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放課後になり体育館に顔を出すと、隣のコートで男バスが先に練習の準備を始めていた。今日は同じ体育館練習の日だったんだ。それだけでいつも以上にやる気が出てきた。


「先輩こんにちは〜!」

「こんちは〜姫ちゃん今日めっちゃ元気じゃん!」

「はいっ!」


やる気が出ると、自然に声も大きくなる。

あたしが先輩に挨拶していた時、隣のコートでは同じクラスで男バスのあいつが、七宮先輩に何か話しかけながらこっちを見ていることに気付いてしまった。

何かあたしのことを七宮先輩に話されてる気がしてチラチラと様子を窺っていると、七宮先輩も一瞬あたしの方を見ていることに気付く。

えっ…何の話してるんだろう…。

あたしは気が気じゃなくなくって、部活に全然集中できなかった。





放課後、体育館に行くと先に来て準備を始めている後輩がゴールを出してくれているところだった。


「あー柚瑠先輩こんちゃーっす!」

「おー。」


後輩からの挨拶を返した直後、ゴールを出し終えた後輩が俺の横に歩み寄ってくる。


「今日隣のコート女バスっすね。」

「ん?あぁ。」

「先輩女バスの1年と喋ったことあります?」

「いやあんまり。」

「女バスの奴らいっつも2年の先輩の話で盛り上がってますよ。」

「あーそれ聞いた聞いた、真桜のことだろ。」

「まお?…あ、高野先輩すか。それもありますけど…」


後輩と話しながら何気なくふと隣のコートに視線を向けると、姫ちゃんが2年の女バス部員と喋っている姿を見つける。

校舎で見た時は髪を下ろしていたが、今は長い髪を一つに束ねている。いつもと違う雰囲気に少しのあいだ目を奪われていると、見ていることに気付かれたのかチラチラと姫ちゃんに視線を向けられてしまい、俺は何食わぬ顔をしてスッと目を逸らした。


間もなく部活が始まり、後輩との会話は中途半端なところで終わったが、今日はやたら後輩にそういう話を振られることが多い。


バスケ部1年は男子も女子も色恋話が好きだな。…と思ったが、そういや2年もそういう話が好きな奴らばっかだ。


「え?姫井さん柚瑠のこと好きなの?そりゃダメだって〜!俺彼女の友達の応援してんのに!」

「ちょっ!シーッ!声デカイっすよ!!」

「姫井さんって姫ちゃんって呼ばれてるあの可愛い子だろ?まじかよ?」

「まじみたいっす、先輩それとなく姫井のことどう思ってるか柚瑠先輩に聞いてみてくださいよ。」

「え〜めんどくせーよ。柚瑠がモテてもつまんねえだけじゃん。まずあいつそういう話題のってこねーもん。」


短い休憩時間でも色恋ネタが始まることは多く、出来るだけ会話に加わりたくない俺は、タカと共に後ろ向いて何回シュート出来るかという軽い遊びをしていた。


タカが投げたボールがゴールの枠に当たり、跳ね返ったボールがタカの頭に直撃する。


「イっって!!!」

「ぶっ!クククククッ」


間抜けなタカが面白すぎて爆笑してしまいそうになるが、部活中顧問に爆笑しているところを見られるわけにはいかないため腹を抱えて必死に笑い声が出るのを我慢する。


「なにやってんのあいつら。」

「おい、お前ら女バスにも見られてんぞ。」


軽い遊びだったつもりがタカの所為で注目を集めてしまったようで、後ろ向きシュートするのはそこでやめた。


部活は18時ちょっと前に終わり、この後真桜の家に寄りたい俺は、寄り道に誘われる前にさっさと帰る支度をして部室を出る。


「あんたさっき絶対余計なこと話してただろ!」


…ん?


薄暗くてよく見えないが、部室から少し離れたところから女子の責め立てるような声が聞こえてきた。

二、三歩近付くと、その相手が男バスの後輩だということに気付く。なんだ?喧嘩か?


「ほんとうざいんだけど!!こっち見てにやにやしすぎなんだよ!いい加減にしてくんない!?」


そんな癇癪を起こしたような女子の声が聞こえた後、驚くことにその子はドスッと男バスの後輩の足を蹴った。


「え、ちょっなにやってんだよ。」


さすがに見過ごせなくて背後からその子の肩を掴むと、振り向いたのはまさかの姫ちゃんだ。


「おぉ…」


思わぬタイミングで彼女の裏の顔のような姿を見てしまい、軽く狼狽える。トモに笑顔で挨拶してた時とはえらい違いだ。

姫ちゃんも姫ちゃんで、驚いた顔をして俺を見上げる。しかし2年にいきなり口喧嘩を止められてバツが悪くなったのか、泣きそうな顔をして俯いた。


「…お前なにしたんだよ?」

「…え、いや、別になんも…。」


後輩も気まずそうにして、もごもごと喋り言葉を濁す。


「まぁ…なんかしんねえけど、下校時間過ぎるし早く帰る準備しろよ。」


後輩にそう声をかけると、後輩は頷いてその場から逃げるように駆け足で部室に入って行った。

そして姫ちゃんはその場で佇み、泣くのを我慢しているように唇を噛み締めてギュッと拳を握りしめている。


「…大丈夫か?なんかされた?」


俺の問いかけに、姫ちゃんはブンブンと首を振った。

やんちゃな後輩だから、ちょっとからかわれたとかふざけたとかそういう感じだろうか。


「まぁ…なんかあったら言えよ。注意くらいならしてやれると思うし。」


どっちが悪いとかイマイチ状況が掴めないが、それぐらいしかかけてやれる言葉がなくて、しょんぼりしている背中を叩きながら言うと姫ちゃんはコクリと頷いた。


「もう暗いし、姫ちゃんも早く帰る準備しておいで。」


まったく動かない姫ちゃんの背中を叩いて、この場から移動を促すと、姫ちゃんはゆっくりと足を動かし始める。


そうしているうちに、部室から出てきた男バス部員がゾロゾロと歩いてくる姿が見え、ハッと顔を上げた姫ちゃんは深々と俺に頭を下げて、女バスの部室がある方へ走り去っていった。


こっちに向かってきた男バス部員は、ニヤニヤした目で俺を見る。姫ちゃんと二人で喋っていたのを怪しまれたのだろうか?


男バス部員には、ちょっとのことで冷やかしてくる奴らが多すぎる。


なんだか気分が悪いから、早く真桜で癒されに行きたくなった。


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