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天気は快晴だった。まさに遠足日和だ。

いつもより早めに寝て、いつもより早く起きた。

何故なら今日は、遠足だからだ。

あの班決めから、早くも数週間経っていた。

亮太の野田に対する態度は、未だ何等変わらない。


「お、さすが拓真。準備早いな。」


部屋を出ると、せっせと準備を始めてくれている拓真がいた。

前日に学校から近いスーパーに買い出しで買った材料を、冷蔵庫から取り出してくれていたり、割り箸や紙皿なども丁寧に準備されている。拓真はものすごく几帳面だ。


「あ、そっか。今日学校のジャージ着ないといけねえのか。」


拓真の服装を見て思い出す。

山登りだもんな…、と少し苦笑い。

学年事に違う色をした体操服。

3年が緑色で、2年が赤色で、俺達1年は紺色だ。

俺は派手めの色はあまり好きじゃないから、紺色で良かったと思った。


準備が終わった俺と拓真は、亮太の準備を待ち、ようやく終わったところで、荷物を持ち、食堂へ向った。


食堂でご飯を食べている生徒たちの中には、寒いのかジャージの上に上着を羽織っている者もいるが、周りは赤と緑と紺のジャージ姿でいっぱいだ。


山登りの途中でお腹が減らないように、いつもより大目にご飯を食べる。


「っしゃあ!モリモリ食ったぜ。つーか菓子重いんだけど。優半分持ってくれ。」


気合充分の亮太に、お菓子が大量に入った袋を渡される。


「はぁ?嫌だし。亮太がこんないっぱいお菓子買うからじゃん?」


自業自得。と断るも、「お菓子ちゃんとあげるから!」と言って諦めない亮太に折れて、渋々袋を受け取ってしまった。


お菓子いっぱいの袋と、自分の荷物を持ち、食堂を出て学校に向った。


集合場所は学校の校庭だ。校門近くを通ると、バスがズラッと並んでいた。


「あっ!ちょー見てみ、あそこバスガイドいんじゃん!やべぇ、まじ楽しみ!!」


興奮した亮太に、肩をバシバシ叩かれながら、亮太が指差す方向に目をやった。そこには4、5人が円になって、おしゃべりに花を咲かせているバスガイドさんたちがいた。

そのバスガイドさんに、亮太のテンションが一気に急上昇した。お菓子の袋を、馬鹿みたいに振り回している。


「拓真、馬鹿は放っておいて、先集合場所行こう。」


亮太を見てクスクス笑いながら、「うん。そうだね」と返事をする拓真。


「やべ〜やべ〜、あの巻き髪の子俺のタイプ〜」


へにゃりとした表情で、「行くよ!」と拓真に引っ張られながらも、亮太はその表情を崩さなかった。



「1年生にとっては初めての、3年生にとっては最後の、遠足の日がやってきました。晴れ渡る空の下で、高校生らしく元気に、楽しい1日にしましょう。」


生徒会会長だと思われる人物が全校生徒の前に立ち、カンニングペーパーのような小さな紙を持って、かったるそうに挨拶をしている。

派手な髪色をした、いかにも不真面目そうな生徒会長だ。何故こんな人が生徒会長なのだろうかと疑問に思ってしまった。


「じゃあ1年1組から順にバスに移動して下さい。」


生徒会長の挨拶が終わり、諸注意や遠足の終了時間などを簡単に説明されてから、俺達生徒は先生にバスへ誘導された。


「俺達のクラスのバスガイドどの子だろ?巻き髪の子がいいな〜」


ニヤニヤと顔を緩ませて、弾んだ足取りでバスに向かう亮太。


「俺はショートの子が良い。」


さり気なく亮太の話しに便乗してみた。実は俺、ショートヘアーの女の子がタイプだったりするのだ。誰にも言った事は無いけど。


「え!なになに?優も気になる子いんの?つーか優が話しに乗ってくるとか意外!!やっぱいいよな〜女の子は!」


くるっと俺の方を向き、ワクワクと話している亮太。この様子からいくと、亮太は相当女に飢えているらしい。


「あーッやっぱ共学行けばよかった!!」と悔しそうに叫んでいる。

そんな話をしながら、バスに乗り込んだ。俺は車酔いが激しいため、亮太に窓際を譲ってもらう。

全員がバスに乗り込んだところで、バスガイドの子がバス内に現われた。見ればそのバスガイドは、亮太の希望した巻き髪の女の子だった。


「ッしゃあぁ!!!!」


力強くガッツポーズをし、亮太が雄叫びを上げた。その声にびっくりしながら亮太の方を振り向くクラスメイトたち。


「ふふふっ、元気ですね〜!」


口元に手をやりながら和やかに笑うバスガイド。彼女の視線は亮太を捕らえた。


「あ、ども〜」


気を良くした亮太が、頭をかきながら照れ臭そうにそう言った。


「よかったじゃん。じゃあ俺、酔うから寝るわ。」


そう言って腕を組み、寝る体勢をするが、亮太に拒まれる。


「ダメだって!俺暇じゃねぇか!今日だけは絶対寝させねー!!」


駄々っ子のように隣りで騒ぐ亮太。これじゃあ無理矢理寝ようとも亮太が煩くて寝られない。

その後、隣りで「ちょー可愛い〜」とバスガイドの子をずっと褒めまくる亮太に、うんざりしていた。おまけに亮太は、お菓子を食べまくっている。

まじ臭うからやめてくれ…と言いたいところだったが、もうバス酔いでへたばっている俺は、亮太にそれを言う気力さえ無かった。


これから山に登るのかと思うと、憂鬱で仕方ない。





「は〜い到着で〜す!お疲れ様でしたぁ!」


バスが停止して、窓から見える景色は、木々に囲まれた山とガレージ。麓には少々民家が見えた。

荷物を持ち、ぞろぞろとバスを下り始める。
入口付近に立つバスガイドさんの前を通りすぎる時、視線を感じた。チラリとそちらを窺うと、何故か上目遣いでこちらを見るバスガイドさん。


