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食堂内にずらりと並べられたテーブルと椅子には、ちらほらとだけ食事をしている生徒が居るが、昼時は終了しているためガランとした雰囲気だった。


「なに食おっかな〜。」


ウキウキとメニューを見て呟く亮太。今にもよだれが垂れ落ちそうな勢いだ。


「俺、無難にきつねうどん。亮太、先座ってるからな。」


食堂のおばちゃんにうどんを受け取り、未だ悩んでいる亮太を置いてテーブルに向かう。

しばらくしてから、カレーを持った亮太が俺の正面の椅子に腰を降ろした。


「にしてもこの時間帯食堂ガランガランだなぁ。人全然いねえじゃん。」


カレーをもぐつきながら辺りを見渡す亮太。


「だな。…あ、そういや日野も誘った方がよかったかな?何も言わずに来たけど。」


ふと思い出し、何気なしに日野の名前を口にすれば、亮太の表情がムッと不機嫌になるのが分かった。


「俺あいつ嫌い。」


ツンとした態度で日野の事をあいつと呼ぶ亮太。俺はそんな亮太に苦笑い。


「まぁまぁそう言わずに。これから1年間同じクラスメイトなんだからさ。仲良くしといて損ないって。」

「いや、あいつとはまず俺の性格的にも仲良くできるタイプじゃねえ。だって、俺がちょっと突っ掛かっただけであいつ泣いたんだぞ?何歳児だよ。なんか俺が悪者みてえだし。もうぜってー仲良くできねえあいつとは。」


