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「日高、どうする?とりあえず逃げるか?」

「うーん、とりあえず蓮くんの護衛かな。」

「「「ラジャー」」」


蓮くんの馬を俺と亮太の馬で囲んだ。

他のクラスの帽子を取るのは後の2騎に任せて、とりあえず俺は、蓮くんを守らなければ。

そう警戒しながら辺りを見渡していると、物凄い勢いでこっちに迫ってきた1騎の馬。帽子の色は水色。田沼だ。


「お、田沼来たか。」

「約束だからねっ!」

「よし。勝負だ田沼!」


ガシッ。と田沼の両腕を両手で掴んだ。これで身動き取れないはず。そんなことを考えているうちに、みるみるうちに田沼の顔が赤くなっていった。


「わー!わー!ちょっと日高くん!僕をどうさせたいのっ!?」

「…は?」

「ダメ、僕もうだめ、取るなら早く、僕の帽子を…」

「よっしゃ大将の帽子ゲット〜!」

「…はぁっ!?なんで畑野が取るのさ!?」


田沼の背後から伸びてきた亮太の手によって、水色帽は俺ら2組の手の元に渡ったため、3組はこれで失格となった。


「おいふざけんなよ田沼ー」

「早すぎだろーが。」


3組の他の騎馬から罵声を浴びた田沼は、「僕に大将を押し付けるからだろ!」と強気に言い返している。
田沼にしてはごもっともな意見だ。


「さてと、お目当てが1つ終了したところで、こっちからも勝負に出るか。」


田沼の帽子を取ったところで、どうやら亮太の調子は奮起したらしい。


「優が積極的に攻めてけ。俺が蓮の護衛しとくから。」

「え?うん。」


亮太からそんな指示が出たから、とりあえず蓮くんは亮太に任せることにした。亮太に任せておけば心配ないだろう。

なんだかんだ言って、亮太はちゃんと助けてくれるんだ。だから俺は、どんどん前に進んでいった。


「…わ!日高くんだ!」

「…はい、日高ですけども。」


何故そんなにびっくりされなければならない。
進んでいった先にいた騎馬の帽子を狙おうとすれば、やけに大袈裟な反応をされてしまった。


「どうしよ、逃げるべき!?」

「戦え!またとないチャンスだ!」

「よし、わかった!」


闘志を見せてきた相手に、俺も意欲が湧き出て、相手の手を掴みにかかった。


「やば!恥ずかしい!」

「…なんだよその反応。」


この少年、勝負する気あるのだろうか。そして背後からはまたまた亮太の手が伸びてきた。


「うん。俺の作戦どおり〜。」


帽子を手にして満足気に亮太が笑う。

そういやさっきそんなこと言ってたっけ、『背後から倒していく』とかなんとか。


「あっ!亮太!蓮くんが危ない!」


はっとして叫ぶ。

蓮くんの騎馬を取り囲むように、紫色の帽子を被った騎馬が3騎近付いてきた。


「え?お前が大将かよ?てっきり畑野かと思ったわ。」

「俺も〜。」

「よし、お前いけ。」


蓮くんを囲む3騎は、如何にも「楽勝〜」という様子だ。3対1という状況に余裕綽々である。だが奴らは知らない。背後に潜む“親分”に。


「亮太!」

「はい!はい!はい!」


亮太必殺、後ろに回って帽子を取る攻撃。綺麗な流れでリズムよく3騎の帽子を取っていった。

「いや〜、流石だわ。」


思わず感嘆の溜め息。…を吐いている場合ではない。俺も1こくらい自分で帽子を取りたいんですけど。


『ピーーッ』


騎馬戦終了の合図である笛の音が鳴り響いた。騎馬戦は前半戦と後半戦があるため2、3年の前半戦が終わればまた俺らの出番、後半戦がやってくる。

前半戦の結果から言えば、俺も亮太も蓮くんも、自分の帽子を無事守りきることができた。

蓮くんはいろんな奴に狙われたが、亮太と俺が蓮くんを狙う騎馬の帽子をひたすら狙って取ったため、蓮くんの帽子は無事だった。

大将の帽子を取られてしまったクラスは田沼のクラスを含めて3クラス。反対に、俺たち赤組、白組、緑組の大将が生き残っていた。