「あ、俺今あのバスガイドちゃんが何を考えてんのか分かってしまった。」


バスガイドさんの前を通過したあと、どんよりした表情の亮太が、気落ちしたように話す。


「は?何って?てか、なんで亮太はそんなにテンション下がってるわけ?さっきまでわーわー騒いでたくせに。」


俺寝たかったのに亮太がうるさくするから…。と皮肉を込める。


「やっぱそうだよな…。男は顔だよな…。俺がどう頑張っても優には敵わねえよ…。」


俺が知ってる亮太ではないみたいに亮太のテンションは低く、傷つけられたように弱っている。


「何言ってんだよ。男が顔なんて、最低な女が言う台詞だって。なぁ拓真?」

「え!?ッそ、そーだよ!亮太にはいっぱい良いとこあるよ!」


突然話をふられて驚いた様子の拓真。


「2人とも…慰めてくれるな…。俺のプライドがぁ!!」


両手で頭を抱えながら唸る亮太。

慰めるなと言われても、こんなテンション下がりきった亮太と山を登るのは嫌だ。そもそも、亮太のテンションが下がった原因は何だ。

バスガイドさんが関わっている事は分かるが、それ以上はわからない。


「あっ!2人とも山登る前にバーベキューの食材を先生の車に預けないと!!」


俺も亮太もすっかり忘れていたような事を、ハッと思い出したように話す拓真に感謝だ。


荷物を預け、身軽になったところで山登りがスタートした。


登り始めたら、ごつごつとした道を歩くことが意外と楽しくなってきた。


「ちょぉ、優!お前ペース速くね!?なんでそんなにイキイキしてんだよ!!」

「ホントだよ、あんなに山登り嫌がってたのに…」


俺の1mほど後ろを歩く2人が、どんどん足を進める俺に向って叫ぶ。


「あ、ごめん。なんか楽しくなってきちゃってさぁ。」


今なら俺、趣味で登山する人の気持ちがわかる気がする。



「あ、優ちゃんと畑野っちと拓真はっけーん!」

やや後ろから、野田の声が聞こえてきた。その声にいち早く気付く亮太。


「やべッ!!アイツだ!」


焦りながら少し前を進んでいた俺に並び、尚もスピードを上げる亮太。完全に、野田から逃げる態勢だ。


「優ちゃぁぁ〜ん!畑野っち〜!」


野田が、バテを知らないかのように俺達の名前を呼ぶ。その距離およそ50mくらいだ。追う野田らに対し、逃げる俺達。正確には、亮太が必死になって逃げている。


「ちょ、あいつ何?あんなに叫んでるくせにまだピンピンしてんじゃねぇか!!まじくたばれや!!」


顔を歪めながら毒を吐く亮太。
その様子はやはり山道を歩いているだけあって辛そうだ。


「ぼ…僕、もう無理だよ…!」


苦しそうにはぁはぁと息を吐きながら、膝をよいしょと持ち、進む拓真。

残念ながら、野田が後ろに居る今、亮太に何言っても歩みを止める事は無いだろう。


「つーかなんで優はそんなに平然としてんだよ!息切れくらいしろよかわいくねえなぁ!!」


何故か亮太にキレられた。
俺はただ、登山を楽しんでいるだけなのに。


「優だけに余裕。とか言っちゃったりして。」


ボケてみた。返されたのは、沈黙と白いまなざしだった。どうやら俺の相手してくれるほど体力有り余っていないらしい。


