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「いや、なんか見たことあるってだけでお前のことは知らねえよ。」


亮太の正直な発言に、一瞬場の空気が凍りついたような気がした。林くんの顔が引きつっている。


「な、なんだ残念ー。」

「優飯買いに行こうぜ。」

「…お、おう。」


苦笑いで話す林くんに、亮太は完全無視。亮太、ちょっと林くんの扱い酷くね?

と思いつつまあいいけど。俺も早くうどん食べたかったし。と、椅子から立ち上がり、亮太の後を追った。


「誰だっけあいつ。1年だろ?」

「あぁ、林くん?」

「優知ってたんだ。」

「いや、さっき林くんが自分から名乗ってきたからそれで知っただけ。」

「…あっちょっと待てよ?…思い出した!あいつ廊下で蓮と何か喋ってんのを見たことあるんだ!…蓮の友達か?」

「俺に聞くなよ。俺が知るわけねーじゃん。」


それもそうか。と呟いて、亮太はそれ以上その話はしなかった。林くんは、蓮くんの友達なのだろうか。


「おばちゃん!カツ丼ちょーだい!」

「俺はたぬきうどんください。」

「亮太君カツ丼好きだねぇ。優くんはまたうどんかい?好きだねぇ〜ふふふ。ちょっと待ってね〜。」


食堂のおばちゃんにうどんを頼み、しばらく待つ。因みに食堂のおばちゃんとは仲良しだ。毎回うどんばかり頼むから覚えられてしまった。軽口を叩いておばちゃんは厨房に入っていく。


「あれ?亮太、体育祭限定のカツ丼なんちゃら定食頼まねーの?」

「カツ丼大盛り定食な。」

「そう、それ。」

「大盛り食べたら後で苦しくなって走れなさそうじゃん?」

「あー。そっか、亮太リレー出るんだったな。」

「そうそう。大盛り食ったらゲロ吐くだろ。」


自分で言っておきながら、亮太は自分の発言におえっと気持ち悪そうな顔をした。


「あ、でも待てよ?確か午後の部初っぱなは騎馬戦だったよな?…ふはっ、相手にゲロぶっかけるってのも悪くねえな。」

「亮太…。ゲロネタやめろよ、ご飯前だぞ。」


楽しげに笑う亮太に、今度は俺が微妙な表情を浮かべた。


「はいよー、カツ丼とうどん出来上がったよー。」

「おばちゃんありがとー。」

「ありがとうございます。」

「体育祭昼からも頑張ってね〜。」


食堂のおばちゃんにうどんを受け取り、礼を言って俺と亮太はテーブルに戻った。食堂のおばちゃんとの会話は元気が出るな。


テーブルに戻れば、林くんと光くんは俺たちが帰ってくるのを待っていたようで、俺が来たときからテーブルの上に置いてあったオムライスとカレーライスが今だ手をつけていない状態だった。


「あれ?もしかして待っててくれてる?なんかごめん。」

「ううん、せっかく日高くんと畑野くんと一緒にご飯食べれるんだから先に食べちゃ勿体無いから。ね、光。」

「ぅ、うん!もったいねぇもったいねぇ!」


光くんに同意を求める林くんだが、光くん、目キョロキョロさせすぎで、俺とまったく視線が合わねぇんだけど。人見知りなのかな。


2人を気にすることもなく、「いただきまーす。」と手を合わせて、亮太はさっさとカツ丼を食べ始めた。


早くも亮太が食べるカツ丼のメインであるカツの姿が、半分以上無くなっていく。


「カツとご飯一緒に食えよ!“カツ”だけ先に食えば、残りはただの“丼”だぞ!」

「うるせえな、俺は熱々でカツ先に食っときたかったんだよ!優だって熱々で食べるうどんが好きなんだろ!早く食べねーと湯気無くなんぞ!」

「おっと、そうだった。亮太に構ってる暇はねえ。」


俺も慌てて箸を持つ。


「…いつも日高くんと畑野くんって、どんな会話してるんだろうって思ってたけど、」

「…なんか、変に口出せない感じがする。」


黙々と夢中でうどんを食べる俺とカツ丼を食べる亮太には、林くんと光くんの会話はまったく耳には入らなかった。


「ふぁ〜、やっぱカツ丼だけじゃ食い足らん。優、ひとくち!」


ペロリとカツ丼を食べ終えた亮太は、そう言って俺のうどんに両手を伸ばした。


「またかよ!?亮太俺のうどん毎回食い過ぎなんだよ!」


残り僅かな俺のうどんに手を出すとは、図々しい奴だ。なんて思いながらも亮太に箸を渡す俺って…。


「ほら、俺のブロッコリーやるじゃん!」

「いらねーよ!俺は残飯処理か!?」

「いいじゃん、ブロッコリー好きだろ?」

「亮太が嫌いなだけだろ!つーかうどん返せ!」


文句を言いながら亮太からうどんの器を奪い取った。

実は亮太はブロッコリーが大の苦手なのだ。ある日、珍しくハンバーグ定食を頼んだ亮太は、ハンバーグの横に愛想程度に置かれたブロッコリーを見て、頗る不愉快そうな表情を浮かべて黙って俺のうどんにブロッコリーを入れやがったのは記憶に新しい出来事である。

