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「あー…俺病院嫌い。行きたくねぇなぁー。」


今度は校門までの道のりを歩く中、俺はグチグチとガキみたいに呟いていた。


「しゃあねえだろー?腕そんなんなってんだから。」


亮太のごもっともな意見に俺は愚痴るのをやめた。亮太が言うそんなんとは、内出血で青紫色になりつつある俺の腕のことだ。

もう俺は、自分のそんな腕を見ないように、ただ前だけ真っ直ぐ向いて歩いていた。


「知ってた?俺かなりの病院嫌いなんだよ。」

「うん、知らんかった。でもそんな感じする。」

「だろ?もう病院っていう言葉も嫌。」

「どんだけだよ。」


呆れたように亮太が笑う。

校門に着けば、既に保健の先生が車と共に待っていた。


「じゃあ俺戻るわ。優、しっかり診察してもらってこいよー。」

「おー、サンキュー。亮太も体育祭の残り頑張れよ。」

「おう。じゃあなー。」


こうして俺は、亮太に見送られながら、大嫌いな病院へ。





病院に向かった優を見送って俺がグラウンドに戻れば、戸谷や田沼、クラスメイトたちが、うじゃうじゃと俺の周りに集まり、優の様子を聞いてきた。

まったく、優の人気度は凄まじいな。と、改めて実感する。

優は腕を少し怪我したために病院へ向かったと簡潔に答え、俺はある奴を探した。


校舎沿いに探していけば、あいつは案外早く見つかった。


「おい、林。」


校舎でできた影に隠れるようにして座り込んでいる林に、ゆっくり近付く。


「……畑野くん。」

「なんだお前、落ち込んでんの?優が怪我したから。」


俺がそう言うと林は、唇を噛み締めて泣きそうにしている顔を勢い良く上げた。


「日高くん、大丈夫だった…?…俺、悪気はなかったんだよ。」

「悪気がなかった?それは蓮に対してもか?違うだろ。優なら病院に行ったぞ。これが蓮だったら満足だったんじゃねぇの?」


俺の率直な意見に、林は少しの間黙り込んだ。


「畑野くんに、俺の何がわかるんだよ…。」

「は?わかるわけねえだろ、俺お前じゃねえし。」


素っ気無い態度で言い放つ俺に、林は眉を顰める。


「…ほんと、畑野くんって性格悪いね。なんでモテるのか俺にはまったくわからない。断然日高くん派だよ。」

「は?そんな話しに来てんじゃねんだよ!」

「じゃあどんな話しに来たわけ?あ、もしかして説教?いいよ。聞いてあげるよ。」


こいつ、優がいるときと俺だけのときとで態度がすげぇ違うし。まぁ別にこいつのことなんてどうでもいいけど。興味もねえし。


「こっちだってな、お前に説教してる暇なんてねえよ。ただ、これでわかっただろって言いたかっただけ。」

「なにが?…なにがわかったんだよ。」

「優が身体張るほど、蓮が大事だってこと。謂れの無い文句を蓮に言っていた奴らは、これでわかっただろって。これ以上蓮になんかするようだったら優だって黙ってないんじゃねえの?」

