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「七宮〜シャー芯貸してくんない?なくなっちゃった。」

「貸してっつーことは明日返してくれんの?」

「はぁ?なにそれうっざー、わざわざ返さなきゃなんないわけ?」

「じゃあくださいって言えよ。」

「うわ、めんどくさー。」


吉川が俺の前の席になってから頻繁に絡んでくるようになった。相変わらずな態度で口は悪いが真桜相手にぶりぶりとぶりっ子していた時よりは不思議とまだマシに思える。


「てかお前さー、微妙に見えそうになるからシャツのボタンもう一個閉めてくれよ。」

「は?なにー?七宮のえっちセクハラー。」

「絶対そう言うと思ったわ!!でも俺だってな、お前のブラ見たくねえんだわ!!」

「七宮うるさいぞー、あと吉川前向け。」


授業中に吉川と喋っていたもんだから、教師に注意されてしまった。吉川は「は〜い」とあっけらかんとしながら教師に返事をして、俺からちゃっかりシャー芯を受け取ったあとに前を向いた。


吉川の図太い性格には脱帽する。


休み時間になると吉川は席から立ち上がり教室を出て行った。俺は早弁しようと鞄の中から弁当を出していると、吉川の席にやって来た真桜が横を向いて腰掛ける。


「俺がこの席だったら良かったな〜。」


そう言いながら、真桜は俺の机に頬杖を付いた。

ジー、とこっちを見る真桜の顔面が近距離にあるもんだから、なんとなく弁当が食べづらい。


「…なんでよりによってあいつなんだよ。」


卵焼きを箸で挟み、モグ、と口に入れる俺の目の前で、ボソッと不機嫌そうにぼやく真桜。以前白石も吉川には嫌悪感を出しまくりだったが、真桜も大概だよな…って思いながら卵焼きを食べ、続いて白ご飯を口に入れた。



「あれ〜?真桜くん七宮となんの話してるの〜?そこあたしの席なんだけど。どいてくれる?」

「うぐ、っ」


びっくりした…いきなり吉川が自分の席に戻ってきて真桜に話しかけたから驚いて咽せそうになった。


真桜は吉川の声に顔を上げたと思ったら、眉間に皺を寄せ、無言で吉川を睨み付ける。


まるで喧嘩でも売っているような態度でちょっとヒヤヒヤするんだが。


そして案の定、真桜は険悪な態度のまま吉川の胸元を指差して、喧嘩腰に口を開いた。


「お前柚瑠にボタン閉めろって言われてただろ。見苦しいんだよ、それ。」


うわ、その話聞こえてたのか。
授業中だから声のボリュームを下げて喋っていたつもりだったが、真桜には聞こえていたらしい。


吉川は「はぁ。」と鬱陶しそうにため息を吐きながら、大人しくボタンを一つ閉めてから、『はい、閉めましたが?』というような態度で首を傾げて真桜を見下ろした。


しかしまだ真桜は何か言いたげに無言で吉川を睨み付けている。さすがに吉川がちょっと不憫で「おい、真桜顔怖いって。」と小声で突っ込むと、真桜はパッと吉川から目を逸らした。


「どうせ真桜くんは女の子のおっぱいなんか興味ないもんねー。」


しかし今度は、吉川が真桜に喧嘩売るような発言をするから、真桜は再び吉川を睨み付けた。


時と場合によって急に辛辣になる真桜は、今がまさにその時で、「安心しろよ、お前の下品な胸元には誰も興味ねえから。」と言って嘲笑った。


徐々に真桜と吉川との間に流れる不穏な空気を感じ取ったクラスメイトたちが、静かに二人の様子を傍観し始めてしまった。


「はいはい、分かった分かった。そういうことにしといてあげる。あたし真桜くんの趣味知ってるしね〜。さっさと玉砕すればいいのにぃ。」


真桜を煽り続けた吉川の言葉に、徐々に真桜は拳を強く握りしめ、その手は微かに震えている。


さすがにクラスメイトが周囲にいる中でこれ以上の言い合いはまずい。

真桜も口が悪いが吉川も相当だ。
この二人の後ろで呑気に弁当食ってる俺が場違いに思えてきてしまった。


俺はそっと弁当の蓋を閉じて、お茶を飲む。

止めるか。なんと言って言い合いを止めるべきだろう。そう考えていた時…


「てか七宮、あんたも呑気に弁当食べてないでこの男さっさと退かしてくれる?」

「ぐほっ」


良いタイミングで吉川に話しかけられてしまい、俺は思わず口に入れていたお茶を真桜の横顔に向かって吐き出してしまった。

「うわっ!真桜ごめんごめんごめんごめんごめん!」


俺は慌てて真桜の顔面を、鞄に突っ込んでいた汗まみれの汚ないタオルで拭ったが、真桜はちょっとだけ笑いながら、大人しく俺に顔面を拭かれていた。


吉川は苛立ったように俺たちを見下ろしていたが、この時の俺はそんな吉川には気付かなかった。


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