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『お〜っ柚瑠良いところに!ちょっと手伝ってくれ!!』


数十分前、真桜と体育倉庫の近くを歩いているとバスケ部顧問に呼び止められ、障害物競走の準備の手伝いをさせられてしまった。

そこで真桜とは別れて、顧問の指示に従い体育倉庫の中からハードルやマットを取り出す。

ある程度取り出せたところで、顧問にお礼を言われて体育倉庫前から立ち去る。真桜はどこに行ったんだろう、と思いながら辺りを見渡したがすでにどこかに行ってしまったようだ。


俺が出る予定の借り物競走までまだちょっと時間があるため、適当に歩いているとバスケ部の先輩に会い、声をかけられた。


「あっ!柚瑠お前部活対抗リレー出れる?」

「えっ?俺すか?」

「うん。100メートルのタイム見てたら柚瑠結構早い方だったし出てくれると助かる。」

「まあ…出れますけど。」

「じゃあ柚瑠頼むわ。リレー午後一だから昼休みユニホームに着替えて部室前集合な!」

「分かりました。」


げぇ、まじかよ。部活対抗リレーって足速い猛者みたいな奴らの中に混じって走らないといけないから嫌すぎるんだが。まさか当日になって言われるなんて。

しかし先輩の前で嫌な顔をするわけにもいかず、了承してしまった。

さっきから顧問や先輩に出会してろくなことがない。真桜はどこに行ったんだ、真桜は。と辺りを見渡すが、グラウンドは生徒たちで溢れかえっており、見つけることはできなかった。


そうしているうちに借り物競走の召集がかかり、歩いてきた道を引き返した。無意識のうちに真桜の姿を必死に探していた自分に少し困惑する。

もしかしたら今この瞬間真桜が佐伯と一緒に居るかも、とか考えたら、俺はなんだかそれが嫌だった。



障害物競走の最後の組がスタートする頃、借り物競走に出る1年がグラウンドの中央へ移動させられた。

最初に1年女子から始まり、封筒の中に入れられた紙を持ってそこに書かれたものをキョロキョロと探している。

ボールや水筒を持って走っている人もいれば、中には先生や生徒の手を引いてゴールへ向かっている人も居るんだがなんて書かれた内容なんだ?


「変な物書かれてたら嫌だな。」

「うん、それ思った。」


自分の出番を待つクラスメイトとそう話しながら、女子の借り物競争が終わるのを待つ。

なかなか物が見つけられず、紙を持って暫くウロウロしている人も居て、ちょっと可哀想だった。できれば俺は多少重いものでもいいからそこらへんにあるものですぐに終わらせたい。


そして間もなく女子の借り物競争が終わり、自分の番が来てしまった。部活対抗リレーも嫌だけど、これもなかなか嫌だな。と思いながら俺は白線の前に立つ。


パン!とスタートの合図の音で一斉に数メートル先に置かれた封筒の方まで走り、封筒を手に取り中から紙を取り出した。


【 帰宅部 】


は!?帰宅部!?…真桜だ!!!

真桜はどこだ、真桜は!!いや、健弘でもいいわ!それかもう適当に誰か引っ張ってくか!?でもそいつが部活入ってる奴ってバレた時また一から探し直しか!?


あたふたしながら俺は周囲を見渡した。


とりあえず知ってる奴!知ってる奴誰か!と焦っていると、俺は人混みを掻き分けて真桜が近付いてくる姿を見つけた。


「柚瑠!借り物なんだった?」

「おお!真桜〜!お前のこと探してた!!」


俺は真桜の手首を掴み、「うわっちょっ」と足をもつれさせている真桜を引っ張り続け、ゴールまで突っ走った。


隣で息を切らしている真桜と共にお題が書かれた紙をゴールに立っていた人に渡すと、まだ誰もゴールしていなかったようで1位の札を貰うことができた。


「ハァ…、ちょ…びっくりした、なんて書かれてたんだ…?」

「帰宅部!あ〜真桜が来てくれてよかった!まじサンキューな!!」


俺はホッと安堵しながら、息切れしている真桜の髪を犬を撫でるようにくしゃくしゃと撫でた。

すると、見事に真桜は顔を赤くして下を向く。

俺の言動で照れる真桜に、やっぱりまだ俺のこと好きで居てくれてるんだよな?って、俺は確信したかった。

真桜がまだ俺の方へ、気持ちが向いていてほしかった。



“でも確信できたら?そのあとは?どうする?”


『やっぱり佐伯と付き合ってるのが意味不明で、さっさと別れてほしい。』


“なんで?自分が真桜の気持ちに応えられないくせに別れてほしいなんて、そんなの虫が良すぎるだろ?”


『それでもやっぱり、嫌なもんは嫌なんだ。』



“それって、もう、好きってことだろ?”



葛藤の末、導き出された自分の想いに、

ドクドクと苦しいくらいに、心臓が高鳴る。

案外あっさり自覚しちゃったな。


俺はもう、真桜のことが好きなんだ。



しかし自分の気持ちを自覚したからといっても、すぐになにか行動を起こせるような勇気はなかった。


自覚したことによって、踏み込むことに恐れを感じる。両想いがゴールではない。その先上手くいかなかったら?それなら友達としてずっと仲良くしていた方がマシだったと後悔してしまいそうだ。


この時俺は、初めて真桜の抱えていた苦しみを少し理解できた気がした。


真桜に言われた言葉が、今だからこそ思い返される。


『俺が柚瑠を好きってことは、もう忘れて?』


真桜自身も、苦しみ、悩んで、何度も忘れようとしたのかもしれない。

だから佐伯と付き合うことにした。不思議だと思った。俺のことがまだまだこんなに好きなのに。でもそう考えてみたら、なんか納得することができた。



「お〜い!真桜〜柚瑠〜、見てたぞさっき!」

「高野のこと引っ張ってゴールしてたけど借り物なんだったんだよ?」


ゴール付近に立っていた俺と真桜の元に、健弘とタカがやって来た。


「帰宅部。真桜か健弘いないかなって探してたら真桜が来てくれてまじ助かった。」


タカにさっきのことを話すと、俺の隣で真桜が照れ笑いしている。


「良かったじゃん、柚瑠の役に立って。」


健弘がそう言いながら、真桜の肩を肘で突く。しかし真桜は、ツンとした顔で健弘の腕を鬱陶しそうに振り払った。

互いに素を曝け出せているような、二人の仲の良さは少し羨ましい。この二人は多分ずっと、歳を取っても変わらぬ関係で仲の良いままだろうな。


「あ、写真写真。みんなで撮ろうぜ〜。」


ハッと思い出したようにポケットの中からスマホを取り出した健弘が、俺とタカを手招きして自撮りで撮るためにスマホを持つ腕を伸ばした。

健弘が俺の方へ真桜の身体をグッと押し、真桜と俺の肩同士が密着する。もっとくっつかないと4人がカメラに収まらないため、俺は真桜の肩に腕を回した。


そうすると、やっぱり真桜は恥ずかしそうに顔を赤くして、下を向く。


「おい真桜!顔上げろよ!」


健弘に笑いながら怒られて、真桜はちょっと口元を緩ませた照れている顔をカメラに向けた。


ああどうしよう、やっぱり好きだな。

真桜の俺を“好き”って分かる態度が見ていて照れくさいし、嬉しいと思う。

俺が真桜に好きって言ったら、どんな反応するんだろう。

自分の中でいろんな葛藤はあるけれど、俺は真桜に、自分の気持ちを伝えたくてしょうがなくなってきたのだった。

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