後半戦は大将が生き残っているクラスだけで戦うのがルールだ。ここで生き残っているということだけで、騎馬戦のクラス順位は3位までに入っていることになる。


「あ〜ちょろいちょろい。優に気ぃ取られてる奴なんかもう、俺に帽子取ってくれって言ってるようなもんだろ。」


2年生の騎馬戦を行っている現在、騎馬戦後半戦出場権獲得の俺たち1年は、円から少し離れた場所でだらしなく地面に座り込んで待機していた。


帽子のせいで蒸れた頭に風を通すように、髪をわさわさと揺さぶりながら笑い混じりに亮太が呟く。


「亮太が取るから俺1つも帽子取ってねぇ…。」

「まーまー拗ねんなって。それが優の役割じゃん?」

「いいけどべつに。蓮くん無事だったし。」

「てかこれまじ蒸れる。汗だくなんだけど。」

「タオルねぇのかよ。汗拭けよ。」

「汗もしたたるいい男にタオルなんかいらねんだよ。」

「……あっそ。」

「ちょ、今のはもっと突っ込み入れるところだろ!ボケたんだぞ!汗もしたたるいい男あたりに突っ込み入れてくんねぇと虚しいだろ!」

「蓮くん帽子無事だったな。後半戦もがんばろうなー」

「ケッ!シカトすんなこのやろう!」


わざと亮太を無視するように、蓮くんに話し掛けると、亮太は一人ぶつぶつと文句を言っている。そんな俺と亮太に、笑っている蓮くん。

俺は、そんな楽しそうな笑顔を浮かべた蓮くんの頭を、意味もなく帽子の上からグリグリと撫でた。もはや蓮くんの頭を撫でるのは癖になりつつある気がする。





「それでは次は、騎馬1年生後半戦を行います。赤組、白組、緑組の騎馬は円周辺に集まってください。」


2、3年の騎馬戦前半戦が終了したようだ。再び俺たち生き残り組は、アナウンス通り円の周辺に集まった。


「うっしゃぁあぁ!絶対勝つ!!!」


おいこら。亮太が大声出すから、蓮くんがちょっとびくついただろ!


「亮太うるさい!」

「はー?俺の気合いの雄叫びにうるさいとは失礼だな。」

「き…、気合いの雄叫び…、」

「何笑ってんだ!」


…いや、いいと思う。気合い十分なことはいい事だ。でも…気合いの雄叫びって…。なんか恥ずかしいな。


…しかしこのあと、気合い十分な亮太に笑っている暇があるなら、自分にも気合いを入れるべきだった。

と思わずにはいられない出来事が起こるなんて、今の俺には当然、知る由もない。



前半戦と後半戦の違いは、円内の騎馬の数である。全クラスの騎馬が円の中に納まっていた時と比べれば、3クラスだけに絞られた後半戦は、逃げる範囲がかなり広くなった。

『逃げるが勝ち』

今回はその言葉がぴったりのような戦いだ。負けないためには、帽子を守りきるために、逃げれば良いのだ。


しかし、『逃げる』なんて作戦、亮太が許すわけがない。あのやる気満々の亮太の事だ、きっと俺を戦場で泳がせながら、ひょいと相手の帽子を取っていくのだろう。


そんなことを考えながら、俺は後半戦開始の合図である笛が鳴り響くのを待った。





( ※滝瀬蓮視点 )

額から、ジワリと汗が流れ出た。

後半戦。戦う相手は白組と緑組。

その中に、俺を批難してくる“あの生徒”が居ることには、前半戦の時から気付いていた。

俺は絶対狙われる…そう思ったけれど、俺の予想に反してあの生徒は俺に近付いてくることはなかった。

それでも俺は、怖かった。
あの生徒が俺を見る目が。
邪魔だ、消えろ、と言われているようで。
俺は彼を見ないように、必死に視線を動かしていた。


『ピーーッ』


騎馬戦後半戦が始まる合図である笛が鳴り響いた。

辺りの様子を窺うように、恐る恐る円内を進行する騎馬に、俺も紛れる。隣には優と亮太がいる。だから、小心者の俺でも、騎馬戦戦場というこの場で、少し安心することができた。


「蓮くん、俺から離れないでね。」


優の言葉に、俺は頷く。
優の声を聞いて、俺を担ぐクラスメイト3人も、頷く。
優を担ぐクラスメイト3人も頷く。
優の言うことには、物凄い影響力がある。
優の言うことに頷かない者なんてきっと居ない。

