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ひとつ、大きな欠伸をした。ちらちら視線が俺に向いている気がするが、ただの俺の自意識過剰って事にしておこう。なんて大きな欠伸をする人なんだ、と勝手に思ってくれて構わない。俺は今すこぶる眠いんだ。なんてったって、今日の俺は早起きだから。
これから高校の入学式。
あっという間に高校生に育っていた俺。
知らない間に170cmを越えていた身長。
時が過ぎるのは、早い。
俺が通う高校は全寮制の男子校で、今年この高校を卒業した兄貴が居るから、という単純な理由でここの高校に入学を決めた。
兄貴の制服やローファーなどを無駄にしなくて済む、という俺の思いやり………ではなく、ただ単に母さんが「そうすれば?」と言ったから俺はそうしただけ。
俺は感情に流されやすい。
明確な夢も目標も無く、今まで気侭に過ごしてきた。
きっと、これからもそうやって気侭に過ごす。
何事も無く、平和に。流されながら。
でも、この高校生活で、
少しでも成長できればいいなと思う。
お偉いさんが壇上で何やら話をしていた。
「入学おめでとう。晴れて君達は、今日からここ、西ノ森高校の一員だ。」
『西ノ森高校』
それが、俺が今日から通う高校の名前だ。聞こえてくる話を聞きつつ、襲ってくる睡魔に俺は敵った事は無い。
子守歌のような話し声。薄れる意識。カクンと俺の首が傾いて、誰かの肩で支えられた。が、時既に遅し。早くも俺は、この強烈な睡魔にやられてしまった。
「…ぃ、…ぉぃ、…おいっ!」
「……ん、」
目を開けた瞬間、視界に映る男子生徒の顔面アップ。…ん?誰だろう、この人は…
あれ、今は…、あ、そう。入学式だ。
…あれ、俺…
「寝てたのか。」
「そうだよ!お前寝てたんだよ、俺の肩借りてな!もうすぐ新入生退場なんだって!寝ぼけてないでシャキッとしろよ!」
隣りに座る生徒は、どこか声を抑えたようなコソコソした話し方で俺に注意をしてきた。
「あ…、ごめんなさい。」
とりあえずこの生徒を見つめて誠心誠意謝罪すれば、この人は顔を赤くして「わかればいいんだよ!」と言って前を向く。いけない、どうやら俺は相当この人を怒らせたみたいだ。
入学式が行われていた体育館を退場すると、俺はさっきの人の肩をつんつんっとつついた。
「…なっ、なんだよっ!」
驚いて振り向くその生徒。
そしてやはり顔は赤い。
「いや、なんかすっごい怒らせたなと思って。さっきはごめん。」
もう一度、素直に頭を下げて謝った。
これで許してくれるだろうか?