「まさかこんなにシラけるなんて…。」


普段ボケない俺が、珍しくボケてみたというのに…。もっと極める必要があるらしいな。と、俺はえらく落ち込んだ。



「がんばれー。あと半分だぞー。」


声が聞こえる前方を見れば、学年主任の先生が腕を組み立っていた。


「拓真!あと半分頑張れ!俺手提げ持ってやるから!」


ゼェゼェと荒く呼吸をする拓真の手提げを取る。


「ありがと…、ごめんね優…。」

「優!俺のは!?俺のは持ってくんねーの?なぁゆうってば〜!!」


辛そうにお礼と謝罪を口にする拓真に比べ、だだをこねるように話す亮太は、見たところ全然平気そうだ。


「はぁ?お前全然しんどそうじゃねえじゃん。つーか亮太、鞄の中身もどうせお菓子とかジュースだろ?誰が持つかそんな鞄!」


そう言えば、「うっ…」と痛いところをつかれたように黙り込む亮太。大方鞄の中身は本当にお菓子でいっぱいだろう。


気付けば、野田の声も止んでいた。ようやく追いかける事を諦めたのか、チラリと後方を見ても野田の姿は小さくなっていた。


歩む速度を落とし、拓真に水分補給をさせて一息つかせる。荒かった息も少しは落ち着いたようだ。


「半分過ぎてようやくあいつもバテたか!俺達の勝ーー利。」


どうやら亮太の中では、いつの間にか野田との勝負になっていたようだ。

野田から逃げてただけじゃねーのかよ。とつっこみたいが、何言っても亮太には言うだけ無駄だろうと思い、言いかけた口を閉じた。


さすが男子校の遠足だけあって、ハードではあるが、ここまできたら、あとは根気と気力で頂上を目指すのみだ。


「やっぱ頂上目指すなら1番でゴールしてえよな。」

「「え゙」」


俺の言葉に、2人揃って苦い声を出しながら顔をしかめた。





山登りもやっと、終盤に差し掛かろうとしていた。

ここまで山登りを楽しんでいた俺も、さすがに少しキツい。足が重くなってきた。遠足ということを忘れて、修行にでも来たかのようだ。


「これ終わればバーベキューだぞ、がんばれ拓真!」


頂上目指して必死に足を進める拓真にエールを送る。

「優、俺には?」と言う亮太は、敢えての無視だ。


「うん、頑張る…。でもこれの後にバーベキューって、かなりキツいかも…食べれるかな?」

「言われてみればそうだな。」


と、少し苦笑いで言いつつも、なんだかんだで俺は腹が減っている。


「あ、日野だ。」

「ホントだ。つーかあいつ日高くんに鞄持ってもらってるぜ?最低じゃん。」


背後から会話が聞こえてきた。自分の名前が登場してきた事により、つい振り向いてしまう。

数十メートル後ろで、見たことのある顔触れが、こちらを窺いながら話している。確かあの面々は、いつかの班決めの時に俺と亮太を誘ってきた4人組だ。


「まじうぜーな日野。」

「てかアイツへばりすぎじゃね?」

「2人にちょー迷惑かけてんじゃん。」


背後から聞こえる拓真を罵倒する会話。
本人たちは聞こえないように話しているつもりか知らないが、俺の耳にはその会話がはっきり聞こえてきた。
おそらく拓真と亮太にも聞こえているはずだ。


