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「トモ先輩…あの、ちょっと良いですか…?」
部活が終わって後片付けをしていると、姫ちゃんがやたらもじもじしながら私に声をかけてきた。
「ん?姫ちゃんどしたぁ?」
姫ちゃんの方へ振り返りながら返事をすると、姫ちゃんはキョロキョロと辺りを見渡して、周りに誰もいないことを確認し、「ちょっと聞いてほしいことがあって」と言ってくる。
姫ちゃんの様子にそんなに聞かれたくないことか、と思いながら「うん、聞くよ。」と頷く。
すると姫ちゃんは、片付けを止めないために手を動かしながら、ごにょごにょと小さな声で話してきた。
「あの、あたし…、七宮先輩のことが好きで…。」
「え?なんて???」
真面目に聞き取れなくて、もう一度言葉を促すと、姫ちゃんの顔が真っ赤に染まった。
「七宮先輩のことが好きなんです…。」
ごにょごにょ小さな声には変わりなかったが、姫ちゃんは私の耳に口を近付け、再び口を開いた。
そして、そう聞いた瞬間私は、「えっ!?あっ!やっぱそっち!?」という驚きの反応を姫ちゃんに見せる。
「今日うちのクラス通ったのやっぱそのためだよね?」
まさか本人から打ち明けてくるとは、とびっくりしながら問いかけると、姫ちゃんは顔を赤くしてコクリと頷く。あ〜、やっぱ柚瑠の方だったか。
なんとなくだけどそうなんじゃないかと思った。
高野くん目当てならわざわざ4組を覗かなくても、階段に近い6組を覗けば良い話だ。
「トモ先輩が七宮先輩と席が近いって話聞いて、もしかしたら喋れるかなって思っちゃって…。」
「お〜、喋れたじゃん。」
「はいっ!」
くっは〜なんじゃこの子は!かわええのぅ…。
嬉しそうに良い返事をする姫ちゃんに、思わずクスリと笑みが溢れてしまった。…のだが…。
困ったな…。
美亜も柚瑠のこと好きなんだよね。
一度振られたことがあって、今はまだ告白する気は無いけど後悔はしないようにしたい、って美亜は話してて、私はそんな美亜のことを密かに応援している。
今は同じクラス、同じ班、隣の席になれて、ちょっとでも仲良くなれたら嬉しい、なんて言っていた美亜の恋を見守るような形で応援していた。
それなのに後輩までそんなことを言い出したら、私はどっちを応援すればいいんだ、ってなる。
いや、どっちも頑張れ、が正しいかな。でももし協力してくださいとか言われたらそれはできない。
「それで…、あの、…また先輩の教室行ってもいいですか…?」
「んー、それは全然良いけど…。実は私の友達も柚瑠のこと気になってんだよね。だから協力とかは…、」
「あっいやっ!そんなことトモ先輩に頼めませんよ…!!ただ、あんまり教室行ったらトモ先輩に怪しまれちゃうなって思って…」
「あ〜なるほどなるほど。」
もうすでに怪しんでたからそれは大当たりだよ、姫ちゃん。しかし参ったな、姫ちゃん可愛くて良い子なんだよな〜。
私の後輩だという自覚がしっかりあるようで、私に協力を求めるなんてことはまったく無いようだ。
可愛くて良い子で柚瑠と同じバスケ部で…こんな子ともし柚瑠が良い感じにでもなったら、美亜の悲しむ顔を見なくちゃいけない。
「了解了解、私は全然気にしないから姫ちゃんも気にせず来なよ。」
「はいっ!トモ先輩に挨拶しに行きます!」
「くっそ〜私後輩に上手いこと使われてんなぁ!」
姫ちゃんの協力はできないけど、恋の邪魔をしたいわけでもない。どちらかの恋が実るかもしれないし、どちらも実らないかもしれない。
私はさっそく中立の立場でいようと決め、後輩に戯けるような返事をする。
すると姫ちゃんは、照れ臭そうに笑って「すみません」と謝ってくる。
ああもうやっぱり、可愛くて良い子だな。
柚瑠ってば、可愛い子二人に好かれてどうするんだろう?って、私は傍観者という立ち位置で、呑気に考えていた。
*
「トモ先輩こんにちは〜!」
「あー姫ちゃんだ、生物室行くのー?」
「はいっ!」
休み時間に早弁していたら、また俺の横にある窓から姫ちゃんが顔を覗かせた。生物の教科書を持っている姫ちゃんにトモが問いかけると、満面の笑みを浮かべて頷く姫ちゃん。
良かったな、丁度今俺の元へ真桜が遊びに来たところだ。今日は姫ちゃんの友達も一緒で、友達は一歩離れたところでチラチラと真桜のことを見ている。
俺がブロッコリーを口の中に放り込んだ瞬間に姫ちゃんが現れたから、もぐもぐ口を動かしながら見上げると、真桜も俺の視線を追うように姫ちゃんを見る。
「七宮先輩もこんにちはっ!」
「おう。」
俺にもしっかり挨拶をしてくれた姫ちゃんは、真桜には目も合わせられないのか、もじもじしながら俺の弁当を見つめている。
俺が何かきっかけをあげれば姫ちゃんが真桜と話すことくらいはできるだろうが、わざわざ俺がそんなことをしてやる義理はない。
姫ちゃんから視線を逸らし、「今日部活終わったら真桜んち行こっかな。」なんて話を持ち出すと、真桜は俺の言葉に笑顔で頷く。
「あたしも真桜くんち行こっかな〜。」
「は?来ないで。」
「行ってやろ〜。」
俺の前の席に座っていた吉川が横を向き口を挟んでくると、真桜が冷めた返事を返して二人が会話を始めたところで、姫ちゃんは居心地が悪そうに窓から少し離れて、ぺこりと頭を下げたあとに友達を連れて去って行った。
姫ちゃんが立ち去ったあと、真桜が「誰今の子、1年?」と問いかけてくる。
「うん、女バスの1年。」
「仲良いのか?」
「ううん、喋ったの2回目。」
俺のその返事に、真桜は分かりやすくホッとしている。
女バスと言っても練習は別々で、顔を合わせるのも体育館練習が被った日くらいだ。真桜が心配するようなことはなにもないのに、ちょっと俺が女子と関わるようなことがあっただけで気にしてくる真桜が可愛い。
「てかここ来る子だいたい真桜見に来てる疑惑。」
「真桜くんって1年でも人気なの?」
「そうみたいだぞ、なぁトモ?」
「…えっ!?あっうん!!」
俺たちの会話を斜め後ろの席からトモに聞かれているような感じがしたから、急に俺が話を振ってみるとトモは慌ててうんうんと頷く。
「今の子はトモの後輩だけど、もう一人いた子すげー真桜のこと見てたぞ。」
「1年の分際でよく上級生の教室に来れるわね。」
「うわぁ…こういう上級生がいるから行きにくいんだよなぁ、先輩のフロアは。」
「ちょっと、なにその引いたような目。」
「でも吉川って1年も2年も3年も区別できねーんじゃね?普通に3年にも喧嘩売ってそう。」
あっけらかんとした顔でごもっともなことを言う真桜に、「確かに。」って笑ってしまった。
吉川も含めて会話を交わしていたら、いつのまにか姫ちゃんの話題からは逸れていき、俺の頭の片隅にも残らないくらい、その時の姫ちゃんの印象は薄かった。
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