うどんに浮かぶブロッコリー事件を思い出して、俺は亮太の首の肉をつまみ、鬱憤を晴らした。


「痛ッてぇよ!なんだよいきなり!」

「ブロッコリーの仕返し。」

「けっ、過去の仕返しするなんて優はちっちぇー男だな〜。」

「ブロッコリー食えない男に言われたくねえな。」

「食えないんじゃねーよ!嫌いなんだよ!」

「ズルズルズル、」

「はい無視っ!俺を無視してうどん啜るとはいい度胸だな!」

「はぁ〜食った食ったぁ。ごちそうさんでした。」


残りのうどんをすべて腹の中におさめて、水をグビッと飲んでから、両手を合わせた。


「はははっ、ホント仲が良いね、日高くんと畑野くんは。嫉妬するのも馬鹿らしくなるほど。」


俺と亮太の会話をずっと黙って聞いていた林くんが、徐に口を開いた。


「…え?誰が誰に嫉妬?」

「そりゃお前、こいつらが俺に、に決まってんだろ!」

「えぇっ、亮太に嫉妬?林くん止めなって痛い目見るぞ?」

「おいコラ、お前が言・う・な。」


俺と亮太の会話に、林くんと光くんは何故かクスクスと笑っていた。何が面白いんだか。


「つーか呑気にくっちゃべってる暇ねぇべ優。」

「おっと、そうだったな。」

「午後の部始まる10分前に本部テント集合?」

「違う。15分前だ。」

「あ、そうだっけ」

「……多分。」

「優頼りねえな〜おい。んじゃ20分前に行ってグランドで遊んどこうぜ〜。」

「賛成。」

遊ぶってなにで?などと疑問を口にしている林くんと光くんだが、俺と亮太はそんな彼らをお構い無しに、食べ終えた器を持って立ち上がった。


「んじゃー俺らそろそろ行くわ。」

「2人とも、席サンキューな。」

「もう行っちゃうんだ。もう少し2人と話したかったな〜」


光くんと林くんにお礼を告げ、じゃ!と片手を挙げれば、名残惜し気な林くんの声が耳に届いた。


「うん。でも少し話せたからいいじゃん」…と、そう林くんに返事を返す光くんに、俺は手を振ってその場を立ち去った。なんか光くんは、コーギーみたいだなって密かに思っていた。


「林ってやつ、よく喋るな。」

「そうか?」

「俺らの会話にいちいち何か口挟んできてたじゃん。」

「そうだっけ?」


亮太の発言に、俺はうーんと考えたフリをしてみせる。ぶっちゃけて言うと、あまり林くんを気にしてなかったから記憶が薄い。


「…はあ、優はうどんに夢中だったからなー。俺から言わせてみればここにも優信者有りって感じ。」

「は?シンジャ?なにそれ。」

「田沼みたいな奴ってことだよ。」

「…へぇ。」


悪いけど田沼は一人で十分だ。





「お、バレーボール発見〜。」


グラウンドに移動してきて早々に、体育倉庫付近に転がっていたバレーボールを亮太が拾い上げた。


「食後の運動〜。優受けろ、俺のアタック!」

「うわ!いきなりそれはない!ちょ…!ぐえっ」


真っ正面から亮太のアタックを受け止めた俺は、思わず変な声が出た。


食後の運動にしては少し激しすぎではないか?と憎しみを込め、亮太を睨む。


「『ぐえっ』ってお前…ぷぷっ…『ぐえっ』だって。録音してえ。」

「とか言ってもう1回アタック打とうとすんな!ちょ!まじでやめろって!……うっ…、あーもう!!」


二度目の亮太のアタックを身体で受けとめた俺を、度胸があると誰か褒めてくれ。

そう思っていると、どこからかパチパチと乾いた音が聞こえてきた。


「畑野、お前やっぱ運動神経良いな。日高も。あのアタックを受け止められるのはなかなかだぞ。」

「刈谷先輩…!今俺、その言葉を誰かに言って欲しかったんです…!」


拍手しながらグラウンドに現れたのは、俺の癒し、刈谷先輩だった。


「うわぁ、日高が若干涙目。」

「刈谷先輩がナイスタイミングで現れるからじゃないすか!」

「え?優が涙目?どれどれ?」


興味津々といった様子で俺の顔を覗き込んできた亮太のおでこに強烈デコピンを食らわした。


「痛ッて!」

「俺の受けたアタックの威力はこんなもんじゃなかった。」

「さすが俺?」

「自分で言うな!」

「痛って!やめろ!」


亮太のおでこにもう一発デコピンを食らわした。赤くなった亮太のオデコを見て、ちょっとだけ満足する。


「遊んでるところ悪いけど、俊哉がそろそろ午後の部の打ち合わせするってさ。」


刈谷先輩のありがたい言葉を聞いて、亮太はバレーボールを元にあった場所に返しに行った。
刈谷先輩が来てくれなかったら俺はもう2、3発亮太のアタックを受けなければいけなかっただろう。そう思うと、ほっとひと安心。