チラリと相手の表情を窺う。
「…っば、ばか!別にそんなに怒ってねえよ!!」
「あれ?そうなの?」
なんだ、そうなのか。
てっきり怒ってるのかと思った。
「ところでキミは誰?」
そして俺達はこれから何処で何をして、いつ帰れるのだろう。疑問だらけでまずはひとつ目の疑問を問いかけた。
「俺は畑野 亮太(はたの りょうた)。どうせお前とは席も前後だろうから仲良くしてやるよ。」
顔をそっぽ向けながら名前を教えてくれた畑野君。なかなか口が悪そうな少年だ。顔は依然として赤いまま。
「あれ?そういや何で席が前後ってわかんの?」
「何でって名簿順だろーが。お前馬鹿かよ?」
「あ、そっか。てか畑野君やっぱりさっきの事怒ってるだろ。顔真っ赤だぞ?」
そう口にすれば、さらに畑野君の顔が赤くなった。
「怒ってねえっての!それよりお前も自己紹介くらいしたらどうなんだ!?」
「本当に怒ってねぇの?ならいいけど。俺は日高 優。」
「優か。よろしくな。俺の事は亮太でいいから。」
「うん。亮太、一年間よろしくな。」
「一年間だけかよ!来年クラス離れたらよろしくする気ねーのかよお前は!!」
どうやら亮太はツッコミ気質だ。そして、よく喋る。そしてそして、顔が赤い。大丈夫なのだろうか。熱とか風邪とか。
とりあえず俺は早くも友達ができた。よく喋る柴犬みたいな人だ。残念ながら犬は苦手だけど、犬似の人間なら大丈夫、可愛らしい。
亮太と話しながら、皆が向う流れに従って歩いていると、知らぬうちに教室に着いていた。
1年2組。ここが、俺たちの教室のようだ。
「なぁ、友達になろうぜ?」
「俺も俺も!」
「つーかすげえ男前だな!」
教室に足を踏み入れたら、3人の生徒に一斉に声をかけられ、ちょっとリアクションに困ってしまった。先にスタスタと教室の奥に足を進め、自分の机を確認し、席に着く亮太。
「あ、うん。よろしく。」
そう一言だけ言って、俺は亮太の後を追い、亮太の後ろの席に着く。
「あいつら馴れ馴れしすぎ。俺ああいう奴等まじ無理。」
俺が席に着いたのを確認すると、亮太が身体ごと俺の方に向けてなにやら不機嫌そうに話し出した。
「あいつらどう考えても下心満載で優に近付いてるし。」
「…ん?下心…?男が俺に?」
「俺知ってんもん。この高校、小中学からの持ち上がり組がいて、ずっと女と接点無いからそいつらほとんどが男同士でも普通に恋愛してるらしい。だからあの3人、すっげー仲良さそうだし、絶対持ち上がり組だ。優、気をつけろよ。口説かれんぞ!」
妙に真面目な顔付きで話す亮太。
気を付けろって言われてもなぁ…
「大丈夫だろ。そういうもの同士で仲良く、ってな?」
「…はぁ。優は分かってねえなぁ。そんなんで襲われても俺知らねえからな!」
ムキになったように話す亮太。
襲われる?
悪いが俺には、亮太の発言の意味がわからない。
「まぁまぁ落ち着いて。あ、ほら。先生来たぞ。」
「もう!!」
まだちょっと言いたそうだけど、亮太は仕方無しに前に向き直った。
教室に入ってきた先生は、スーツを身に纏った、爽やかな人だった。よかった、ジャージを着たような暑苦しい熱血タイプじゃなくて。
「なぁなぁ優!めっちゃ爽やかじゃね!?担任!俺ハゲたおっさんイメージしてたわ〜!」
ウキウキとまた俺の方を振り向き話し出す亮太。
「俺は体育会系なごっつい先生イメージしてたよ。」
そう言うと、そんな俺達の会話が先生に聞こえたようで、「俺、一応体育担当なんだけどな。」と爽やかな笑顔で返された。
「さてと。みんな席につけよ〜。」
先生が教室の中を立ち歩いている生徒に呼び掛けて、ホームルームが始まった。
「俺は今日から、このクラスの担任になる富田 厚史(とみた あつし)です。体育担当なんで、体育祭と球技大会は頑張ってもらうぞ〜。」
そう言って教室を見渡す富田先生は、やっぱり爽やかだ。
「富田先生だからトミーだな!」
またもや俺の方に振り向く亮太。
「あ、じゃあトミタだからタミオとかどう?」