「…そんなこと、皆知ってる。でも、皆きっと、納得いかなかったんだ。」

「ふぅん。…ま、みんなまだまだガキだから仕方ねえか。」

「なに、その上から目線…なんかムカつく。」

「上から目線っつーか、下衆なお前を同目線で接する必要無くね?」

「…ほんとに性格悪いな。俺、下衆とか言われたの初めてだよ。」

「そりゃよかったな。」

「……。」


さてと。じゃあ言いたいこと言ったし、そろそろ役員の方戻らねーと何か言われそうだし、戻るか。と思い、眉間に皺を寄せて黙り込んでいる林に背を向けた。


すると、林はハッとした様子で声を上げる。


「俺っ、日高くんにはちゃんと謝るけど、滝瀬には謝るつもりないから。」


何を言い出すかと思えば、そんな事。


「勝手にしろよ、俺関係ねえし。」

「…畑野くんって、『俺のダチに謝れ!』とかいう熱いキャラじゃなかったんだ。」

「なにお前、俺のことそんなキャラだと思ってたわけ?きっも。」

「…畑野くん、一言多いってよく言われない?」

「思ったことは言わないと気がすまないだけ。じゃ、俺お前みたいに暇児じゃねぇからもう行くわ。」


再び林に背を向けると、「ほんとに一言多いな。」と呟く林の声が微かに聞こえた。





ギプスが巻かれた自分の腕を見た。

なんだこれ。大袈裟すぎやしませんか。

…とは思ってみたものの、告げられたのは骨にヒビが入っているということだった。折れてないだけマシか。なんて思ってみたり。

怪我と同時に熱も出てきたようで、身体が熱い。


前にも俺が熱を出した時の事を思いだし、思いの外面倒見の良い亮太に、また迷惑かけそうだな。と、ひっそりとため息を吐いた。


「一応親御さんには連絡入れといたから。はい、水飲みな?」


病院の待ち合い室のソファーにだらしなく座り込んでいた俺に、先生が自販機で買ってきてくれたペットボトルの水を差し出してくれて、それをありがたくいただいた。


「ありがとうございます、何から何まで…。」

「いいよ、これが仕事だから。」


そう言って笑顔を見せてくれる先生に感謝する。


それから俺は、処方された痛み止めの薬を受け取り、再び先生が運転する車に乗って学校へ戻った。


既に体育祭は終了しており、後片付けの真っ最中のグラウンドに顔を出す。

ところどころから視線を感じて少し居心地が悪いのだが、俺は戸谷先輩の姿を見つけ、名を呼んだ。


「戸谷先輩。」

「優!!えっ、腕大丈夫なのか!?」


先輩は俺の包帯が巻かれた腕を見て、驚きの声を上げた。


「あ、大丈夫です。ちょっと骨にヒビ入っただけですから。」

「ちょっとって…。それ結構重傷なんじゃ…」

「あはは…。それより、途中で係抜けてしまってすみませんでした。」


苦笑いで怪我の話を切り抜け、戸谷先輩に頭を下げる。ただでさえ忙しいのに、生徒会役員1人欠けてしまってはさらに忙しくなっただろうと思い、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「あぁ、大丈夫大丈夫。畑野に優の分まで働いてもらったから。」

「…え。」


まじかよ、それはやべえぞ。

俺は戸谷先輩の話を聞き、すぐにに亮太の姿を探した。

そして、丁度本部テントに置いてあった長椅子を運んでいるところの亮太を見つけ、駆け寄った。


「亮太!!」

「お、優!帰ってきたのか!…って腕…大丈夫なんかよ?」

「うん、ヒビ入ってただけ。それより亮太、俺の分まで働いてくれたんだって?ごめんな?」

「あぁ。別にいいけど。ヒビ入ってたって…それ大丈夫じゃねえだろ。」


…うーん。そんなもんかな。自分のことだからあんまり大袈裟な感じにしたくないだけなんだけど。

でもとりあえず亮太が怒ってなさそうでひと安心。
…と思ったけど、そうだ…亮太は思いの外面倒見の良すぎるやつだった。

嫌みの1つも言ってこない亮太にもう一度謝れば、「怪我人は大人しくしてりゃいいんだよ。」と怒られてしまった。


俺もなにか手伝えることは無いかといろいろ探してみたが、左腕が使い物にならない俺は、居ても邪魔なだけだった。


「あぁっ!日高くん!いいよいいよ!そこは俺がやっとくから!」


そんな言葉をかけられまくり、居たたまれなくなった俺は、さすがにみんなが仕事をしているのに先に帰るのも申し訳なく感じ、グラウンドの端っこで後片付けを眺めることにして、片付けが終わるのを待った。