こうして、午後の部が始まる少し前に、生徒会役員と体育委員数名が本部テントに集合した。





昼休みが終了し、体育祭午後の部が始まろうとしていた。

午後1番目のプログラムは騎馬戦だ。
召集場所に集まった騎馬戦出場者たちは皆、靴と靴下を脱ぎ、裸足で待機している。

俺と亮太も騎馬戦に出るため、少し遅れて召集場所に向かい、蓮くんやクラスメイトと合流した。


「蓮くん、表情固いよ〜。もしかして緊張してる?」


裸足になり、そわそわ落ち着かない様子を見せる蓮くんの頬っぺたをツンツンとつついてみた。


「うん、実はちょっと緊張してる…。」

「蓮大将だもんな〜!」


亮太が緊張してると言う蓮くんにさらなる追い討ちをかけるように言えば、蓮くんはさらにそわそわし始めた。


「蓮くん、大丈夫大丈夫。いざとなったらこの、亮太親分が助けてくれるから。」

「亮太親分…!」

「いやそんな期待に満ちた眼差しで見てくんな。俺は優に夢中になってる奴らを背後から倒していくという素晴らしい計画を立ててんだよ。助けてる暇なんてねぇの!」

「…亮太のろくでなし。」

「なんとでも言え。俺のモットーは“何事も楽しむ”だ。」


そんな会話をしている中、騎馬戦出場者に向かって呼びかけられる。


「じゃあ騎馬戦出場の人、騎馬を作って用意お願いしまーす。」


体育委員の生徒の指示を聞き、俺達も準備を始めた。


「日高!こっちこっち。日高は俺らの上乗んの。」


クラスメイトの1人に手招きされ、俺はそこに歩み寄った。


「あー。ごめん。そういやそんなこと体育んとき決めたっけ。」


そういえば何故か騎馬の上に誰を乗せるかで、2組はかなり揉めていたような。

揉める理由がわからねぇけど、そんなに揉められては乗る側としてはあまり良い感じがしない。


「俺重いけど、…落とすなよ?」

「大切に運ばせてもらいます…!」

「…え、その言い方はちょっとキモい。」

「えっ!日高引いた!?俺日高に引かれた!?」

「引いてねぇから…早く騎馬作れよ。」


正直言うとちょっと引いたけど。
まあちゃんと運んでくれるならそれでいい。


「うし。よし乗れ、日高!」


準備が整って、騎馬の頭の奴がそう言った。


「乗りまーす。お、結構座りやすいな。」

「…ちょ、うゎ、座りやすいとか…、照れるな。」

「き、緊張するな…。」

「お、俺も。」


…大丈夫か、こいつら。
なんか不安になってきた。

騎馬を組み終えて待っていると、体育委員に赤い帽子を渡されて被った。


「お、優似合ってんじゃん!赤帽!」


横を見れば、同じく騎馬に乗って赤帽を被る亮太がいた。


「亮太もな。悪ガキみてえ。」

「優もな。」

「頼むぞ、悪ガキ。」

「おう任せろ。」


うん。相変わらず頼もしい奴。

そして、蓮くんは一人ピンク色の帽子を被っていた。大将は違う色の帽子を被る決まりだからだ。

青組の大将は水色の帽子を。
緑組の大将は黄緑色の帽子を。

だから、うちの大将の帽子の色はピンク色。その帽子は、やけに蓮くんに似合っていた。


「お、蓮はなんか園児っぽいな。可愛いぞ。つーか大将っぽくね〜。」


笑いながら蓮くんに話しかける亮太に、蓮くんは恥ずかしそうに顔を赤くした。


「ぉ、俺…、大丈夫かな…。俺が帽子取られたら終わりなんだよね…。」


帽子を深く被り、ぎゅっと帽子を握り締めている蓮くんは、唇を震わせた。


「蓮くん、たかが体育祭だし。気ぃ張ることねぇよ。蓮くんが帽子すぐ取られても誰も責めねぇから。怪我しないことが大事!」


そう言って、俺は蓮くんにニッと笑って見せた。


「甘いなっ、優!たかが体育祭!されど体育祭!狙うは完全制覇のみ!蓮には逃げ切ってもらわねぇと。」


…うわぁ。やる気満々なやつが約一名。
だからそう言うなら、亮太が蓮くんを助けてやれ。


「それでは騎馬戦を始めます。1年生の騎馬から、円の周りに集合して下さい。」


体育委員の言葉で俺達1年は、グラウンド中央に白線で大きく引かれた円の周りに集合した。

俺のちょうど正面にいた騎馬に乗る奴がなにやらこちらに手を振っている。

…と思えば、水色帽をかぶった田沼だった。

……………………あれ?


「なぁ、亮太…」

「ん?どした?」

「田沼が被ってるのってさぁ…。」


…………ニヤリ、

田沼を眺める俺の視線を辿った亮太が、恐ろしいほどの笑みを浮かべた。


「よし、優。田沼に笑顔で軽く手、振っといてやれ。」

「あ、うん。」


亮太に言われて田沼に向けて手を振れば、田沼は水色帽から覗かせた顔を赤く染めたのだった。


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