「優ネーミングセンス悪すぎー。」
え、自信あったんだけどな。
「どうしたんだ?…えぇーと、畑野君?」
亮太の声が予想外にでかかったのか、先生に気付かれてしまった。
「えっとー、先生のあだ名考えてたんすけど、優がタミオとかどうだ、なんか言ってきて。」
亮太が後ろをチラチラ見ながら俺を指差して、淡々とそう述べた。
ちょっと待て、“ネーミングセンス悪すぎー”って亮太が言ったくせに、何もみんなの前で公開しなくても…。
恥ずかしくなって、俺は顔を俯せた。
よし、そうだこのまま眠ろう。
「…タミオかぁ。うん。良いね、タミオ。それでいこうか。」
「え!?まじすか先生!」
亮太が驚いて声を上げた。
俺もつい、あまりに予想外の反応に、ガバッと顔を上げる。
「日高、優くんね。覚えとくよ。」
そう呟きながら俺を見る富田先生。
そして、富田先生のあだ名が“タミオ”になった。良いのか先生。俺がつけたネーミングセンス最悪なあだ名で…。
なんだかんだでホームルームはあっという間に終了し、後は入寮だけだった。
この学校は、全校生徒が寮で生活しているらしい。だから俺も、必然的に寮生活だ。
「噂で聞けば寮の部屋って2人部屋らしいんだよね。同室者誰なんだろ?緊張すんなぁ!!」
横では亮太がベラベラと話しながら俺に寮への道のりを教えてくれている。どうやらパンフレットを見て覚えたらしい。
「あ、じゃあさ、俺ら一緒の部屋だったりして。名簿順とかだったら。」
「おぉ!有り得る!いや有り得てくれ〜!優と同室がいいな!」
両手をギュッと握り合わせて、顔の前で願いだす亮太。なんだかそれが可愛らしくて、クスッと笑ってしまった。
「…っな、なに笑ってんだよ!」
笑われたからか顔を赤くしてこっちを見る亮太。両手は依然として合わせたまんまだ。
「いやぁ、亮太可愛いなぁと思って。」
率直にそう伝えると、さらに亮太の顔が赤さを増した。
「ばっ、ばかやろ、可愛いなんて男に言うことじゃねーだろ!殴んぞ!」
その言葉を口にした時、ようやく亮太は両手を離して、俺に拳を向けてきた。
「照れんな照れんな。」
ポンポンと亮太の肩を軽く叩き宥めるが、どうやら俺は宥め方を間違ったらしい。
「照れてねえよ!!」
そう叫んで、亮太はズンズン先を歩いていった。
これはアレだな。ツンデレとやら。
俺はそんなツンデレの亮太の後を追い、寮を目指した。
*
「はい、じゃあ次の人〜。」
入寮の受付をしている生徒が呼ぶ声に従って、俺達は前に進む。
「じゃあ名前とクラス、出席番号言ってね。」
俺達の番が回ってきて、聞かれた事を答える。
「はい、じゃあこれが君の部屋の鍵ね!無くさないように。」
上級生だと思われる生徒から鍵を受け取る。鍵には、部屋番号だと思われる数字が書かれていた。
「優!何番何番!?」
「俺3124。亮太は?」
「まじか…。俺3123…。1個ずれた…。やっぱ名簿順だったんだ…。」
俺の番号を聞き、肩を落とす亮太。
ということは俺と同じ部屋の人間は、俺の後ろの名簿のやつか。
…ん?どんな奴だっただろう。名簿が前の亮太の印象が強すぎてまったく覚えてない。
「部屋変わってもらえねえかな?交渉してさぁ!」
良い事思い付いたとでも言いたげな亮太は、「ちょっとあの受付に聞いてみよ!」と言って、駆け出した。
しばらくすると、笑顔で戻ってきた亮太。
「優!良いんだってさ、無理矢理じゃなかったら!あとちゃんと管理室に報告だけするようにって!」
「そんなに俺と同室がよかったのか。」
茶化すように亮太に言えば、お馴染みの反応が返ってきた。顔を赤くして。そして…
「わりぃかよ!」
ツンデレ亮太のご登場だ。
「クククッ…亮太まじ可愛いー。ツンデレだツンデレ。」
俺はこの、ツンデレ亮太を見るのにハマってしまったようだ。
「なんだツンデレってバカにしてんのか!?だいたい優がわりぃんだぞ!お前自覚してんのか!?そんな顔して人誘惑して!!」
「…ん?」
自覚?誘惑?そんな顔って、どんな顔?