「なぁ、もしかして拓真って、中学ん時アイツらにいじめられてたりとかしてた?」


会話を聞いていた亮太が、怒りを露わにしながらストレートな質問を拓真にする。


「ぁ…えっ…と…、別に何でもないよ…!それよりごめんね優、鞄持たせちゃって…。僕、もう大丈夫だから自分で持つよ。」


山登りの所為か、背後からの会話の所為か、拓真は酷く辛そうで、今にも泣き出しそうな表情をしていた。


俺が持つ手提げ鞄に手を伸ばす拓真から、ひょいとその鞄を遠ざける。


「これは俺が勝手に好意でやってんだよ。拓真は気にすんな!」


聞こえただろうか、俺の声。

勝手に俺の気持ちをお前らが解釈すんなよ。と言う意味を込めて、奴らに聞こえるように言う。


「優ナイス!拓真わりぃな、変な事聞いて。でも、悩み事とかあるんならいつでも相談してこいよな。」


亮太の言葉に、拓真の大きな瞳から一粒涙が落ちた。鼻をズズッと啜り、「2人ともありがと…。」と鼻声になりながらもお礼を言う拓真。


やはり拓真は、何かに我慢しているらしい。中学時代に奴らと何かがあった可能性が高い。

かと言って、拓真は「何もない」と言うのだから、俺達はただ拓真が話してくれるのを待つだけだ。


「つーかしょーもねぇ事ほざいてんじゃねぇよおめーらなんて故郷に帰れ!このウンコたれが!!」


くるりと後ろを振り向いた亮太が、いつもながらの毒を吐いた。だが、いつもより言葉が少し下品だ。

亮太の言葉にビクッとし、青褪める4人。亮太はといえば、すっきりしたのか何事も無いように持っていたジュースを飲み干す。



「待てーい畑野っち!誰がウンコたれって!?俺はもうウンコはもらしてねーぞ!」


またもや背後から聞こえてくるアイツ、野田の声。


「誰もお前に言ってねーよ!」と焦り呆れる亮太に従って、俺達は再び頂上に向かって歩むスピードを速めた。


結局俺達は、登りも降りも始終野田に追われっぱなしだった。ヘトヘトと野田の後ろを着いて来るマブダチが、何故かとても可哀相に見える。


「拓真、大丈夫か?」


山登りゴール地点である麓で、地面に座りこんで休憩している拓真に、鞄を渡しながら声をかける。


「ずっと鞄持ってもらって本当ごめんね、ありがとう。」


山登りの疲れもあってか、いつもより格段に元気が無い拓真。口数もかなり減っている。


「…も、まじお前何なわけ?しぶとすぎるだろ、ゴキブリ並じゃん?つーかそろそろ俺達に構うのやめろよ!!」


隣りではシッシッと野田をあしらっている亮太。顔がものすごく邪険になっている。


「やーだね。俺、優ちゃんと畑野っちの事、ちょー好きだもーん。」


バチンと俺目掛けてウインクされてしまった。ついつい「は?」と気の抜けた声が出てしまう。少し鳥肌が立った。


「きめえんだよお前!まじ一回逝ってこいや!!つーかむしろそのまま帰って来るな!」


