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グラウンドでは平均台や網が置かれていて、障害物競走が行われているようだ。あたしは自分の出番がくるまで、体育館近くの日陰になっているコンクリートの上で暇潰しに一人でスマホをいじって寛いでいた。


そんなあたしの頭上が不意に暗くなって顔を上げると、学年一のイケメン野郎が立っている。七宮とは別行動中なのだろうか。


「吉川、今まできつい態度取って悪かったな。」


何を思ったのか、突然真桜くんがそう言いながらあたしの隣に腰を下ろしてきた。どういう風の吹き回しだ。

紫のハチマキがまるでアクセサリーのひとつかと思うくらい似合っていてかっこいい。そのイケメンな横顔を無言でジーと見つめた。相変わらず“顔だけは”いつ見ても良いな。


「なにいきなり。七宮に言われたから?」

「いや…まあ…、うん。柚瑠に呆れられたくねえし。」

「ふぅん。やっぱ謝るのなんてそういう理由があるからだよね。」


あ、今のなんか嫌味っぽく聞こえたかな。七宮が関わってないと真桜くんがこんなふうにあたしに謝ってくることなんて絶対に無いと思ったから、自然に出てしまった言葉だ。


「今の嫌味じゃないからね?あたしも似たような理由で白石に謝ったし。寧ろそういう理由がないと人って謝らなくない?」

「…似たような理由?」

「自分が趣味悪いって言った人間を好きになりそうって笑えなくない?だから自分の発言清算したかったてきな。」

「…え、お前柚瑠のこと好きなのかよ…。」


あたしの発言に、真桜くんは動揺するように自分の髪をクシャッといじった。こんなことで動揺するなんて、真桜くんって余裕なさすぎなんじゃない?まだ好きになり“そう”としか言ってないのに。


「真桜くんそこ気にしてる場合じゃなくない?佐伯とどういうつもりで付き合ってるのか知らないけどいつまでカップルごっこ続けるの?今も七宮のこと好きなくせに見苦しいから早く別れなよ。」


良い機会だから、常日頃思っていたことを真桜くんに言ってやったけど、真桜くんからは「あぁ…。」と微妙な反応が返ってきた。


「…佐伯が別れてくれなくて。」


そしてあたしは、真桜くんのその言葉を聞いた瞬間に、佐伯への苛立ちが最高潮に達した。つまり真桜くんはとうに別れを切り出していたのに、あいつはまだ真桜くんの彼女ぶってるってこと??


「…はぁ。真桜くんってほんとどうしようもない男だわ。クソ女の良いようにされてるってことに気付いてるの?」


真桜くんはあたしの発言に、機嫌を悪くするようにむっと唇を尖らせた。何も言い返してこないから、『どうしようもない男』の自覚はあったりして。


「真桜くんと付き合ってて別れたくない気持ちはあたしにもよく分かるよ。真桜くんの彼女ってだけでどれだけ自分のステータスが上がることか。そんなの隣に置いておきたいに決まってるよね。」

「…どうしようもない男とか言ってきたくせになんだそれ。」

「顔だけは良いからねー。真桜くんと付き合いたい子なんて山ほどいるんだから一度別れたらすぐ他の女の奪い合いが始まるでしょ。」


そこまで言って、真桜くんはまた髪をくしゃくしゃと触りながら、地面を見るように下を向いた。


「…でも佐伯はさぁ、多分そういうのじゃなくて…。俺のために付き合ってくれてんだよ。どうせ俺は柚瑠とは付き合えねえし、…不毛な恋してる俺のためを思ってくれてて、俺も佐伯と付き合ったら、ちょっとは忘れられるかと思って…。」

「はい??真桜くんそれ本気で言ってるの??佐伯にそこまでの親切心ないでしょ。不毛なのは佐伯との付き合いの方だからね?」


呆れたわー、なんで真桜くんが佐伯と付き合いだしたのか不思議だったけど今の発言で納得した。あいつも真桜くんの気持ち知ってたんだね。だったら尚更イライラする。佐伯にも、真桜くんにも。


「好きな相手が同じ男だったら不毛なの?恋愛は男女でも叶わないことの方が多くない?叶わないからって好きでもない人と付き合う子いる?真桜くんは単に臆病者なだけなんじゃない?」