ひどく日野を嫌悪する亮太に、俺は圧倒されつつある。


「あ、でも亮太、俺の部屋に居候するんだろ?嫌でも日野と顔合わすぞ?」

「大丈夫。優の部屋に籠るから。あ、少しずつ俺の私物増えると思うからよろしく。」


遠慮を知らない亮太の返事に、俺は少し呆れてしまった。かと言いつつ、別に亮太が居候する事に関しては俺も楽しそうだから特に文句はねえけど。


「それじゃあ飯も食った事だし、部屋戻るか!」


カレーライスを平らげて、満足そうに話す亮太に頷き、俺たちは昼食を終えて食堂の出口に向かう。


「げっ…!」


入口から数人の生徒がやってきて、亮太が顔をしかめて嫌そうな声を上げた。


「あーっ!畑野っちじゃーん!なんだ、どっか行ったかと思ったら畑野っちも食堂来てたんだー!」


数人の生徒のうち、1人が馴々しく亮太に話し掛けてきた。

反射的に俺の後ろに隠れる亮太に、俺はこいつが誰かわかってしまった。


「もしかして亮太の同室のやつ?」


相手に聞こえない程度の小声で聞けば、うんうんと首を上下させる。

第一印象は、かなりのチャラ男だ。茶色い髪にピアスをつけている。こいつが亮太にねぇ…なんて、品定めのように相手に目をやれば、バチッと目が合った。


「あっ!イケメンくん!!確かあの“タミオ”を命名した俺と同じクラスのイケメンくん!!」


俺を指を差しながら、なにやら亮太の同室者は大声を上げた。


「なんだよイケメンくんて…。からかってんのか?んで、タミオは忘れてくれ。てか指差すなよ失礼な奴だな。」

「そーだぞ!失礼だろ!優に近付くなよ、変態が移るだろーが!!」


俺の背中にくっついたまま、顔だけ出し、シッシッと虫を払うような動作をする亮太。


「いやぁ、まじでちょーイケメン!畑野っちも好きだけど、イケメンくんはまじで面食いな俺好み!あ、俺野田 知樹ってゆーの。よろしくね〜」


亮太の言葉もまるで気にせずベラベラ話す、野田と名乗る亮太の同室者に、返す言葉も見つからない。


「おいお前!何考えてるか知らねぇけど、優に変な事すんなよ!俺が許さねえぞ!」

「“お前”じゃないでしょ?“知樹”って呼んでって言ったでしょ?」

「誰が呼ぶか!!お前なんかトモキじゃなくてホモキだろーが!!」


亮太が野田の名前を、どうやらホモとかけたらしい。それに思わず、「ぷっ」と笑ってしまった。


「んも〜畑野っちたらそんな事言って。優ちゃんも笑っちゃってるじゃんか〜。」


ホモキと言われた事をさして気にしない野田。

…ってか優ちゃんってなんだ。その呼び方は、ばあちゃんにしか呼ばれた事の無い呼び方だぞ。


「おいホモキ!優ちゃんなんてお前が呼ぶな!キモい!つーかまずお前は優の名を呼ぶな!!まじ変態が移る!」


尚も野田をぞんざいな扱いをする亮太。よっぽど野田の事を嫌っている。


「あ、てか野田、お前亮太を押し倒して唇身体に押し付けてきたらしいな?ホモキか何か知らねぇけど、次そんな事したら俺も許さねえぞ。」


忠告とまでに、と野田に告げる。


「やだなーそんな固い顔しちゃってー。ちょっとした親睦会よ!」


そう言いながらはっはっはっと笑っている野田に、少しの怒りを覚えた。


「何が親睦会だよ!お前ばかじゃねぇの?まじでこいつ頭沸いてる。もう行こーぜ優。こいつと話すだけで口が腐るわ!」


俺の腕を引っ張りながら食堂の出入り口の取っ手を掴み、あっかんべーと舌を出す亮太。


「畑野っちと優ちゃん、またね〜!」


懲りずに呑気に手を振る野田。明日からコイツと同じ教室で授業を受けるのか…。と、少々やるせない気持ちになった。


俺たちが帰ってくるのを待っていたかのように、部屋に戻れば日野がリビングに顔を出した。


「日高くんと…畑野くん、」


小さい声で俺と亮太を呼ぶ日野。どこか怯えたような気がするのは気のせいではないだろう。


「ん?どうした?」


振り返り聞けば、目を彷徨わす日野。隣では亮太が苛立っているのがわかる。


「ちょっと亮太、日野がお前に怯えてるだろ。その眉間の皺を隠せ!」


小声で指摘すれば、「なんで隠さねぇといけねんだ。」と反抗する亮太。仕方ない、と日野に向き直る。


「…さっきは、ごめんね、…わがまま言って。…それで、あの…僕、畑野くんとも友達になりたいんだ…。」


ポツポツと話す日野は、やはり亮太に怯えているようだ。日野の視線は、チラチラ亮太を見ればすぐ視線にどこかへ彷徨わせている。

対する亮太は突然謝罪をされ、友達になりたいと言われ、返事に戸惑っているようだ。


「…うん。まぁ、俺もごめん。」


散々返事に悩んだ末、亮太も謝罪を口にした。何だかんだ言いつつ、反省してるのだろう。


「もう俺の前で泣くなよな、…うぜーから。」


…と思いきや、視線をぷいっと逸らしながら言う亮太。


「ぅ、うん!」


焦りながらも今までで一番大きな声で日野が頷いた。


「じゃーわかった。しゃーねぇからよろしくしてやるよ。」


そう言って亮太が、片手を日野の前に差し出した。これはアレか、和解の印。


「うん…、よろしくね、畑野くん!」


さっき亮太に、俺の前で泣くなと言われた日野だが、目を潤ませて亮太の片手を取った。
どうやら日野は泣き虫らしい。


「つーか畑野くんってやめろ、畑野か亮太でいいから。」


和解を済ませた亮太に、眉間の皺はもう無い。さっきは仲良くなれないって豪語してたけど、仲良くなれない、って言うより言い換えれば、素直になれない、の方が俺的にはしっくりくる。


「あ、じゃあ僕、亮太って呼ばせてもらう!」

「俺の事も優でいいよ。」


日野に続いて俺もそう言えば、笑顔になり、大きく頷いた。


「んでさぁ、今さらなんだけどお前の名前は?」


本当に今さらな質問を、何食わぬ顔でする亮太。


「僕は日野 拓真。…拓真って呼んでくれたらいいな…」


頬を少し赤らめて話す日野、改め、拓真。照れてるんだろうか。その姿さえもまるでチワワだ。


「よーし、じゃあ拓真。とりあえず茶ぁ出せ!」


何を言い出すかと思えば、リビングの角にある小さな冷蔵庫を指差して、そう命令する亮太。


「っておい!仲良くなったかと思えば、何いきなりパシってんだよ!」


亮太のデコをパシンとはたく。


「いってえ!優何すんだよ!!いてえだろ!」


俺にはたかれたデコを片手で擦る亮太。自業自得だな。


「ふふっ、はいお茶どうぞ!」


俺達がそんなやり取りをしている間に、2人分のパックのお茶が差し出された。


「拓真、わざわざ亮太の言う事聞かなくてよかったんだぞ?」

「ううん、これは僕からの気持ちだよ!」

「うぉー!お前実は言いやつだったんだな!んじゃ有り難く頂戴するわ!」


そう言うと亮太は、勢いよくお茶を飲み出した。

亮太に呆れつつ、無事険悪な空気が無くなり、こうして新しく友達ができた事に、ひとまず安心してホッと胸を撫で下ろした。



拓真と亮太が仲良くなってからの午後は、部屋でまったり過ごし、3人で食堂に夕飯を食べに行き、風呂を済ませ、特に変わった事もなく高校入学初日を終えた。


亮太はと言えば、制服や下着などの衣類や通学用の鞄、布団と枕までもを、野田の目を盗んで俺の部屋に移動させていた。

どうやら野田からの逃避に真剣らしい。

床で寝れるのか?と尋ねたら、俺は何処でだってぐっすり寝られるんだ。と豪語していた。

だから俺は特に何も亮太の行動に口を挟まない事にした。


「じゃあ亮太、電気消すぞ。」

「おう!」


お互い寝る準備に取り掛かり、亮太の返事を聞き、部屋の電気を消した。


「なんかこういうのいいな。」


暗闇になった部屋に、亮太のどこか弾んだ声が聞こえる。


「あれだな。お泊まり会、みたいな。」

「そうそう!恋話とかしちゃったりしてさぁー」


俺の返事に、ますますテンションを上げる亮太。つーか恋話って…俺らは女子か。


「優は、彼女とかいる?」


さっそく亮太が、恋の質問をし始めた。


「いねえよ。」

「いねえんだ!?意外!じゃあ、いた事は?」

「………ある。」

「そりゃそうだよな、優だし。何人くらいと付き合った事あんの?」


亮太からの質問責めに特に隠す必要も無く、素直に答える。


「3人。だったかな。何?俺ってタラシにでも見えるわけ?」

「や、タラシっつーかぁ、優は女子から人気だったんだろーなぁーと思ったんだよ。」

「何を根拠に言ってんだよ。つーか俺の恋話なんか面白くねえからもう寝ようぜ。」

「えー、面白そうなのに。しゃあねえ、寝るよ。おやすみ優。」


そこで俺と亮太の会話は途絶えた。


入学初日はなかなかに疲れたらしい。俺はすぐに眠りについた。


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