「視線が痛い。」

「やっぱり?俺も思った。」


寮内を亮太と並んで歩いていると、寮の廊下などで雑談をしている生徒らからチクチクと視線が突き刺さった。


「優のギプスの所為だろうな。」

「やっぱり?俺も思った。」

「…はぁ。目立ちすぎ。」

「ギプス外そうか。」

「勝手に外せよ。」

「…冗談だって。」


どうやら、ギプスを付けた怪我人は、異様に目立つようだ。これは参ったな。


「改めて俺、感じてしまった。」

「ん?何を?」

「優の人気度。」

「ええっなんだよいきなり!」


突然亮太がそんな事を口にするから、俺はちょっと照れてしまった。


「部屋鍵貸せよ、開けてやる。」

「それくらいできるっつーの。」


部屋の前でそんな言い合いをしながらも、大人しく亮太に鍵を手渡した。

そんな時ふと、部屋の中がなんだか騒がしいような気配がした。

亮太もそのことに気付いていたようで、鍵穴に鍵を差した亮太の手が一瞬止まる。


「なあ、俺この扉を開けてはいけないような気がする。」

「うん、なんか騒がしいな。拓真の友達でも来てんのかな?」

「いや、この扉の奥から感じる不快感、野田だな。」


眉間に皺を寄せながら話す亮太は、意を決したように勢い良く部屋の扉を開けた。


『バンッ!!!』

「ゆうちゅぁぁあああぁん!!!」

『バンッ!!!!!』


一度開けた扉を、亮太が凄いスピードで勢い良く閉じた。


「ほらみろ、俺が感じた不快感は本物だった。」

「…すげーな、亮太の感じた不快感大当たりだ。」

「扉開けた瞬間飛び蹴りで決定だな。」


そう言いながら、再び部屋の扉を開けた亮太は、玄関で呆けていた野田に向かって足を振り上げていた。


「もー。畑野っちの蹴りちょー痛いんだから、急所狙うのは無しっしょー!」

「黙れ喋んな。なんでお前がここにいるんだよ!!!」

「決まってんじゃん、みんな優ちゃんの事が心配で来てるんだよ。」


野田が言う“みんな”とは、拓真と野田以外に松本、坂田、田沼、委員長、酒井の5人だ。

部屋に入るなり、視界にはよく知る顔ぶれが映ったのだった。


「あー…そうなんだ。サンキュー。」


俺を心配してくれているらしい5人に、とりあえず礼を言っておく。


「日高くんっ!僕、めっちゃくちゃ心配したんだからねっ!」

「おい田沼、お前なんかブリッコだぞ。きもいしやめろ。」


田沼の声に、亮太が真面目な顔をしてそんなツッコミを入れた。確かにちょっと涙を目に浮かべて上目使いの田沼は、ブリッコだった。


「あーもう!なんっで日高くんのいるところでそんなこと言うかなあ!?畑野にはデリカシーってもんが微塵もないよね!?」

「お前もう帰れば?」

「ッちょ、ちょっと!僕の話聞いてんの!?」

「田沼はいじられキャラだなぁ。」

「あれはいじられてるって言わなくね?」


俺の呟きを聞いていた酒井が、田沼と亮太を眺めながら苦笑いしながら口を開いた。


「そう?」

「さあ。…あ、つか腕大丈夫?」

「あーうん。ギプスが重い。」

「骨折してたの?ヒビ?」

「あぁ、ヒビ。」

「ヒビかぁ、痛えなぁ。」


ここでも俺のギプスは、みんなの視線を独り占めしていた。


「あ。そう言えば滝瀬大丈夫だった?日高あれから滝瀬に会った?」

「え?蓮くん?」


委員長が突然蓮くんの名前を口にしたことに少し驚いてしまい、首を傾げた。


「なんか日高が保健室行った後からずっと顔色悪そうな感じしたんだけど。」

「拓真…、どうだった?蓮くん。」


委員長の言葉に、俺以外によく蓮くんと一緒に居ることの多い拓真に問いかける。