亮太が野田の脳天を凄い力で平手打ちした。うわー痛そう。と俺はただの傍観者。

よくもまぁ毎度毎度亮太に酷く扱われてまで構ってられるなぁ。と少し野田を尊敬する。

俺なら無理だ。亮太にあそこまで言われたら、もう次の日には話し掛けやしないぞ、絶対。


「もー、畑野っちって優ちゃんの番犬みてえ!これじゃあ俺、全然アピールできねえじゃーん。」

「いや、しなくていいから。」


野田の言葉に、間髪を入れずに突っ込む。

そんな俺達を見て、クスクス拓真が笑っていた。

とりあえず笑う元気はあるみたいだなと、一人安心する。


先生の指示に従って、登山を終わらせた生徒らは、次々に少し離れた場所にあるバーベキューをする川原へと移動した。

ここからは嫌でも野田らと一緒に行動しなければならない。亮太はものすごく不機嫌だ。


「そう言えばさっき拓真、またあいつらに何か言われてたよな?あいつらも幼稚だよなぁ〜。」


ふと思い出したように、野田が意味あり気な事を言い出した。


「う…、うん…。いいよ別に…何言われても…。」


苦笑いで、そう話す拓真。


「よくねえって!拓真、何があったか知らねぇけど、まじでよくねえって!」


野田と拓真との会話の間に、亮太が勢いよく割って入った。


「わぁ、畑野っち顔必死。」

「うっせえ!」


またもや野田に手をあげる亮太。野田の要らない突っ込みに、話が逸れそうになる。



「拓真、言えない話なら無理に今言わなくていいからな?拓真の話ならいつでも聞くし。」


隣りで野田と亮太が言い合っている最中、反応に困っているらしい拓真に言い聞かせる。


「優…、ありがと。なんか僕、2人には迷惑かけっぱなしだな…。」

「迷惑とか思ってないから。安心しろって。」


落ち込み、俯く拓真の頭をクシャクシャと撫でる。


「うわっ、優ちゃんってあれ素?」

「あ?あれが計算だと思えるか?」

「だよな。これだから無自覚は怖いよな〜。俺が優ちゃんにあんなに優しくされた日にはもう、……優サマーッ!ってなっちゃう!」

「きめぇ!!『なっちゃう〜』なんてその口でほざくなよ!カマかてめーは!」


ドカッと亮太が、野田の尻に蹴りを入れた。イヤン!とオカマな声を上げながら、野田が地面に突っ伏した。


「亮太容赦ねぇな…。野田、亮太に今度は何言ったんだよ。」


半ばその光景に呆れながら、倒れる野田を見下ろしている亮太の横へ移動する。


「優ちゃん!俺を優しく引き起こして〜!!」


俺を見上げながら、両手をこっちに伸ばしてきた野田。さすがにこれには参った。


「きも…。」


一歩後ろに下がって、体を引いた。

行き場に困った野田の両手が、そのままカチリと固まっている。野田本人はと言えば、避けられた事にショックを受けたのか、口をぽかんと開けて両手と同様に野田自信も固まっていた。