「あたもうわからなくていいから部屋行くぞ!!」
亮太に促され、部屋に向かった。
「ここだ、俺の部屋。どうする?亮太交渉するんだよな?」
俺の部屋である3124号室の前にたどり着き、亮太に訪ねる。
「おうよ、鍵貸せ!俺が先入る!」
亮太に鍵を渡し、ガチャリと鍵を差し、扉を開け部屋の中に入る亮太に続く。
洗面所らしき扉と、個室らしき扉が2つ、共有スペースが少しだけあって、なかなか快適そうな部屋だ。
部屋に入ってすぐのところに、2人分の段ボールが置いてあった。段ボールの数は5つ。
そのうちの2つはおそらく俺のものだ。
「優の同室者はまだか。」
部屋を見渡しながら呟く亮太。
「みたいだな。んじゃ俺ちょっと昼寝。同室者来たら起こして。」
もう俺ね、眠くて眠くて…。
「まじかよ優!寝るんかよ!!俺暇じゃねぇか!!」
亮太のそんな声を聞きつつも、俺は固いフローリングの床に寝っころがって、眠りについた。
*
「…ねぇ、…ねぇ起きて!」
「…ん、」
身体を揺すられながら声をかけられ、俺は眠りから覚めた。パチリと片目を開ければ、そこには亮太ではない人が。
「…ぁ、…もしかして、同室の人?」
寝起きで働かない頭を必死に動かし、そう判断してその人に訪ねる。ついでにチラリと辺りを見れば、俺の横にゴロンと横になって、亮太も眠っていた。
「うん、そうだよ!僕、日野 拓真(ひの たくま)。よろしくね?」
寝転んだままの俺の手を取り、握手する日野君。クリッとした目をしていて、髪の色も淡い茶色で、まるでチワワみたいだ。
「俺、日高 優。」
「うん、知ってるよ!みんな日高君の事かっこいいって話してるし。僕、日高君と同室になれて嬉しいなぁ。」
まじまじと俺に視線を向けながらそんな内容を話す日野に、少々たじろぐ。
え、…………かっこいい?
男子校でもそんな女子みたいな話すんのか。
…あ、そっか。あれだ、小中持ち上がり組の事か。
やっぱ亮太の言ってた事、おおよそは当たってたのかもしれない。
「…あ、そだ。おーい亮太!同室者来たぞ!」
ふと肝心な事を思い出し、俺は隣で眠りこけている亮太を叩き起こす。ってか立場逆転してるぞ。俺が起こしてって言ったのに。
「ぅーん…あ、俺寝てたぁ?」
「おう。ばっちり寝てたぞ。んで、あれだろ?交渉すんだろ?」
体を起こし、大きく伸びをする亮太に、本来の目的を述べる。
「あ!そーだった!なぁお前、俺と部屋変わってくんねぇ?ちゃんと許可取ってあるし!」
日野の存在を確認して、さっそく交渉を開始した亮太。
「え……、」
すると日野は、眉を顰めて返事に困っている。
「お願い!あとでちゃんと管理室に言いに行くから!…って、優も寝っころがってないでちゃんと頼んでくれよ!」
バシッと亮太に頭を叩かれ、仕方なしに日野の前に座り直す。
「段ボールならちゃんと亮太に運びなおさせるよ。」
「おいおい、それは優も手伝うだろ!」
「えー。」
「……い、や…だな、…僕。」
亮太の声に被さるように、日野が小さな声で言った。
「え!?嫌って!そこを何とかお願いしますって!」
亮太が勢いよく土下座をしだした。
必死だなあ。だなんてしみじみ思いながら亮太を眺める。
しかし日野は、引き下がろうとは思わないらしい。
渋った態度で黙り込んだ。
……うーん、長引きそうだな。
これは俺の勘だが、亮太の神経はなかなか図太いと思う。亮太とは出会ってすぐだけど、なんとなくそんな気がする。
「本当に本当に本当に無理!?」