「ぅ、うん…。蓮、全然元気無くて、体育祭終わった後すぐに帰っちゃった…。多分、優が怪我したこと、自分の所為だと思ってるんだと思う。」

「あーまあね、実際優ちゃんに助けられたのは事実だからなぁ〜、そう思っちゃうよね、本人は。
てか畑野っち!そろそろ足どけてくれないかなぁ〜なんて!」


拓真の後に続いて話す野田は、床に頬っぺたをべったりくっ付けているうつ伏せ状態で、背中を亮太の片足に踏まれている。


「はぁ?お前俺が踏んでねえと、部屋ん中ウロチョロするだろーが。」

「しないよ!ぼくお行儀いいもん!大人しくしてるからさ!」

「キモいから。喋んなよ豚。」

「ぶっ…豚…!このスマートな野田くんが…ぶ、豚…!初めて言われた…。」


亮太の一言で、野田は死体の如く大人しくなった。喋らない野田は、それはそれでキモいんですが。


「まじこいつ、豚カツにしたろか?絶対食いたくねーけどな。」

「…ヒ ド イ、イ ワ レ ヨ ウ…」

「片言で喋るのが精一杯なくらい、畑野の豚発言に精神的ダメージきたみたいだね、野田。」


酒井が魂抜けそうになってる野田の表情を見ながら、笑い混じりに話していた。


そんなやり取りを聞きながらも、俺が今考えていることは蓮くんのこと。

委員長に言われるまでちっとも気付きもしなかった。俺のこの怪我を、蓮くんは自分の所為だと思っているなんて。

それは断じてあるわけないのに。

だってこれは、俺の独断で行動した事により起こった出来事なのだから。


俺がそんなことを考えていると、亮太が突然大きくため息を吐いた。


「はあ〜。優、お前心配性すぎ。」


俺の心情を読み取られたような、絶妙なタイミングで亮太が口を開いた。


「優は自己責任だと思ってるかもしんねーけどな、蓮からしたら今回の事は、優に守られたことになってんだよ。優が蓮に、“蓮くんの所為じゃねーよ”って言ったところで解決する話じゃねえわけ。言ってることわかるか?」

「えーっと。…なんか俺、亮太に諭されてる?」

「うん。理解してねーな。聞け?」

「ハイ、聞きます。」


それから室内はシーンと静まり返り、亮太の方へ向き皆姿勢を正し始めた。


「つまりだな、蓮に罪悪感を持たせてあげろって話。」

「…ん、ごめんちょっと意味が…。」

「言っていい?優、蓮に甘いんだよ。優しくしすぎ。だから嫉妬者増えまくって蓮が標的になるわけ。蓮はそれでもいいと思ってたから、今まで誰に何言われても、何も言わなかった。で、今日のはなんていうの?あれだよ「え、どれ?」…途中で口突っ込むなよ!!」


…すみません、最後まで聞きます。


「また優の優しさに甘えてしまったー的な状況?これはもう、罪悪感持たずには居られないはずだぜ?でも優、今すぐにでも蓮に、“蓮の所為じゃない”って言わなければって思っただろ?」

「…思いましたね、はい。」


すごい、亮太。俺のこと全部お見通しだ。


「それ絶対だめ。禁句ワード。」

「まじですか。」

「俺的にはな。」


亮太的ですか、なるほど。で、結論は。


「つまり!!!」

「……つまり?」

「優は怪我までしてんのに、“これは蓮の所為じゃなくて自分の所為だから”とか言われても、言われた本人スッキリしねえぞ?」

「…ああ、だから罪悪感持たせてあげろ、ってわけね。納得。」


委員長が腕を組みながらうんうん、と頷いた。


「亮太的論…なんかちょっと拗れてる感じ?」

「うるせえ!さっさと飯行くぞ!」

「……いきなり飯の話になった。」


お腹減ってたんだな、亮太。


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