同じ男の、友達を好きな真桜くんの辛さはあたしにはわからないけれど、あたしは自分が常に強気だから、なんとなく弱気に思えちゃう真桜くんの恋愛の姿勢が理解できずにイライラした。


偉そうに思ったことをはっきり言って何か言い返されるかなって思ったけど、真桜くんは何故かクスクスと笑い出した。


「そうだな。…俺が臆病なだけだよ。お前いっつも痛いとこズバズバついてくるから聞くのキツイなー。」

「えーごめーん。じゃあ臆病者な真桜くんにひとつ良いアドバイス言ってあげよっか?」

「…なに?」

「七宮は真桜くんの気持ち知ってんのに突き放さないで仲良くしてるんだから、もっと押したらいけんじゃないの?」


…と、真桜くんにそう言ってあげると、真桜くんはゆっくりと口に手を当てながら何か考えるようにあたしを横目で見つめてきた。


「それにあたし七宮に、下心ある目で見られるのが嫌なら友達やめるべきって言ったことあるけど、七宮嫌じゃないって言ったからね?これガチだから。」

「はっ!?お前柚瑠に何言ってんだよ!!」


真桜くんは親切で教えてあげたあたしの言葉に、真っ赤な顔をしてドン!とあたしの肩を突き飛ばした。

あたしはバランスを崩して、「キャッ!」とコンクリートに両手をつく。何すんのこの野郎!と言ってやりたいが、真桜くんの顔面が赤くなりすぎていて、あたしは怒るのを忘れてニヤニヤしてしまった。


まるで恋する乙女のように真桜くんの顔面は真っ赤だ。あたしは決して真桜くんの恋を応援しているわけではなかったのに、この男にアドバイスをしてやることに楽しみを覚えてしまった。


「まあ、だからさ、真桜くんは一刻も早く佐伯と別れなきゃダメ。七宮からしてみると『俺のこと好きって言ってたのに彼女なんか作りやがって!俺のことはもうどうでもいいのかよ!』って感じじゃない?」

「……どうでもいいわけねえだろ、…大好きだよ…。」


真桜くんは膝の上に置いた腕で真っ赤な顔を隠すように伏せた。やだこれあたしも言われたい、ちょっとときめいちゃった。


にやにやしながら真桜くんの赤い耳を見ていたところで、あたしはふと気付く。

数メートル離れたところで、佐伯がこっちの様子を窺っている。

やばい超ウケる、彼氏の動向気になってるの?
あたしはなんだか楽しくなってきちゃって、佐伯の存在に気付いていないフリをした。


「真桜くん前七宮にさ、“俺が誰といてもお前には関係ない”みたいなこと言われてたけどさ、あんなのあたしから見たら七宮が不貞腐れてるだけだからね。」


あたしはこの臆病男を奮起させるために、べらべらと都合の良いことばかりを口にした。
真桜くんが弱気で臆病だから、佐伯みたいな女に付け入られるんだよ。


「…お前の話信用していいのかよ、お前俺の敵なのか味方なのかよくわかんねえんだけど…。」


真桜くんはチラリと顔を上げて、困惑しながらも恥ずかしそうな顔をして、ボソッとあたしに言ってきた。


「はあ?信用しなさいよ!!あたしがわざわざこんな嘘つく必要ないでしょ!」

「ふはっ、まあ確かに。」


バシッと真桜くんの背中を叩きながら言い返すと、明るい笑い声を上げる真桜くん。いつも愛想の無い無表情とか、険しい顔を向けられていたから、さすがにちょっとときめいてしまいそうだ。これだから顔が良い奴は。

あたしは気持ちを切り替えるために、グラウンドに顔を向ける。


「あっ、七宮なんか出るんじゃない?近くで見ようよ。」


次の種目の待機場で七宮が待っている姿を見つけて、あたしは真桜くんのTシャツを引っ張りながら立ち上がった。


「あ、ほんとだ。借り物競走かな。」


興味津々でグラウンドへ歩みを進める真桜くんの視線は、七宮に一直線だ。

そういや思い返せば真桜くんって、入学当初からどこ見てるのかわかんない時がよくあったな。

もしかしたらその時から、もうすでに七宮のこと見てたのかも。って考えたら、あたしは一途に恋する臆病者な真桜くんを、純粋に応援してあげたくなった。

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