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「柚瑠…、なにやってんの。」


懸垂に疲れて砂場の上でくたばっていると、ザッザッ、と足音をさせながら歩み寄ってきた人物が、俺に声をかけてきた。


「懸垂。」


まさか今ここに来るとは思わなかった人物が現れて、気まずさで顔が見れないままボソッと答える。

すると俺の近くまでやって来た真桜が、俺を見下ろしてクスッと笑った。


「なんで今懸垂やってるんだよ。」

「俺が聞きたいわ。」


誰の所為で回るつもりもなかった暁人たちと文化祭回ることになって、美亜ちゃんに告白されて、振って、俺がこんな陰気な気持ちになってると思ってるんだ。


それは完全に八つ当たりで、ムッとしながら砂場の砂を掴み、バッと真桜の足元に投げると、真桜は「うわっ!」と声を上げながら飛んできた砂を避けた。


「はあ〜あ〜、やめよやめよ。」


もう懸垂なんてする気分ではなくなり、砂場から立ち上がって尻についた砂をぱっぱと叩いて落としていると、「…あの子は?」と遠慮気味に問いかけてきた真桜。


「あの子?誰、美亜ちゃん?さっき解散したけど。」

「…そうなんだ。」

「お前は?」

「…俺は、柚瑠の姿が見えたから。」


まあそうだろうな。って、分かってて聞いたことに、俺は「ふうん。」と下を向きながら無意味に砂場の砂をつま先でいじる。


「なんか食った?」

「…あー、パンケーキと、フランクフルト。」

「うわ、いいな。俺フランクフルト食ってねえよ。」


自分から飯の話を振ったものの、そんな話をした途端に腹が減ってきてしまった。


「真桜、フランクフルト行くからもっかい付き合って。」

「うん、いいよ。」


真桜は俺の誘いに、ふっと笑って頷いてくれた。

時刻は昼時を過ぎた頃で、文化祭が終わるまで残り2時間ほど。


本来なら、こうやって当たり前のように真桜と一緒に文化祭を回っていたはず。俺は多分、そうしたかった。


「お化け屋敷は入った?」

「あ、うん。入った。」

「なんだ入ったのかよー。まあいいや、もっかい入ろうぜ。」

「え?…ちょっ、柚瑠!?」


フランクフルトへ行く前に、さっき行ったお化け屋敷をやっている教室の前を通りかかり、俺はその場のノリで真桜の手を握り、グイッと引っ張った。


二度目のお化け屋敷だから、教室の中がどういう構造かは大体知っている。

脅かしてくるお化け役の生徒は少数で、どちらかというと作り込まれた置き物などの作品を見て楽しむ感じ。


そんな周囲には目もくれず、俺はただただ真桜の手を握り続けて前に進んだ。


出口が近付き、明るい光が差し込んでいるところで、俺はそっと真桜の手を離した。


チラリと横目に真桜を見ると、真桜は困ったような顔をしながらも、その頬は少し赤く、俺と顔を合わさないようにそっぽ向いている。


真桜の手を握ったのは、自分がどうしたいのか、どうすればいいのか分からないから、ただ少し考えてみたかっただけ。

困らせることを分かっててそういった行動に出たから、「ごめん真桜。」と先に謝罪する。


「…俺どうしたらいいのかわかんねえよ。真桜とどういう距離感を保ったらいいのか。普通に仲良くしていたいのに、真桜は変に遠慮とかしてさ。」


こんなことを真桜に言ったところでまた困らせると分かってても、言いたかった。


チラリと真桜の顔を見ると、真桜はやはり困った表情で口を閉じたまま俺を見る。


「文化祭、俺は普通に真桜と回るもんだと思ってたのに。……真桜と回りたかったのに。」


そこまで言うと、まだ困った表情のままではあるけどほんの少し笑みが浮かんだように、真桜の口元は少し上がった。


「勝手に他の奴と回るとか言うな。」


ガン、と真桜の肩をグーで殴りながら、言いたかったことが言えてスッキリしたところで、俺は廊下を歩き始める。


暫くの間、真桜は何も話すことなく、俺の後ろを静かに歩く。

真桜がこの時何を思っているのかは分かるはずもなかったけど、その後フランクフルトを食べている時、真桜が俺の顔を眺めながら、「俺も、柚瑠と文化祭回りたかった。」と言ってくれたから、俺のもやついていた心がようやく晴れた気がした。


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