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二人きりになった空間で、部室の中は薄暗かったがそれでも真桜が赤い顔をして俺を見つめているのが分かった。
俺も自分自身の顔が赤くなっている自覚があるまま、真桜の方へ振り返る。
「俺今汗臭いからちょっとだけな。」
そう言ってそっと両手を広げると、真桜は少し目を見開いて、ゆっくりと一歩一歩俺に近付いた。
ハの字に下がった眉で俺を見つめて、なんだか少し泣きそうな顔に見える。真桜って結構泣き虫なのかな。
やんわりと俺に触れてきた手が、俺の背中に回った。そして、ぎゅっと引き寄せられ、俺と真桜の胸元が密着する。
「…ユニホーム姿反則だなぁ。」
真桜はそう言いながら、俺の肩に顔を押し付けた。
ドキドキと動いている真桜の心臓に気付いてしまい、恥ずかしくて身動きが取れない。
「柚瑠の頑張ってるところ、大好き。走ってるところかっこよかった。汗かいて、疲れてるところも好き。」
…急になんなんだろう。真桜の気持ちは分かってたけど、ここまでストレートに言ってくる真桜の心境が、少し理解できない。
チラリと真桜は顔を上げ、背中に回っていた手が今度は俺の後頭部に伸びてきた。ゆっくりと髪を撫でながら、真桜が俺に問いかける。
「…どこまでだったら嫌じゃない?」
さっき聞かれたこととまったく同じことだ。
どこまでって、どういうふうに答えたらいいんだろう。
抱きしめる、髪を撫でる、まさかキスとかも?
その問いかけになんて答えたらいいのか分からなくて、俺は一向に答えることができない。
「真桜はなんで俺のことが好きなのに、佐伯と付き合ってんの?」
真桜の問いかけに返答できずに居た俺は、逆に質問し返した。とうとう聞いてしまった。なんとなく理由は分かっているのに聞いてしまった。でもやっぱり、彼女が居ながら俺を好きだと言うのは変だ。
そして真桜は、俺の目を見つめたままなにも喋らなくなった。
そうだ、ストレートに気持ちを伝えてくる真桜の心境が理解できないのは、真桜がまだ佐伯と付き合っているままだからだ。
「別れろよ、俺のこと好きなんだったら。」
ジッと真桜を見つめたままそう言えば、その後真桜は、俺の言葉にはっきりと頷いた。
「うん、別れる。」
まっすぐに俺を見る真桜の視線にまるで引き寄せられてしまいそうだった。きっと俺は、真桜とキスをすることも嫌じゃないのだろう。
今キスをされたら、俺は普通に受け入れてしまいそうだ。
そんなことを頭の中で考えていた時、部室の外から賑やかな声が聞こえてきて、俺と真桜はどちらからともなくサッと距離を取った。
「…じゃあ柚瑠、またあとで。」
「…あ、…うん。」
真桜がガチャ、と部室の扉を開けて出て行った入れ違いに、先輩達が「うおっびっくりした」と驚きながら部室に入ってきた。
「今のって1年で有名なイケメンの奴じゃね?」
「あのすげーモテてるやつだよな。」
「なんで俺らの部室から出てくるんだよ。」
「…あ、すんません、ちょっと友達と喋ってました。」
部室から出ていった真桜を怪しむ先輩達に、俺は適当に言い訳をしながらユニホームを脱ぎ、再びクラスTシャツに着替えた。
「あ、柚瑠の連れか。びっくりしたー。」
「柚瑠あのイケメンと仲良いのかよ。」
「同じクラスなんですよ。」
「へえ、そうなんだ。」
よかった。先輩はそこまで怪しむこともなく、別の話をし始めた。
どうやら部活対抗リレーが終わり、グラウンドでは綱引きが行われているようだ。
俺は部室を出た後先輩たちとは別れて、水分補給をしながら応援席でちょっと一休みする。
グラウンドで綱引きが行われている光景を眺めていた時、体育祭の様子にあまり興味が無さそうに応援席で喋っていたクラスの女子の会話が聞こえてきてしまった。
「ねぇ、佳乃(かの)と高野くんってすでに破局寸前だと思わない?」
「めっちゃ思う。佳乃の方からしか話しかけてないよね。実はもうフラれてんじゃない?」
「あり得る〜、あの子プライド高いところあるからすごいごねてそう。」
「笑えるよね。見てて冷められてるのバレバレなのに。」
“佳乃”…?って、佐伯のことか。
…こわ、まさかの佐伯のことを話しているのはいつも佐伯と仲良くしている女子たちで耳を疑ってしまった。
てっきり男女共に好かれていて、慕われているやつだと思っていたのに陰口を言われているとは驚きだ。
しかし俺自身も、ここ最近の佐伯には良くない感情を抱いていたから、女子の陰口には共感してしまう部分がある。
もしも女子の予想が当たっていたとしたら。
真桜がすでに佐伯の事を振っているのに、それでも佐伯がごねているのだとしたら。
俺が佐伯から、真桜を奪い取ってやりたい。
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