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亮太に促され食堂に行く事になったのだが、部屋にいた皆もぞろぞろと俺と亮太についてきて、皆で夕食を食べることになった。
「お前らなについて来てんだよ!」
主に野田と田沼に向かって不機嫌面を見せる亮太に、2人は気にした様子もなく、田沼なんか「え?僕が居ちゃ悪い?」と、つんとした表情で言い返している。
「優ちゃん怪我で食べにくいだろうから、俺が食べさせてあげる。」
と俺に付き纏ってくる野田はとてつもなく鬱陶しくて、どうしようかと思っていたところでやはり頼りになるのは亮太だ。
「お前、優の利き手知らねえの?右手だから。怪我は左手。残念だなー『あーん』は必要ねえってさ。」
小馬鹿にしたような亮太の話し口調に、野田は野田で大袈裟に「くそー、そうだった!」と悔しがる。
そんな話をしながら訪れた食堂は、ご飯時でかなり賑わっていた。
そして俺の自意識過剰か、たくさんの生徒が俺のギプスを見ているような気がしてなんだか居心地が悪い。
「優、うどんでいいだろ?きつね?天ぷら?カレー?」
「あー…っと、天ぷら!」
「オッケー、天ぷらな。」
「サンキュー、助かる。」
とりあえず空いている席を確保して座ると、亮太が頼んできてくれるようなので、ありがたく天ぷらうどんをお願いした。
亮太が戻ってくるのを待っている間、知らない生徒にちょくちょく話しかけられた。
「日高くん怪我したって聞いたけど大丈夫?」
「もしなんか役に立てる事があったら、いつでも言ってね。」
「早く治るといいね。」
と、どれも俺を心配してくれているような言葉で、なんだか嬉しいんだけど恥ずかしくなってくる。
「ありがとう、大丈夫」と返事をすると、皆満気に立ち去っていった。
怪我をしてからというもの、人から受ける優しさになんだか胸が熱くなった。
*
夕飯を食べ終えて部屋に戻ってくると、俺の部屋の扉前に小さくなって蹲っている誰かが居た。
廊下で雑談をしている生徒たちが数人、チラチラとその蹲っている生徒の様子を窺っている。
蹲っていて腕の中に頭がすっぽりとおさまっているから顔は見えないが、茶色い髪を見てハッとした。
「あれ、…もしかして…蓮くん?」
歩み寄ってその頭に、コツンと軽く拳を落としてみる。すると、ビクッと肩を揺らし、徐に茶髪頭が上を向いた。
「うぉおっ!!ちょ、蓮くん!!?」
その顔を見て思わず俺は、一歩後ろに後退った。一緒にいた亮太と拓真も驚いた様子で蓮くんを見ている。
「あ…っ、…ゅ、ゆ゛う゛ぅぅ〜っう゛ぇっ」
顔を上げた蓮くんの顔は、涙と鼻水でグチャグチャだった。
「なになに、どしたの蓮くん。」
慌てて蓮くんと同じ視線になり、蓮くんを落ち着かせるように蓮くんの髪を撫でる。
「ゆ゛う゛、ごっ、ごべん゛〜っ、ぉっ、お゛でのぜいでっ…」
鼻声でなんて言ってるかよく分からないけれど、蓮くんが必死に何か伝えようとしてくれてるから、俺も真剣に蓮くんの話に耳を傾ける。
「お゛っ、お゛れ゛…っ、ズビッ…、ゆ゛うに、っあ゛やま゛ろうとおも゛っでっ、ま゛…まっでだっ」
「うん」
「ご、ごべんね゛…っ、ゆ゛うっ、けが…っだいじょぉぶ…?っ」
「怪我?うん、大丈夫。たいしたことないよ。」
「ぅ…うそだ…っ、ゆうは、ゃ…っ、や゛ざじいから…っ、うぇっ」
時折、嗚咽を漏らす蓮くんに、クスリと笑う。
「やっぱり蓮くんは、鼻垂れ小僧の蓮くんだな〜。もー、蓮くん泣きすぎ!」
そう言って俺は、蓮くんのグチャグチャになった顔に右手を添えて親指でゴシゴシと涙を拭った。
「よし。とりあえず蓮くん、部屋入りなよ。」
気付かないふりしていたけど、なんだか少し廊下が騒ついてきていて、なにごとかと生徒らがこっちを見ているので、俺は蓮くんの腕を引っ張って蓮くんを立たせる。
「拓真、鍵開けてもらってもいい?」
「あっ、うん!!」
左手はギプス、右手は蓮くんで両手が塞がっているため、俺と同じ部屋の鍵を持ってる拓真に頼む。
部屋に入り、俺の自室のベッドに蓮くんを座らせたところで、ようやく蓮くんの嗚咽は止み、落ち着いてきたようだ。
亮太は「俺風呂入ってくるわ」と、気を使ってくれているのか、蓮くんと俺の2人っきりになった。
