだ帰る気は無さそうだから、あたしもそんな真桜くんの隣に腰掛ける。


「あの子柚瑠のこと好きなんだって。」

「えっまじ?」

「まじ。」


真桜くんはベンチの上で胡座をかいで、少々やさぐれている。だからあたしに彼女のフリしてなんて言い出したのね、ってここでようやく話が繋がった。


「てか二人ともまだ帰んないの?」

「うん。今日外周って言ってたから。」

「体育館じゃない日は練習見て帰りたいんだと。」


真桜くんの扱いには慣れっこなタケくんが説明を加えてくれる。あ〜はいはい、どうぞお好きに。ってあたしは結局だらだらとこの二人の会話に加わり、放課後の時間を学校で過ごした。



空の色が薄暗くなり始めた頃、部活動の後片付けをしている生徒たちが行き交う部室近くに、七宮を含むバスケ部員たちの姿もあった。真桜くんは七宮の部活が終わるのを今か今かと待っている。


部活を終わらせた運動部の生徒たちから『おつかれー』などの言葉が飛び交っている空間で、目敏い真桜くんは七宮の元へ一人の女の子が歩み寄って行く姿を遠目から発見する。


「うわ、ちょっ、タケあそこ見て!!!」

「ん?」


真桜くんは焦った様子でタケくんの横腹を肘で突きまくる。


「柚瑠となに喋ってんだろ…?」

「おい痛いって!気になるなら行ってこいよ。」

「吉川行ってきて。」

「え、あたし?」

「うん、彼女のフリしてきて。」

「おい真桜!お前なあ!!!」


真桜くんにドン!と背中を押されながらそう言われ、あたしはとっとっ、とその勢いのまま前に進み、仕方なく真桜くんの言う通りにやってあげることにした。




さて、あたしなりに七宮の彼女ぶってやったは良いけど、部活後の七宮に抱きつくのはいろんな意味でやり過ぎた。

バスケ部員たちの視線が痛い。
そして七宮が汗臭くてTシャツがぐっしょりしている。運動後なので当たり前だけどあたしは真桜くんのような性癖はないので、すぐに七宮から手を離した。


七宮の目の前に居た女の子は、あたしが七宮にくっつくところを見たくなさそうに下を向いたり視線を逸らしたりしていて、『あ、この子ほんとに七宮のこと好きなんだ。』って見てたらすぐに分かった。





最近、部活が終わって柚瑠が先に帰っていったあとの男バス部員たちの話題は柚瑠のことばっかだ。


「ぶっちゃけ柚瑠って姫井さんにちょっと気ぃありそうじゃね?」

「思った。興味無さそうな顔して普通に意識してそうだよな。」

「てかもう別にバレてもよくね?姫井さんに告られたら迷わず付き合うっしょ。」

「いや〜勝手に言うのはやめた方が…。」

「とか言ってお前姫井さんに彼氏できんの嫌なだけだろ。」


常識的なことを言っている後輩が、逆にからかわれてしまっている。

柚瑠は多分、わざわざ口には出さないものの前々から男バス部員のこういう人をおちょくるようなノリを嫌っている。

だから高野と付き合ってることはなにがなんでもこいつらにバレないようにしてるし、自分のことを話したくない分、人の噂話とかも自ら聞かないようにしている。

聞かないし、聞かれたくない。そんな柚瑠のことを『ノリが悪い』だの『つまんねえ』だの言っているのを何度も聞いたことがあるが、誰になんと言われようと自分を貫いている柚瑠の性格は男前だ。俺なら多少は周りに合わせてしまうから。


「タカ、柚瑠からなんか姫井さんのこと聞いてねえの?」

「え?いやまったく。」

「なんも?」

「うん、まっじでなんも。」


これはマジ。

柚瑠って今ではかなり高野に惚れてると思う。俺は高野のことを『顔が良い』『かっこいい』『イケメン』以外の褒め言葉はなかなか出てこねえけど、柚瑠は『つつけばつつくほど性格にボロが出てきて可愛い』なんて言って高野のことを可愛がっている。

周りから見ればただ仲良いだけにしか見えてないだろうけど、実はさりげなく学校でもいちゃついてる。

男同士だからバレてないと思っているようで、高野は普通に柚瑠のシャツを掴みながら歩いたり、ベタベタと髪を触ったりしている。それに対して柚瑠は満更でもなさそうだ。


まあつまり、何が言いたいかというと、柚瑠は姫井さんに気がありそうってのも、意識してそうってのも、男バス部員たちのただの憶測であり、柚瑠の頭ん中は多分、高野のことでいっぱいだ。


[*prev] [next#]


- ナノ -