「…ぅん…、…ごめん。」
「まぁーっじっで、無理!?」
「……ぅん、ごめん…。」
「……亮太、まぁいいじゃん。どうせ隣りの部屋だし、飯とか一緒に食いに行くだろ?」
諦めの悪い亮太に、何故だか俺が日野に申し訳なくなってきて亮太にそう言う。
「えぇっ!でもそれだったら同室の方がいいじゃん!あ、ならさぁ、俺の同室者と優が変わればよくね!?まじナイス案、俺!」
諦めの悪い亮太が閃いた!とばかりに目を煌めかせた。
「あーそっか。…えー、じゃあ俺の分の段ボールまた運びなおすわけ?」
「あたりめーだろ!ほら、そうと決まれば早く行くぞ!俺一個持ってやるから!」
2個ある俺の段ボールを俺と亮太で1個ずつ持ち、立ち上がる。
「日野、なんかごめんな?ほら、亮太も謝れよ!」
「あー、うん。ごめん。」
亮太に謝るように促せば、素直に頭をペコリと下げながら謝る亮太。
しかし、ここで日野が部屋を出て行こうとする俺たちを引き止めた。
「まっ、待ってよ!…僕が日高君と同室になったのに…。せっかく日高君と同室になれてよかったって思ったのに…仲良くなれるかなって思ったのに……部屋変わるなんていやだよ…。」
日野は俯いて、今にも泣き出しそうな声で言う。
「日野…、」
返事に困る俺。だが…
「なんっだよそれ!ただの私情じゃねえか!俺だって優と同室になりたいっつーの!」
亮太が吠えた。
自分より小さなチワワに、柴犬が吠えた。
俺は今、不謹慎だがそのような風景を想像してしまった。
これじゃあまるで、飼い主の取り合いみたいじゃねえか!…なんて考えてしまった。
「…そっちだって…。そっちだって私情でしょ!僕と変わらないよ!」
おっと今度はチワワが吠え返した。しかし目はうるうると潤んでいる。
「は?お前と同じにすんなや!!!」
亮太が言い返したところで、日野の大きな目が潤みに耐えきれずに、一滴大きな雫を落とした。
「あ、亮太が日野泣かした。もう亮太くん諦めなさい。部屋違っても隣りだし。どうせ食堂とか学校とか一緒に行くんだからさ?まぁ夜ご主人様と一緒に寝れないのはショックだろうけど…。」
「は?ご主人様!?てか俺がそいつ泣かしたって?普通こんなことで泣くかよ!!」
今度は亮太が俺に突っ掛かって来た。そして未だ亮太は、日野を威嚇している。キャンキャン吠える柴犬だなぁ。
「亮太と日野見てたら柴犬とチワワの喧嘩見てるみたいなんだよな。んで、俺がご主人様。って事で、亮太!いい子なんだからハウス!俺が後で荷物整理手伝いに行ってあげるから。」
そう言って、玄関の方へ指を指せば、浮かない顔して「なんだよ犬扱いしやがって!」と吠えながらも、渋々亮太は自室に戻って行った。
うんうん。ぶつくさ言いなからもいい子いい子。
「てことで日野、今日からよろしくな。」
とりあえず沈黙したムードを止めるために、挨拶しなおす。
「日高君は、僕と同室は嫌だった…?」
日野が不安気に聞いてくる。涙は止まっているものの、目の潤みは先程とさほど変わらない。
「何の心配してんの。嫌なわけねえだろ。」
「ありがとう…。これからよろしくね…?」
俺の返事を聞いて安心したのか、少し笑顔を見せて、日野は顔を上げた。
「おう!じゃあとりあえず部屋、どっちにする?右と左。俺てきには右がいいかな。」
「じゃあ僕は左ね!」
特に問題も無く部屋は決まり、それぞれ自分の段ボールを自室に運び、荷物整理を始める。