「蓮くん、罪悪感でいっぱい?」
「へっ…?」
いきなり俺がそう蓮くんに言えば、蓮くんは意味が分からなさそうに俺を見た。
「俺が怪我したのは、蓮くんのせいなんだろ?」
「ぅ、…うん…。ごめんね…優…。」
本当に、本当に申し訳なさそうに蓮くんは謝罪の言葉を口にする。
蓮くんは謝る必要ないのにな。
だって蓮くんは、なんにも悪くないんだから。
でも俺は、言わない。
蓮くんは悪くないよ、って言わない。
「すっげー不便なんだよね、これがあると。」
そう言ってギプスを指差す。
蓮くんはまた、泣き出しそうな顔をした。
「食堂でお盆返すのとかー、重たい荷物持ったりとか。だから、蓮くん俺が困った時助けてくれよ?それでチャラにしてあげるから。」
「な?」と蓮くんの頭を撫でながら顔を覗き込むと、蓮くんの目からポトリと涙が零れた。
「おれが、優の近くに居たら、また、優に迷惑かけちゃわないかな…?」
「かけちゃわないよ、だって蓮くんの迷惑には慣れてるから。俺。」
笑いまじりに言えば、蓮くんも少しだけ笑顔を見せた。
「ふう、スッキリした〜。お、蓮泣き止んだか。」
暫くして亮太が、タオルで頭をガシガシ拭きながら部屋に入ってきた。
「うん、なんか見苦しいとこ見せちゃってごめんね。」
「気にすんなよ。それより優にちゃんとお礼言ったか?お前どーせ謝ってばっかだったんじゃね〜の〜?」
茶化すような口調で話す亮太の言葉に蓮くんは、ハッとしたように俺を見てきた。
「ホントだ、俺、優にお礼言ってない!!…優、ありがとう!」
蓮くんは、ぺこりと頭を下げてお礼を言うから、撫でやすい位置にきた蓮くんの髪を再び撫でた。
「うん、どういたしまして。」
蓮くんの泣き顔が笑顔に変わり、気分はすっきりした気がする。亮太的論を俺的に実行したつもりだが、結果オーライかな。
「ふぅ。じゃあこの話もお開きと言うことで。優もさっさと風呂入ってこいよ。」
「あーうん。そうする。ギプスにビニールかぶせて入ればいいかな?」
「濡れなけりゃなんでもいいんじゃね?」
「だよな。じゃあ入ってくる。あ、蓮くんゆっくりしてって。」
「うん、ありがとう!」
*
俺がいつもより時間をかけて風呂から上がれば、亮太と蓮くん、拓真、それに何故か酒井と委員長まで俺の部屋に居て、ドンチャン騒ぎのような場になっていた。
「なにやってんの?」
「おお、日高。お邪魔してます。」
「おぉ!風呂上がりの日高、イイな!!」
いやいやだからさ、
「……なにしてんの?」
テレビゲームのコントローラーを持った亮太と蓮くん、そしてその周りにはお菓子やジュースに囲まれた酒井と委員長と拓真。
ちなみにここは、俺 の 部 屋。
もう一度言おう。
ここは 俺 の 部 屋 である。
「お、優やっと出てきたな。」
「お、じゃなくてさぁ、なにこれ?」
「いや、蓮とゲームやってたら盛り上がっちゃって。んで、酒井と委員長も呼ぼーぜって。な!」
「畑野が体育祭の打ち上げやるから、食べ物持ってこいって。」
「そうそう。てか風呂上がりの日高、イイな!!」
「酒井それさっきも聞いたから。…はぁ。まあなんでもいいけどさ、お菓子の食べカス落とすなよ。」
俺はそれだけ言い、ベッドの上に座った。つーかここしか空いているスペースが無い。
そんな俺の隣に、床に座っていた委員長がそそそっと移動してきた。
「滝瀬、大丈夫そうだな。さすが日高、滝瀬になんか言ったの?」
「いや?特になにも。ギプスが邪魔だから、困った時助けてねって。
「はぁ〜、なるほどね。」
委員長はそっかそっか。と頷いていた。
「だあ!!!負けたっ!蓮お前なに!?格ゲー得意なんかよ!?」
蓮くんとゲームの勝負をしていた亮太が、そう叫んでコントローラーをベッドの上に放り投げた。
「なになに、蓮くん強いのか?」
そう言ってコントローラーを持った俺に、亮太は「優、やめとけ。瞬殺されるぞ」と馬鹿にしたように笑った。
「日高ゲーム弱いの?」
「クソへぼい。俺目ぇ閉じても優に勝てる。」
「な…!そこまで弱くねぇだろ!」
「俺この前、チューペット食べながら優に勝った。」
「いやさすがに目隠し相手は勝てる!!」
「お、言ったな?」
「ああ、言った。」
「それで負けたら?」
…負けたら?