俺は今、優に守られている。

それがこんなにも幸せで、今の俺は、その事しか頭に無く。
次第に俺を鋭い視線で見ているあの生徒の事も忘れ、俺は優の、大好きな優の横顔を見ていた。





「優!白から潰すぞ!」


ギラギラとやる気に満ちた表情で、亮太が俺に向かって叫んだ。


「ゲッ、日高だ!畑野にも挟まれた!逃げる?戦う!?つーかここはアピールすべきか!!?」

「パニくってんじゃねえ!戦うんだよ!日高に気ぃ取られてんな!畑野にやられんぞっ!!」


飛び交う敵のやり取りにほくそ笑む亮太。時既に遅し。亮太の片手には白い帽子があった。


「ほら見てみろ!お前がアピールとかくだらねぇこと言ってっから!!」

「しゃーねぇだろ!?ならお前が上乗れや!」

「もう終わったっつーの!」


戦線離脱した生徒たちは、やんやと言い合いながら円から出ていった。


「よし次!」

「亮太うしろ!!!」

「おわっ…!!…ぁっぶねぇ!」


今度は白組の敵に亮太が背後から狙われたのを、間一髪で避けた亮太。そのまま片手で敵の手を払い、帽子を掴む。

体勢を崩しながらも帽子を取る亮太はさすがすぎる。


「まじかよー、背後からでもだめかー!?」

「猿だな、あいつ猿だよ、畑野。」


白組の生徒がまた、悔しそうに円から出ていった。



「よー、滝瀬。お前、日高と畑野に助けられて、えらく気分良さげだな?」

「いい気になってんなよ?お前が大将とか、調子乗りすぎ。」

「まじ笑える。」


ハッとして、俺の背後にいるはずの蓮くんを見れば、緑組の敵3騎馬に囲まれていた。


着々と敵が減っていく中、俺は目の前の相手に気を取られて、蓮くんが敵に囲まれているということに気付けなかった。


「お前なんかそこから落ちてしまえ。」


蓮くんに向けられた台詞に俺は危機感を感じ、急いで蓮くんと敵の間に向かってもらうように俺を担ぐクラスメイトに指示たときには、緑の帽子を深く被った生徒が手を振り上げているのが見えた。



やばい…!


そう思った時、咄嗟に俺は、蓮くんを庇うように蓮くんと敵の間に俺の体を前のめりになりながらも忍ばせると、勢い良く振りかざされた相手の手が俺の頬に落ちてきた。


「ッ……!」

「優っ!!!」

「ひ、日高くん…!」


元々前のめりになっていて不安定だった俺の身体はさらに傾き、やけに辺りの景色がスローモーションのように見えたと思えば、俺の身体は地面に向かって落下していた。


その時に何故か見えたのは、目を大きく見開いて俺を見下ろす、緑の帽子を深く被った生徒……林くんの、唖然としたような表情だった。


「…うっ、いってぇ…。」

「大丈夫か!?日高っ!!」

「頭打ってねぇか!?」


俺を担いでいたクラスメイトが慌てて俺に声をかける。


「…あぁ、大丈夫大丈夫…頭は打ってねぇよ。大丈…うーん、」

「ん?どうした?」

「……腕いてえ。」


小さく言えば、周りをかき分けるように亮太が俺の元に駆け寄ってきた。


「優どうした!?大丈夫か!!?」

「え、ちょっと。亮太、騎馬から下りちゃったわけ?まだ帽子取られてねぇじゃん。」

「んなこと言ってる場合じゃねえだろーが!バカ!」

「…ごめん。」

「で!?怪我は!?してねえか!?」

「あーうん。なんか腕打ったみたいなんだけどさ、…多分大丈「夫じゃねぇな、よし行くぞ!」…え、どこに?」

「保健室だよ!ホ・ケ・ン・シ・ツ!なんだ立てねぇのか!?おんぶしてやろうか!?」

「あああ立てます立てます!」


何も言わなければまじで亮太におんぶされそうな空気になったから、俺は慌てて腰を上げた。

立ち上がれば腕のあまりの激痛に、体がよろめき、情けないことに亮太に身体を支えられてしまう。

そしてそこで、騎馬戦が中断しており、たくさんの視線が俺に向いてる事に気が付いた。

あぁ、やってしまった。

俺は瞬時にそう思った。

あの、緑帽を被った生徒が手を振り上げていたから、俺は勝手に、蓮くんが危ないと思ってしまったのだ。これは俺の勝手な想像で、俺の咄嗟に出た行動により、騎馬戦をぶち壊してしまったのだ。


