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【 柚瑠だけ蚊帳の外 】


「トモ先輩っ!こんにちは〜!」

「お〜!姫(ひめ)ちゃんわざわざどした?」

「あっ移動教室で通りかかって…!」


休み時間、窓際の席である俺の真横の窓から姿を見せた女バス1年の『姫ちゃん』と呼ばれている女の子が、俺と同じクラスの女バスの友人、トモに声をかけていた。


同じ学年の女バス部員とは何かと話したりすることはあるが、1年とはあまり話したことはなく、俺は名前も知らなかった“姫ちゃん”とやらをチラッと見上げながらもぐもぐとご飯を食べる。


すると、そんな俺を見下ろしてきた姫ちゃんが「あっ」と小さく声を漏らし、ぺこりと頭を下げてきた。

どうやら俺が男バス部員だと気付いてのことだろう。ぺこりと頭を下げ返すと、「お弁当食べるの早いですね」と話しかけられた。


「柚瑠はいつもだよ。」

「あっそうなんですね。」


俺が何か言う前にトモが口を挟み、姫ちゃんは相槌を打ちながら俺を見て笑っている。


「1年の男バスの奴らもこんなもんだろ?」

「…ちょっとわかんないです…。」


姫ちゃんは俺の言葉に、頬をほんのりと赤くしながら首を傾げた。人見知りな子だろうか?いや、そのわりには自分から俺に話しかけてきたけど。

姫ちゃんの態度にそんなことを考えていると、「あっじゃああたし行きますね!」と姫ちゃんはトモと律儀に俺にまで頭を下げて駆け足で去って行った。


「めっずらし〜、後輩が2年の教室来るのなんて初めてでびっくりした。」

「可愛い子だったね。」

「うん、あの子1年の間でめっちゃ人気あるみたいだよ。」

「そうなんだぁ。」


俺の隣の席に座っていた美亜ちゃんも今のやり取りを見ており、姫ちゃんが立ち去った後に後ろを向いてトモとそんな会話をしている。


「てか柚瑠の方見た瞬間顔赤くしてなかった?」

「は?」

「2年の教室通りかかったってなんかおかしくない?実は柚瑠目当てとかだったりして。」

「いや違うだろ。」


悪巧みする時のような顔をしながらそんなことを言ってくるトモに真顔で否定する。生憎俺はあの子と関わったことは一切無いのだから有り得ない。


「え〜そう?だってわざわざ休み時間に先輩の教室覗いて挨拶する〜?めっちゃめんどくさくない?」

「それお前が先輩と仲悪いからじゃねえの?」

「いやいや、別に仲悪くはないって。嫌ではないんだけどできるだけ先輩には会いたくないかな。」


女バスは一時期先輩と後輩で揉めていたような時期があったらしいから俺の中では勝手に仲悪いイメージがあった。

もう今は先輩も引退してるからどうでもいい女バスの事情に「ふぅん」と適当に相槌を打つ。


「あ、じゃあ高野君目当てとかだったりして。柚瑠仲良いし。」

「あーそれはあるかもな。真桜と校舎歩いてたら下級生にもよくチラチラ見られるわ。」

「そういや5月頃だったかなー、1年がすっごい盛り上がって喋っててなんの話だろうって会話聞いてたら、逆に『2年でめちゃくちゃかっこいい人いますよね!?』って聞き返されたことあってさー。」

「2年でめちゃくちゃかっこいい人?十中八九真桜のことだろ。」

「うん、その人が男バスの先輩と一緒に歩いてたって話聞いて『あ、柚瑠と高野くんだな』ってその時みんなで言ってたよ。」

「いや、男バス先輩ならタカかもしんねーぞ。まあどっちみち真桜で違いないけど。」


随分話が逸れていったが、最終的にトモは『姫ちゃんは高野くん目当てかな』と決めつけていた。

まあそう言いたい気持ちもよく分かるが、純粋に先輩にわざわざ挨拶をしに来てくれただけだと思っといてやれよ、って喋っていたら、あっという間に休み時間が終わってしまった。


いつも休み時間になると4組に遊びに来る真桜は来なかったから、多分次の時間移動教室か体育なのだろう。


俺は心の中でほんの少しだけ、『姫ちゃん残念だったな。せっかく来たのに真桜が来てなくて。』と思っていた。


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