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「姫井ぶつけたとこ大丈夫?」

「うん大丈夫。ありがと。」


男バスのミーティングが終わった直後、さっき姫ちゃんと喋っていた後輩が体育館から出てきた姫ちゃんに話しかけていた。

多分、好きなんだろうな。1年の間ではマドンナ的存在だろうか?目鼻立ちもスタイルも良く、パッと目を引く華やかさがある容姿で人気があるのも頷ける。


そんな後輩たちの様子を横目に、額から流れてくる汗を手に持っていたタオルで拭っていると、何故か姫ちゃんが躊躇いがちに俺の方へ歩み寄って来た。


「先輩、お疲れ様です…。」


…ん?俺に言ってる?

チラッと周りを確認したが、どうやら俺を見て言っているようだ。ぺこっと頭を下げられたので、俺も頭を軽く下げながら「あ、うん。お疲れ。」と返すと、その後姫ちゃんは言葉を絞り出すように徐に口を開いた。


「さっき、…ありがとうございました。…あの、せっかく声かけてくださったのに、お礼言えてなかったので…。」


…さっき?

…あぁ、姫ちゃんが頭冷やしてた時のことか。


「あーいいよ。もう大丈夫?」

「はいっ!」


少し笑みを浮かべて元気に頷く姫ちゃん。同級生に対しては気がかなり強そうだが、女バスの2年に対する態度や俺が実際会話をした感じから見ると礼儀正しく良い子なんだろうなというイメージを抱く。


姫ちゃんとは一言二言そんな些細な会話を交わしていただけなのに、遠巻きに女バス部員があからさまに俺たちの方へ視線を向け、コソコソと何か話していることに気付く。そしてこれは、男バス部員にも言えることだ。

…なんとなく、感じが悪い。
そういや女バスは雰囲気が悪いんだったな。

これはもしかすると、姫ちゃんを取り巻く環境がこのような空気を作っているのでは?と、俺はなんとなく勝手にそう仮定してみた。


人気者な彼女のことだから、男バス部員にも話しかけられることは多いだろう。そう考えれば女バス部員からは妬まれることもあると思う。

色恋沙汰に興味津々な部員が多いから、雰囲気が悪いのなんてどうせそんな感じの理由だろ。


バカバカしい。気にするだけ無駄だな。と思い始めていた時、突如『ドンッ!』と俺の身体に衝撃が来て、背後からギュッと誰かの腕が俺の胴体に回された。


「ゆ〜ずぴょんっ!部活終わった?」


気持ち悪いくらいの猫撫で声でそう言いながら、俺の顔を覗き込んでくる。


まさかの吉川だった。


周囲のバスケ部員や目の前の姫ちゃんに、唖然としながらそんな光景をガン見される。


「なにやってんのお前。」

「てか七宮汗クッサ!!!シャツびちょびちょじゃん!!!うわ、最悪〜!!!」

「は!?自分からくっついといてそれは失礼すぎるだろ!!!」


すぐにサッと俺から距離を取った吉川の頭をわりと容赦無くベシンと引っ叩いた。


「ごめんごめん、部活終わったならこのあとどっか寄ろうよ、って。」


笑い混じりにそう言いながら吉川がチラッと視線を向けた先に、真桜と健弘が偉そうに仁王立ちで立っている。いつからそこにいたんだ。てかなんか二人とも機嫌悪そうだな。

真桜は俺が女子と喋ってたからか?
健弘は…わからん。真桜と喧嘩した?


「あー、うん。ちょっとだけ待ってて。」


吉川にそう返事をした後、もう一度姫ちゃんに視線を向けて「じゃあな、姫ちゃんおつかれ。」と軽く声をかける。


「あっはい、お疲れ様でした。」


姫ちゃんは深々と俺に頭を下げたあと、駆け足で去って行く。


「この前教室来てた子じゃない?」

「うん、女バスの1年。」

「へ〜。あの子がねぇ〜。」

「で、お前ら何してたんだよ?」

「真桜くんとタケくんと喋ってたら遅くなったからもう七宮のこと待っとこっかぁ〜って。」

「あーそうなんだ。じゃあ鞄すぐ取ってくるわ。」

「はいよ〜ん。」


俺に手を振りながら吉川が離れていくと、タカが歩み寄ってきた。二人で部室へ行こうとしていたところに、俺の周りには男バス部員がわらわらと近付いてくる。


「おいおい〜、お前それはまじ怪しいって。」

「は?なにが?」

「吉川さんだよ。付き合ってねえんだろ?」

「うんだから友達だって。」


別に全然、嘘ついてないのにな。

しょっちゅう吉川の仲を疑うくせに、俺がまじで隠してることにはまったく疑いもされていないのだから、それがなんだか少し愉快で、俺は男バス部員の顔を横目で見ながらほくそ笑んだ。





部活が終わった後、姫ちゃん自ら柚瑠に近付き、話しかけに行った。そんな様子を見ながら女バスの後輩たちが「うわ、あいつ柚瑠先輩に話しかけに行ってる。」とコソコソと部員同士で喋っている。

バスケの実力もあり、1年の中ではリーダー的存在の後輩がいるのだが、その子がどうやら中心となって姫ちゃんのことを目の敵にしているようだ。


バスケ部員たちから遠巻きに柚瑠と姫ちゃんの様子を窺われている中、柚瑠の元へ駆け寄ってきた吉川さんが突然柚瑠の身体に抱きついたことにより、その場の空気が一変した。


「えっあの人誰ですか!?」

「柚瑠先輩の彼女!?」

「…え、いや…友達友達。」


後輩たちから問いかけられ、私は100%の自信は無かったがそう答える。仲良いのは知ってたけど、実際のことまでは正直私も分からない。以前美亜とも二人でどうなんだろうねって話をしていた時があった。

でも、なんとなくだけど付き合ってはないんじゃないかな、っていうのが私の予想だ。『吉川』『七宮』と呼び合う雰囲気が仲の良い友達だと感じさせる。

それに付き合ってたら付き合ってたで隠すことでも無いし。それより私はぶっちゃけ高野くんと吉川さんの方が気になる。あの二人の方がちょっと怪しいよ。


「二人とも同じクラスだし普通に仲良いだけだと思うよ。」


私からそれを聞いた後輩たちは「なんだ、彼女じゃないのか〜」だの「んじゃあ千春(ちはる)いけんじゃない?」だの口々に話している。


彼女たちは姫ちゃんの恋を応援してるのかしてないのかよく分からない。上手くいった方がありがたいけど、いったらいったでムカつくのかな。醜い女の争いだ。


その後部室に入ってきた姫ちゃんは無表情で帰る支度をしている。


「ちーちゃ〜ん、さっきの人柚瑠先輩の友達なんだって〜。」

「え、そうなんだ。」


部員の一人がコソッと姫ちゃんにそう教えると、姫ちゃんは少し笑みを見せた。


「さっき柚瑠先輩と何喋ってたの?」

「頭冷やしてた時先輩が声かけてくれたからそのお礼言いに行ってた。」

「えっ先輩から話しかけてくれたの?喋れてよかったね〜!」

「うんっ。」


姫ちゃんと仲良しな子が姫ちゃんと二人でほのぼのと楽しそうにそんな会話をしている中、それを横で聞いていたとある後輩の冷めた表情が、とても怖かった。


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