と言っても俺が実家から送った荷物は、大した量も無くて、荷物整理はすぐに終了した。
そして、ふと未だに制服を着ていた事に気付き、部屋着用に持ってきていたスウェットに着替える。
ここでようやく俺は一息つき、まだ新しくてピシッとしたシーツがひいてあるベッドに倒れこんだ。
んー…シーツはちょっと固いけど、それでもやっぱり布団はいいなぁ〜と、俺は今日何度目かの眠りについた。
あ、そう言えばまだ昼ご飯食べて居ないな…
なんて事を頭の片隅に起きつつ、食欲か睡眠欲でまともな勝負ができるはずもなく、もちろん俺は眠る事を優先したのだ。
そして1つ、俺は忘れていた。
『俺が後で荷物整理手伝いに行ってあげるから』
亮太が部屋を出て行く時、自分が言った台詞を。
そして、その言葉を聞いて、渋々帰っていった亮太。
『ドンドンドンドンドンドン!!』
玄関の戸が激しく叩かれる音がする。
何事だ?と目を開き、玄関に向かえば日野も同じく部屋から出ていたらしく、2人して玄関前で鉢合わせになった。
「ゆ〜〜〜う〜〜〜!!!」
玄関の向こうでは、大きな声で俺の名前を呼んでいる。間違なく亮太だ。
ガチャリと鍵を開ければ、そこにはムスッとした表情の亮太が立っていた。
「優っ!!お前忘れてただろ!後で俺の部屋来るって言ったよな!?俺待ってたんだぞ!でももう荷物整理終わったから俺からこっちに来てやったよ!!!」
俺を前にするなり、凄い勢いで話し出す亮太。そこで俺は、数十分前に自分が言った発言を思い出した。
「あっ、そうだった!わりい亮太!」
亮太の前で両手を合わせて謝罪を口にする。
「わかればいいんだよわかれば!!てか聞いてくれよ!俺の同室者さぁ、」
そこまで言い終えてふと亮太の視線が俺の横に立つ日野に向けられた。その亮太の目は、確実に日野を睨んでいる。
「…まぁ立ち話もなんだから亮太、部屋入れば?」
なにやら剣幕な空気が漂っているので、俺は亮太にそう促した。
とりあえず亮太をベッドに座らせて一息つく。
「んで、同室者がどうしたって?」
先程の話しの続きを亮太に促す。
「もう俺、あの部屋帰りたくねえよ!優、この部屋に居候させてくれ!!頼む!!」
一体同室者と何があったのか、亮太が俺にすがりついてきた。
「ん?なにがあったんだよ?」
「…あいつ!まじやべえよ!あいつ男が好きらしくて、俺押し倒されて!いきなり身体に唇押し付けてきやがった!!うぁー!!まじあいつきめえよ!!」
泣きそうになりながら亮太は両腕を擦っている。だが、内容が内容だけに、俺も少し同情してしまった。
「…それはまた…災難だったな。」
流石に男に押し倒されるなんて、亮太が可哀想で同情してやる。
「うん。よし。居ていいよ、亮太。好きなだけ居なよ。」
俺がそう言えば、亮太が「ゆう〜っ」と微かな鼻声ですがりついてきたから、よしよしと慰めるように頭を撫でてやった。
よっぽど亮太の同室者に堪えたらしい。
「ザンギューゅぅー…」
お礼を口にした亮太の声は、完璧な鼻声だった。
「あ、そうだ俺ら昼飯食べてねぇから食堂行かね?」
「…そうだった!俺ら飯食ってねえじゃん!あ〜思い出したら腹減ってきたわ。」
眉をしかめてお腹を擦っている亮太は、どうやら本来の調子を取り戻したらしい。
「そうと決まれば行くか!食堂!」
「おう!」
勢いよく立ち上がり、俺らは部屋を出て食堂を目指した。
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