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「七宮〜、あたし兄貴にスーツ借りてきたからこれ着な〜。」

「は?いや、俺着ねーよ?」


文化祭当日になって吉川に恐ろしいことを言われて、俺は真顔で返事をした。

俺は立て看板が完成した時点で文化祭での自分の役割を果たしている。俺が色を塗った立て看板は今朝校門を通った時に全学年クラスの中に紛れてちゃんと飾られているのを確認した。


しかし吉川は俺の返事に、「はぁ?」と化粧ばっちりの怖い顔をしながら俺を見上げた。まるで現役ホステスかと思うくらい、短い丈のワンピースが似合っている。


「七宮くらいしかこのスーツに合う体格の奴このクラスに居ないからね?あんたあたしの苦労を台無しにするつもり?」

「苦労って…。勝手に持ってきただけだろ。」

「着るわよね?何のために持ってきたと思ってんの?」

「…俺に着せるためだろ。」


ズイッと吉川にそのスーツを押し付けられ、仕方なく受け取ってしまうと、近くにいた健弘たちの方へくるりと振り返った吉川が「いえーい」と健弘たちに向かって舌を出しながらピースをした。


そんな吉川に「ナイス吉川さん!」とグッと親指を立てる健弘たち。ひどくねえか?俺は何のために立て看板の色塗りを頑張ったんだよ。


さっさと着替えろと言わんばかりに、ホステス吉川とホスト健弘たちに囲まれる。

文化祭用に髪を染め直したのか、吉川も健弘も金色に近いような明るい茶髪になっている。奴らに囲まれていたら、黒髪の自分は明らかに地味だ。


黒のシャツにグレーのベスト付きスーツを着せられ、暑苦しいことこの上ない。うわー…と引いた目で自分の胴体を眺めていると、「いいじゃん七宮!髪ちょっとセットしたげるー」と吉川が俺の髪に手を伸ばした。


中央の前髪を少しだけ上にあげられ、視界がスッキリする。吉川が持っていたヘアピンで前髪を額の上らへんで止められてしまい、普段隠れていたおでこが丸見えにさせられてしまった。


「どう!?見て!?七宮超イケてない!?」

「おお!柚瑠珍しくイケてるぞ!!」

「お前ほんと失礼だな。」


普段健弘からは服装がジャージばっかりとか言われるから、多分褒めてくれてるんだろうけど言い方もっとないのかよ。


クラスの男女合わせて半分くらいのクラスメイトたちがワンピースやスーツに着替え終えた教室で、健弘がプラスチック製のグラスを積み上げ、ジンジャエールを積み上げたグラスに注いだ。


「ふぉぅ〜!!!どうよ俺のこのシャンパンタワー!!!」

「ジンジャエールタワーだろ。」


教室の中心でテンション高く口を開く健弘にボソッとツッコミを入れると、ギロッと睨みつけられてしまった。

ジンジャエールだしグラスはプラスチックだしあれではしゃいでいる健弘に周囲のクラスメイトは『良かったね〜』といったようなあたたかい視線を送っている。


ジンジャエールタワーを中央に置き、その周りには客席を設置して、2年4組のホスト&ホステス喫茶が完成した。

こんな中で販売するものはクレープやジュースで、ホストとホステスがクレープを運んでくると思うと少々笑えてしまう。


それをまさかの自分がやらなければいけないのだから、自分の胴体をやっぱり俺はうわー…と引いた目で眺めてしまった。


「なによ七宮、不満なの?普通にかっこいいけど?真桜くんが見たら超喜ぶんじゃない?」

「いや、あいつ多分練習着とかユニホームの方が好きそうだけど。」

「えーそうなの?スポーツやってる七宮が好きなのかな?」


これはただの俺の予想だけど、真桜は俺が着飾った格好とかは別に好まない気がする。

部活後で髪はボサボサ、汗臭そうな格好でもベタベタと触ってくっついてくるから、そういうフェチなのかもしれない。


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