「いや負けねぇし。」
「だからもし負けた時、優はなにをしてくれる?」
「罰ゲームてきな?」
「そ、罰ゲームてきな。」
あれ、なんかこれ普通に目隠し亮太と対戦する雰囲気になってね?
「勝てる!!」とは言ったけどさ、しかも自信満々に。けれど実際、俺が目隠し亮太に絶対に勝つとは言い切れないくらい、俺はへぼいのだ。
そこで俺は、今更ながらに待ったをかけた。
「待った!俺左手怪我してるんだった!」
「左腕だろ?指は使える。蓮!優とチェンジ!俺目隠ししよ〜っと!」
亮太はウキウキと目隠し勝負の準備を始めた。
いや、焦る必要はない。勝てばいいのだ、勝てば。
そんなことを考えているうちに、「オッケーイ」と無駄にテンション高々な亮太の声が聞こえ、俺は目隠し亮太の隣に座らされ、テレビ画面にはすでに【プレイヤー選択】の文字が浮かんでいた。
*
「はぁ〜い!優の負けー。」
目隠しをした亮太は、いつもよりコントローラーのボタン連打が素早かった。故に、技の繰り出しも素早く、俺はその勢いに敵わなかった。
亮太が目隠しをしていても、俺が弱すぎるため意味がなかったようだ。無念すぎる。
「日高…なんか見てて笑っちゃったぞ、スマン。」
「ゲームに必死な日高を見れた幸せ。」
「………。」
笑う委員長と、携帯で俺対目隠し亮太の戦いの動画を撮影し、満足そうに笑う酒井。
笑うな!そして動画を撮るな!
目隠しを外した亮太が、にんまりとした笑顔で無言で悔しがる俺を見た。
「えへへ〜、勝っちゃったぁ〜。」
「うわキモイ!似合わねぇ口調で喋んなよ!」
「『目隠し相手は勝てる!!』」
「そして俺の真似をするな!!」
数分前の俺の自信は一体どこから来たのか。
にやにやと憎たらしい笑みを浮かべる亮太に、俺は自棄食いをするように近くにあった委員長が持ってきたかりんとうをぼりぼり食べた。
「さーて、どうする?罰ゲーム。」
「うどん1週間禁止とか?」
「ぬるいな。」
「えぇ!?ぬるくないぬるくない!」
委員長が出した罰ゲーム案に、ぬるい発言をした亮太。
俺はそんな亮太に必死になって訴えた。
うどん1週間禁止は俺にとってはかなり苦痛な罰ゲームなのだ。それを「ぬるい」だなんて言われてみろ、一体俺に何をさせたいのか。
「てか罰ゲームでうどんネタ飽きたし俺。」
「それはよかった。」
「だから次から罰ゲームらしい罰ゲーム考える。」
「いや考えなくていいから。」
ホレ。と意味もなくかりんとうを1つ亮太に渡したら、「なに?かりんとうくれたって罰ゲームは考えるぞ」と言われ、まあそうだろうなと思いながら俺はかりんとうを食べ続けた。
亮太と酒井と委員長が罰ゲームの話をしているから、俺はまるで無関係。というような顔をしてその輪を抜け出し、のほほんとお茶を飲んでいる拓真と蓮くんの輪の中に入った。
「優ー。」
暫くして、油性ペンを持った亮太にこっちこっちと手招きされた。
え、なんか嫌な予感しかしない。だがしかし行くしかない。と、俺は亮太と委員長と酒井の話の輪の中にまたまた加わった。
「罰ゲーム決まった!」
「へー…。」
「畑野にしては可愛い罰ゲームだぞ、よかったな日高。」
「あ、そうなんだ。なに?」
「一人一言ずつギプスに恥ずかしい事を書く。」
「……え、普通に嫌なんだけど。」
え、てかそれが可愛い罰ゲーム?