「ぶぁッ、ははははははッ!やべ、まじその顔サイコー!写真撮ってい?」


カシャッと携帯片手に、「撮ってい?」と聞きながらも既に野田の顔面を撮影している亮太。清々しいくらいに大爆笑している。野田のマブダチ2人にも笑われている。

十分固まり終えた野田は、ダランと両手を下げ、立ち上がった。


「優ちゃんひでー!俺の硝子のハートが…。今ミシミシ言っている…。」


両手で胸を押さえる野田。どこが硝子のハートなのだろうか。


「さ、拓真。俺達は先に肉でも食べにいこうか。」


くるりと野田に背を向けた。

亮太は未だ、ガハガハ笑っている。どツボにハマったらしい。


用意されたバーベキューセットの前に向かい、俺はさっそく火をつける事にした。


「あ、そういやマブダチくん、荷物ありがとう。取って来てくれたんだよな?」


登山前に担任に預けたはずの材料が入った物を、マブダチ2人が手分けして持ってくれていた。知らぬ間に取りに行ってくれていたらしい。


「あ、うん。…てか、マブダチくんって…?」


肯定したあとに、微妙な顔つきで聞かれてしまった。ついつい2人をマブダチくんと呼んでしまった俺。もうこの2人は、マブダチで執着しているのだ。


「野田のマブダチだろ?だからマブダチくん。」

「え、俺坂田って言うんだけど…」

「俺松本…」


名前で呼べよ、と言われているような雰囲気で、自己紹介をされた。

「あ、そうなの?」と言いつつ、ぶっちゃけこの2人の名前なんてどうでもいい。なんてったってこの2人は、“マブダチ”という呼び名がとてもしっくりきているのだから。

もうマブダチでいいだろ。



網の上で焼かれた肉や野菜が、良い匂いを漂わせている。

俺は迷わず、とうもろこしに手をつけた。

小さい大きさに分けたとうもろこしに、次々と手をのばす。


「ちょ、優とうもろこし食いすぎだろ!」


次のとうもろこしに手をつけようとした時、肉ばかり食べている亮太に突っ込まれた。俺は知っているんだ。亮太が未だに、野菜に手をつけていない事を。


「亮太だって肉しか食ってねぇじゃん。」


人を注意する前に、自分はどうなんだ!と亮太に言い返す。俺は何言われたって、ひたすらとうもろこしを食べるさ。それほど俺は、とうもろこしが好物なんだ。


「優ちゃん、1個言わせてもらって良い?」


亮太に、お前は肉食うな! と言われて、野菜ばかり食べていた野田が、おずおずと俺に聞いてきた。


「なんだ?」


どうせろくでもない事だろ?と思いながら、ひたすら俺はとうもろこしを頬張る。
これでもかというくらいとうもろこしを食べる。


「とうもろこし食ってる優ちゃん、ちょ〜ぉ可愛いんですけどーッ!!!」

「……は?」


何言ってんのコイツ。

一旦とうもろこしを食うのをやめて、野田を白い眼差しで見てやる。


「……僕もちょっとそれ思った。」


あろうことか拓真まで、野田に便乗してきた。さりげなくボソッと話す拓真。


「男に可愛いなんて、失礼極まりない言葉だぞ。って事で、野田と拓真にとうもろこしは食わせねぇ。」


網の上にバラバラに置いていたとうもろこしを、俺の前だけに固め、野田には人参がお似合いだと野田の皿の中に人参を放り込む。人参は俺の苦手な食べ物トップ10に入るのだ。


「優ナイス!お前人参まじ似合うな!全部食っちまっていいぞ!」


肉をもぐつきながら話す亮太は、きっと野菜嫌いだ。そんな亮太の発言に、笑う拓真とマブダチと俺。

いつものように「畑野っちひどい!」と喚く野田。なんだかんだ言って亮太と野田は、これでコミュニケーションが取れているような気がする。


野田は、ウザくてキモいが、悪い奴じゃない。

ちょっと変態っ気を抜いてくれれば、それなりに付き合っていける。…と思う。

拓真を悪く言うあの4人組に比べたら、野田なんてまだマシなもんだ。


「あ!俺、マシュマロ買ってきたんだった!みんな食うよね!」


そう言ってマシュマロを串刺しにして、火で炙る野田。


「ちょっと待ちやがれぃ!俺もマシュマロ買っといたっつーの!同じ班で被らせんじゃねぇよ!」


亮太が自分の鞄から、野田が持つマシュマロとまったく同じものを取り出す。


「いやん俺たち、超気ぃ合うじゃ〜ん?」


亮太に何言われても相変わらずの野田は、結局亮太に殴られる始末。野田はMっ気があるのだろうか。

しかし、2人が持ってきたマシュマロ2袋は、6人で食べればあっという間に無くなり、結果オーライだった。



そうして、俺達が高校に入学して初めての行事である遠足は、あっという間に終了した。

寮に帰ってからの俺達はすぐさま風呂に入り、山登りでの疲労があってか、倒れるように眠りについた。


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