蓮くんをただ守りたいだけだったのに、失敗したな…と、この時そう思わずにはいられなかった。


「優!大丈夫か?」


この騒ぎに、担任である富田先生、そして戸谷会長が俺の元に駆け付けた。


「優、腕痛いみたいなんで俺保健室連れていきます。保健の先生を保健室に呼んで部屋の鍵開けてもらっていいですか?」

「あ…あぁ、わかった。」


珍しく亮太が真面目な顔して富田先生にテキパキと話しかけているか、ちょっと呆気に取られてしまう。


「優、行くぞ。」

「…あ、うん。」

「…詳しい話後で聞くから。」

「………うん。」



「大丈夫か?」と、保健室までの道のりを歩く中、亮太が俺の顔を覗き込みながら口を開いた。


「…って聞いてもお前、大丈夫しか言わねぇよな。」

「……。」


今ちょうど、大丈夫って言おうとしたところで、亮太にそんな事を言われ、口を閉じる。


「…で、優はなんでそんなに泣きそうな顔なんだ?…そんなに痛いのか?でも優痛いだけじゃ泣きはしねえだろ?」

「泣きそうな顔なんかしてねぇよ。」

「してるし。」


なんだよ俺、泣きそうな顔とか自分がすげえ気持ち悪い。


「…俺、蓮くんを守りたかっただけだったのにな。守りきるとか以前に、騎馬戦ぶち壊してどうするんだよ…。」


自嘲気味になってしまう自分に、心底嫌になってくる。しかしそんな俺に亮太は言った。


「優が騎馬戦をぶち壊した?そんな事思ってんの優だけだって。」

「…え、なんで?」

「なんでってお前、蓮の泣きそうな顔とか、アイツ、…林?の絶望的な表情とか。お前見てねぇだろ。」

「あ、やっぱりあの緑帽の人、林くんだった?」

「食いつくとこそこかよ…。」


そう言って亮太は、ハァ。とため息を吐いた。


「え、だって林くんだぞ?俺悪いけど、緑帽のやつが蓮くんを殴ろうとしてるように見えたんだよ。それが林くんって…、普通にびっくりするだろ?てか林くんって蓮くんの友達なんだろ?」

「いいや、別にびっくりしねぇし寧ろあり得る話だ。そもそも友達なんかじゃなかったんだ、蓮と林。」

「えぇ!?でも亮太、喋ってるとこ見たって!
…って痛ぇ…!腕痛ぇしなんかこれ、腫れてきてねぇ…?」

「ヒビでも入ったんじゃね?」

「まじかよ…。無事でいてくれ俺の腕…。」


あぁもう。なんかもうよくわからなくなってきた。とにかく痛い。林くんの話も、俺の失態も…、今はもう何も考えたくねぇ。寝たい。今はとにかく楽になりたい。


「それにしても林のやつ、全校生徒の目の前でやっちまったなー。」

「いや、さっきのことは俺の自業自得って言われてるよきっと」

「…はー。お前分かってない。まじなんも分かってないわ。」

「分かってないですかね。俺。」

「あぁ、分かってないね。」


……ええっと、…なにを?


「とりあえず保健室入れよ。」

「…あ、うん。」


気が付けば、保健室の前まで歩いてきていた。


「失礼しまーす。」

「あっ日高くんきたきた!富田先生から話は聞いてるから!こっちに座って!」


保健室に入るなり、先生に丸椅子に座るように促された。


「うわぁ、腕腫れてるね…。落ちたとき左腕だけで受け身を取ったのかな?ほかはあまり怪我してないよね。」

「あー…多分そんな感じだと思います。」

「ちょっとこれ、骨折してるかもしれないね。」

「……まじすか。」

「うん。畑野くん、先生日高くん連れて病院行ってくるから、よかったら日高くんの荷物まとめて冨田先生に預かってもらってもいいかな?」

「あ、俺持って帰るんで大丈夫っす。」

「そう?ありがとう、じゃあ頼むよ。」


……うわ、なんか俺まじでやっちまった感がやばい。亮太には至れり尽くせりで…。ほんとすんません…。


「じゃあ日高くん、先生校門に車回してくるから、校門で待っててもらっていい?」

「…わかりました、すんません。」

「俺も校門まで付いてく。」

「…ごめん、亮太…。」

「気にすんなよ。俺が勝手に付いてくだけ。」


いや…まじで…ほんとすんません。

亮太には謝っても謝り足らない。


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