いやいや、可愛くねえだろ。
可愛い罰ゲームって言ったらデコピンとかアイス買ってくるとか、そーゆーのじゃねぇの?
「ではでは優さん、ギプスをこちらへ〜。あ、拓真と蓮も参加な!」
「え!?僕も書くの!?」
まさか自分もとは思っていなかったようで、驚く拓真に亮太は油性ペンを手渡した。
「あ、書き終わるまで見るなよ?」と、俺はベッドに顔を突っ伏すように亮太に頭を押され、罰ゲームタイムが始った。
考えればこの罰ゲーム、怪我が治るまで続くんじゃねーの?とか思ったけどもう遅い。
カリカリとギプスの上を油性ペンが滑る音が聞こえる。
「おい拓真ー!!それダメだろ!!恥ずかしい事書くんだぞ!?」
「えぇっ、だって思いつかなかったから!!」
そんな拓真と亮太のやり取りが聞こえるなか、俺は顔を上げることをまだ許されていないので、大人しくベッドに顔を伏せたままである。
一体ギプスには何が書かれているのか。…気になる。
「えっと、じゃあ…俺も…。」
「あ!!蓮まで!!それ罰ゲームになんねえじゃん!!」
「ははは、まあいいんじゃないの、もうその方向で。」
「ええ!まじかよー!」
亮太の不満そうな声を聞きながら、俺は暫く黙って終わるのを待っていた。
「いいよー日高顔上げてー!」
委員長の声を聞き、俺は恐る恐る顔上げてギプスを見た。
「わあ、なんだこれ…嬉しい。」
【 早く怪我治るといい 】
【いつもありがとう
ゆう、だいすき!!!】
【 ギプスがあっても日高は素敵 】
【何かあったら
いつでも相談乗るからな】
【 早くケガ治せバカゆう 】
ギプスに書かれていたことは、どれも心があたたかくなるような内容だった。
「確かにこれは恥ずかしい…。」
「まあ罰ゲームてきな恥ずかしい内容じゃなくなったけどね。…って、あ。畑野が拗ねてる。」
委員長の言葉に亮太を見れば、口を尖らせてフンとそっぽを向いていた。
「亮太〜、この1番字が汚い【バカゆう】ってのが亮太だろ?」
「……。」
「ほんとに拗ねてる。」
「別に拗ねてねえし!!!」
「亮太、ありがとな〜。」
「うぜえ!!!」
亮太の頬っぺたを突きながらお礼を言えば、顔を真っ赤にして手を払われた。
亮太の頬っぺたが思いの外ぷにぷにで、ちょっと笑えた。
「てかこれ絶対酒井だろ?【ギプスがあっても日高は素敵】なにこれ、意味不明。」
「あ、うん俺俺!どう?恥ずかしいだろ?」
「うん。恥ずかしい。でも【ゆう、だいすき】って絶対蓮くんだろ?これが1番恥ずかしいな。」
恥ずかしいというより照れる。
でもなんか蓮くんらしい気がする。
「これが拓真で、これが委員長だな。みんなありがとな。」
ギプスを眺めながらお礼を言う。
罰ゲームで何を書かれるのかと思ってみれば、こんなにも暖かな言葉を貰えるとは。
不意打ちの喜びだ。
怪我をした直後は気分最悪で、ギプスを見るたびに憂鬱な気分になっていたけれど、今ではこのギプスを見るたびに照れ臭い気持ちと嬉しい気持ちが混ぜこぜで、ギプスも悪くねぇかも。って思ってみたりして。
亮太からの【早くケガ治せバカゆう】という素っ気ない言葉でさえ、逆に亮太らしさが出ていて微笑ましく思う。
このメッセージのおかげで、これから数十日間の面倒で憂鬱なギプス生活も、なんだかすぐに乗り越えられそうな気がした。
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