54 [ 55/90 ]
その後の文化祭はまったく心から楽しめず、モヤモヤを抱えたまま時間が過ぎてゆく。
途中から暁人が二組に分かれて回ろうと言い出したから、俺は美亜ちゃんと二人になってしまった。
どうしよう、気まずいな。お互いそれぞれの友達のところにでも合流する?…って言い出そうにもそれもなんだか失礼な気がして、口に出そうとした言葉を飲み込む。
「…うわ、なにあれ。告白大会でもやってんの?」
ふと廊下側の窓から中庭を見下ろすと、男女2人を囲うようにわらわらと人が集まっている。
「ふぅ〜!」と煽てるような声が聞こえてくる中で、男子が女子に向かって手を差し出しながら頭を下げた。
「…すご、男の子が告白してるっぽいね。」
美亜ちゃんもそう言いながら、中庭を見下ろした。
あんな空気の中で告白されるのは俺なら勘弁してほしいな。告白を断ったら雰囲気を盛り下げてしまうの確定じゃねえか。気持ちが無くても告白を受け入れてしまう人だって居ると思う。
女子がどういう反応をするのかが見物で、数秒後には恥ずかしそうにしながらも差し出された手を握った。
周囲ではまた「ふぅ〜!」と盛り上がりを見せ、そんな祝福ムードの光景を見下ろしていた俺の横で、美亜ちゃんが「ねぇねぇ柚瑠くん…、私もね…、」と俺に何か言いたそうに足元を見ながら口を開いた。
あ…やばい、この空気は…。
そう思った瞬間に、俺は告白を断る台詞を考えた。
「柚瑠くんのこと好きで、彼女にしてほしいなぁって思ってて…。」
「あー…でも俺らって、知り合ってまだそんな経ってないよね。…ごめん、まだ俺、美亜ちゃんのこと全然知らねえし…。」
少しの間も無く断ったのはまずかったかな。美亜ちゃんにそう返事をしながら、俺はこんな台詞をつい最近も言った気がしたな…ってふと思った。
『俺ら最近仲良くなったばっかりなんだから、まだまだこれからだろ。』
真桜に『好き』って言われた時に返した言葉だ。
真桜は『付き合って』とは言わなかったけど。
『仲良くなったばっかり』って言ったけど、じゃあ、いつからだったら俺はオッケーなんだろう?
いや、いつまで経っても俺がオッケーの返事ができるとは限らないんじゃねえの?
そんな曖昧なことを言って。真桜の立場になって考えたら、それってすげーしんどいことなんじゃねえの?って、自分で言っておきながら、自分の発言を思い出したら、胸がなんだかズキズキと痛んだ気がした。
美亜ちゃんを前にしながらも、そんなことを考えている自分に、申し訳なくなってくる。
美亜ちゃんは「そうだよね…、これからも友達として仲良くしてくれる?」と無理に作ったような笑みを浮かべて問いかけてくる。
「うん、それは、勿論。」
「…じゃあ、…今日は、ここで。
柚瑠くん一緒に回ってくれてありがとね!」
美亜ちゃんの言葉に頷くと、美亜ちゃんは明るく手を振り、くるりと俺に背を向けて走り去っていった。
自分で告白を断っておきながら、虚無感のような、脱力感に襲われた。贅沢な悩みだろうけど、告白を断る方だってそれなりにしんどいんだよ。
文化祭真っ只中の賑やかな校舎内を、俺は一人フラフラと彷徨う。
文化祭会場とされてない人気の無い教室の前で立ち止まり、意味もなく窓の外を眺めた。
例えばこれからもずっと、永遠に、真桜と“友達”ってポジションで居られるなら、俺がこんなに悩むことはないんだろうけど、それは自分のことだけを考えた場合の話で、真桜の気持ちを考えたら“永遠に友達”なんて苦しいに決まってる。
いつかは真桜の告白に対する返事をしてあげなきゃいけなくて、その時はもう、俺たちが“友達”なんて呼べる関係には戻れない気がする。
そんなことを考えながら、俺は真桜と仲良くなり始めた時期から現在まで、どれだけの月日が経ったのか指折り数える。
テスト週間が7月頃だったから、8月…9月…
「まだ2ヶ月しか経ってないし…。」
こんな短期間で、こんなにやきもきさせられたら身がもたない。
「もういいわ。知らん。どうせなるようにしかなんねえし。」
むしゃくしゃして、俺はダダダッと階段を降りて外に出た。グラウンドの端には、砂場の横に高鉄棒が立っている。
俺は気を紛らわすように、ぴょんと高鉄棒に飛び付いた。
1回、2回、3回…と懸垂をしていると、だんだん腕がキツくなる。
校舎から聞こえる賑やかな声を聞きながら、早く文化祭終わればいいのに。とイライラしながら、暫く高鉄棒で時間を潰した。
[*prev] [next#]