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生物の実験で生物室に来ていた俺は、席順の所為で吉川の隣で実験を行わなくてはならなかった。

顕微鏡を覗き込み、実験結果をプリントに記入していた俺の横から、吉川は実験に関係ないことを話しかけてくる。


「ぶっちゃけ七宮ってどういうつもりなの?」

「は?なにが?」

「うわ、絵へったくそ〜。」

「はあ?」


自分でも自覚有りな絵の下手さなのでほっといてほしい。まあそんな俺の実験レポートにはすぐに興味が失せたように、再び話し始める吉川。


「真桜くんとは俺は付き合えないけど友達〜って感じなの?」

「…それお前に関係なくね?」

「どうせそんな感じなんでしょ?」

「仮にそうだったらダメなわけ?」

「それ絶対長く続かないでしょ。」


吉川のその発言に、俺は言葉を詰まらされた。

それは、俺が抱いていた不安でもあったから。

真桜の気持ちに応えられない俺に、いずれは真桜が離れていってしまうんじゃないか、っていう不安だ。


「真桜くんに振られた子は泣く泣く諦めてるのに、あの男は片想いの相手と毎日仲良くしてるのって変じゃない?」

「…人それぞれだと思うけど。」

「言っとくけど絶対あんた毎日下心ある目で見られてるからね。」


…そんなことはもう知ってる。

真桜にキスされそうになった時点で気付いたことだ。


「それが嫌ならすぐ友達やめるべき。」

「…俺別に嫌って言ってねえだろ。」


俺の返事に吉川は一瞬目を丸くして、「あ、そう。」と淡々と頷く。


「じゃあ付き合うの有りなんだ?」

「…んん…。」

「キスするんだよ?あとエッチも。できる?」

「……お前ってさ、やっぱ品がないよな。」

「はあ?品とか今関係ないでしょ。そういうことを考えた上で仲良くしてるのかって聞いてんのよ。好きだったらそういうことしたいのは当たり前なのよ。あんたは今そういう相手と仲良くしてんの。絶対分かってないでしょ?」

「……分かったから、お前もう喋んのやめて。」


キスだのエッチだの、平然とした態度で話してくる吉川に俺は聞いていられなくなって、机に肘をつきながら手のひらで目元を隠した。


「まあ精々悩むといいわ。」

「……だからもう悩んでんだって。」


顔を隠したまま返事をした俺に、吉川は隣でにやにやと笑っていた。これは多分、吉川が真桜に振られた腹いせな気がする。



「柚瑠?さっきからどうした?体調悪い?」


生物室からの帰り道、俺はまんまと吉川に言われたことが頭の中で渦巻き、真桜の隣で口数が少なくなりながら歩いていたところを真桜に心配されてしまった。


トン、と俺の肩が真桜の胸元に当たり、真桜はそんな状態で俺の顔を覗き込むように声をかけてくる。

あまりの近さにサッと真桜から距離を取ってしまった。


「あーなんでもない、ごめん。大丈夫だから。」


人一人分ほどの距離を空けて歩くと、真桜は何か言いたそうにしながらも、何も言わずにそのまま黙って横を歩く。


そして、人気の無い廊下で歩いていた時、真桜は不意に足を止めた。


「…なぁ柚瑠。」


真桜の声に振り向くと、真桜の視線は俺を見ることもなくやや下を向いている。


「…ん?なに?」


ジッと真桜の顔を見つめながら聞き返せば、真桜はスッと視線を俺に向け、やや笑みを浮かべて口を開いた。


「俺が柚瑠を好きってことは、もう忘れて?」

「……え、」


突然すぎる真桜の発言に、動揺した。

忘れてって、そんなの言われても無理だろ。

そう思いながらも、なにも言えずに立ち尽くす。


「…普通に、ちゃんと、友達として接するから。もうあんなこと絶対しないから。」


…あんなこと?抱きしめてきたこと?
…別にあんなのは、どうってこと…


「よく考えたら俺、柚瑠と仲良くできただけで十分だったな。」


真桜はそう言いながらにっこりと笑って、再び歩み始めた。真桜が俺の隣に並ぶと、俺もまた歩むのを再開させる。


俺は真桜の隣を歩きながら、気持ちはずっと動揺したままだ。


今更そんなこと言うのかよ。
じゃあ初めから気付かれないようにしてくれ。
あんなに分かりやすい態度だったくせに。
そんな言葉、今更信用できるかよ。

…真桜のことでいっぱい悩んで考えてたのに。
悩んでた時間を返してくれ。


込み上げてくるのは、怒り混じりの切なさだ。


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