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【姫ちゃんの片想い】
放課後の部活中、体育館横にあるコンクリの段差に座って姫ちゃんがアイシングバックで頭を冷やして座っていた。そんな姫ちゃんの方へ外周から戻ってきた男バスの後輩が歩み寄り、話しかけている。
俺は1番に外周を走り終えて部室近くの木陰で水分補給をしていたところだった。少し俺との距離があるにも関わらず二人揃ってそんな俺の方へ視線を向けてきたから、なんとなく俺も一人で暇だったし二人の元へ歩み寄った。
「姫ちゃん頭怪我したのか?」
体育館の中では女バスが練習しているだろうこの時間に、一人で頭を冷やしていたのが普通に気になって問いかけると、「ちょっとぶつけて…」と少し顔を引き攣らせて答えてくれる姫ちゃん。
「あ…そっか。お大事に。」
俺がそう言った後、その場が沈黙してしまった。後輩は何も言わずに俺と姫ちゃんの様子を眺めている。なんだか気まずい空気を察してすぐにここから立ち去ろうと身体の向きを変えた時、体育館の中から2年の女バス部員が出てきて姫ちゃんの元に歩み寄ってきた。
「姫ちゃん大丈夫?戻れそう?」
心配そうに姫ちゃんに話しかけながら、チラッと“なんでお前がここにいる”的な目を向けられた俺は、何食わぬ顔をして持っていたお茶をゴクゴクと飲みながらしれっとその場を離れる。
なんか可愛い子に絡みに行ってる奴だと思われてそうだな。気まぐれに話しかけに行ってしまったことを少し後悔。
「今女バス雰囲気良く無いみたいっすね。」
「え、そうなんだ。なんで?」
「……さあ。」
俺の後に続いて部室前に戻ってきた男バスの後輩が俺にそんな話をしてくるが、肝心なところは分からないらしく首を傾げられた。
「あ、柚瑠先輩って姫井と仲良いんすか?」
「ん?誰と?」
「え、姫井と。」
「…ヒメイ?」
…ヒメイ…、
ここで俺は、数日前にも真桜とこんなやり取りをしたことを思い出して、ハッとしながら後輩に問いかけた。
「あっ、ヒメイってもしかして姫ちゃん?」
「え、名前知らなかったんすか?」
「姫って名前の子かと思ってたわ。」
「あ〜…なるほど。」
後輩は俺のそんな発言に軽く笑っている。“姫ちゃん”が苗字から取った呼び名だとはまったく思わなかった。
「そうか、姫井って苗字だから姫ちゃんか。」と納得していると、続け様に「先輩姫井のことどう思います?」と姫ちゃんのことを後輩に問いかけられる。興味津々だな。お前さては姫ちゃんのこと好きだな?
「あー、まあ可愛いよな。ちょっと気は強そうだけど。」
客観的に見た感想を告げれば、後輩は「あ〜キツいっすね。」と頷いている。
「つっても負けん気強い子の方がバスケには向いてると思うけど。」
先日の男バスの後輩と姫ちゃんの喧嘩のようなやり取りを見ての意見だが、一応フォローのつもりで言葉を付け足すと、後輩は急にニヤニヤしだした。
「お〜、柚瑠先輩が姫井のこと褒めてたって言っときますね。」
「は?いや言わんでいいって。」
ただ客観的に見た感想を言っただけなのにそんなことをいちいち伝えられるのはちょっと困る。
苦笑しながら後輩にそう返していたところで、外周を走り終えた男バス部員がぞろぞろと固まって戻ってきた。
「ん?なんのはなし?」
「姫井の話。」
「おい、それ禁句だって。」
「えっそうなんすか?」
後輩同士の会話に口を挟んできた2年の男バス部員の発言が意味不明で、俺はその横で会話を聞きながら首を傾げる。
「なんで禁句?」
「え〜?ひみつぅ。」
そこいちいち隠すとこなのか?
なんか感じが悪い。そいつの憎たらしい態度にもイラッとしてしまったため、顔に出る前にそいつから距離を取った。
女バスが雰囲気悪いって聞いたけど、男バスも大概だろ。ってここ最近なんとなく感じていたことを気が抜けば口に出してしまいそうだった。しかしそう感じているのは俺だけだと思うから、場の空気を乱すようなことはあまり言いたくない。
なんの話をしているのかは知らないが、休憩時間になると数人で集まって楽しそうにコソコソと話している。どうせ女子の話とかだろと興味が無かったから会話には加わらなかったが、今みたいに聞いたら聞いたで内容を教えてもらえないことがよくある。
別に言えない話なら無理に聞きたいとも思わないが、感じが悪く居心地も悪いと感じていたのが、ここ最近のことだ。
ぜえはあとしんどそうに腰に手を当てて息を吐きながら外周から戻ってきたタカの姿を見て、ホッとしながらタカの方へ歩み寄る。
「あっち…まじ、キッツ…。」
「大丈夫かよ、この後すぐ筋トレだぞ。」
「おえっ…食ったもん吐きそう…。」
「部活前なんか食ったのか?」
「あんぱん…」
まじで吐きそうな顔をして答えたタカに、バカだなぁと笑ってしまいそうになった。
放課後のメニューが外周だと分かっていても、空腹には耐えられないらしい。
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