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「姫井(ひめい)〜、お前柚瑠先輩のこと好きってまじ?」
同じクラスの男バスの奴に休み時間いきなり話しかけられ、あたしは思わずそいつを睨み付けた。
「誰から聞いたの?」
「女バスの奴ら皆言ってるよ。」
「は?うっざ。」
女バス1年みんなで誰がかっこいいとか誰が好きとかいう話題で盛り上がっているのはいつものことで、内輪で話していることを男バスの奴にまで話してるなんて。ってイラッとして舌打ちをするが、男バスのそいつはお構いなしに話を続ける。
「ネタ?ガチ?」
「別にどっちでもいいでしょ。」
「あ〜ガチなんだ〜。」
「まじでうざ、そういうノリ嫌い。」
ネタとかガチとか、人の恋愛で面白がってる感じが嫌い。あんたには関係なくない?って思う。女バスのみんなもなんで話すの?こいつらみたいなのが冷やかしてくんの目に見えてんじゃん。
初めはちょっといいな、って軽い感じで見ていた2年の七宮先輩。女バスのみんなが高野先輩がかっこいいとか、同じ学年の誰々がかっこいいって口々に話していた時、あたしはぽつりと『七宮先輩良くない?』なんて言い出したのが事の始まりだ。
あまり賛同はしてもらえなかった。『悪くは無いけど、別に普通。』『喋ったことも無いし、どんな人か分からない。』
彼女たちにも好みがあるわけで、そりゃ高野先輩がかっこいいって盛り上がるのも十分理解できるけど、あたしが七宮先輩のことが気になったのは練習時とそれ以外のギャップだった。
部活してる時はみんな真面目でかっこよく見える。たまたま見た七宮先輩のシュート練習をしている姿には思わず見惚れそうになった。あたしの目には、七宮先輩が人一倍練習を頑張ってるように映って見えた。
多分、最初は同じバスケ部としての憧れのようなものだったんだと思う。でもそれが恋に変わったのは七宮先輩を購買で見かけた時だ。
高野先輩と楽しそうに笑顔で喋りながら購買にやって来た七宮先輩。友達が高野先輩のことを見れて喜んでる中、あたしは初めて見た七宮先輩の笑顔に心臓を撃ち抜かれたみたいにドキドキした。
『柚瑠、今日髪いつも以上に乱れてるぞ。』
『だから汗ついてるっつってんだろ!触んな!』
噂は本当みたいで、高野先輩とすごく仲良さげな七宮先輩。部活中の七宮先輩からは想像できないくらい、無邪気に高野先輩の手から逃げるように顔を仰け反らせる。
購買でサンドイッチを買った後には、すぐにビニールを剥がしてその場で食べ始めた。ガブッとサンドイッチを齧りながら、あたしの隣を素通りしていく。
いくら同じバスケ部だと言っても、男子と女子では別々の部ってくらい関わりが少ない。あたしはこの時、七宮先輩に少しくらい、バスケ部の後輩だと認識されたいなと思った。
好きになったのは夏休みに入る前。
話したことはまだ無くて、これを恋と呼んでいいか分からないけれど、その姿が見れただけで『あっ!』て心が反応しては嬉しくなる。夏休みはその姿を見ることだけが、あたしの小さな楽しみだった。
2学期に入って、文化祭の時は先輩のクラスの教室に長居した。スーツを着ていて、いつもと違う髪型の七宮先輩はとてもかっこよかった。
友達は高野先輩を見て興奮していたけど、それと同じくらいあたしにとっては七宮先輩がかっこよかった。
緊張して声をかけることはできなかった。
文化祭が終わってすぐのこと。部活の休憩中、女バスの先輩たちが班決めの話で盛り上がっていた。
『私柚瑠と同じ班になってもらったー。』
『あーいいねー無難無難。私の班調子乗りの男子と一緒で最悪なんだけど。』
『どんまぁい、てか柚瑠と席近いから高野くんめっちゃ近くで拝めるんだけど!』
『うわずるい!!!』
『休み時間になったら高野くん絶対柚瑠んとこに遊びに来るよ。』
『いいな〜トモんとこ遊びに行くわ!!』
そんな先輩の会話を聞き、2年の教室の前を通ってしまったのは衝動的だった。なにも先輩の教室にまで顔を出すつもりはなかったけれど、窓際の席に座ってる七宮先輩の姿を見て…それから、そのすぐ近くに座っていたトモ先輩の姿を見て。
あたしは七宮先輩との関わりを求めて、気付いたら窓の前に立ち止まっていた。
「姫井のこと好きって言ってる奴まじでショック受けてたぞ。」
「は?誰?」
「それは言えね〜な〜。」
「うっざ。」
言えないならいちいち言うなよ。
なにが楽しいのかずっとニヤニヤしながら話してくるそいつの顔にイライラする。
「てかお前先輩の前とキャラ違いすぎじゃね?女バスの先輩に姫ちゃん天使〜とか言われてなかった?」
「敬語使うんだから先輩の前とあんたの前じゃ違うの当たり前でしょ。」
「姫ちゃんこっわ〜。」
「…うっざ。」
『姫ちゃん』って呼ばれるのは女バスの先輩からだけで、あとは普通に名前や苗字で呼ばれている。
『可愛いから姫井の姫取って姫ちゃんにしよ。』って先輩に言い出された時は少し困惑したが、先輩から可愛がられることは素直に嬉しいし、そのあだ名は定着していった。
別にその呼ばれ方が嫌ではないけど、こいつみたいにからかって呼ばれるのは凄く嫌だ。
イライラして、もう相手にするのも面倒で、フンとそっぽ向いて会話を終わらせた。
いくらこいつが男バス部員で七宮先輩の後輩でも、人をからかってくるような奴とは仲良くしたくない。
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